第7話 親たちの、切実なる作戦

 そして、10日後の夕食の後。

 浩二は見合い写真を手に、恵子と共に美咲の部屋の前まで来ると、緊張気味にドアをノックした。

「美咲、ちょっといいか?」

「入っていいよ~」

 部屋の中から、緊張感のない美咲の声が聞こえてくる。

 ドアノブをつかんだ浩二のてのひらは、手汗でぬれていた。


 浩二は恵子と共に部屋に入ると、美咲は少しぎょっとして

「何、何? 二人揃って真剣な顔をして。私、何かした? それともまた私の男女交際の聞き込みにでも来たの?」と聞いた。

 浩二は咳払いをすると

「今日は美咲にとって大事な話をしに来たんだ。少し真面目に聞いて欲しい」といついなく真剣な面持ちで言った。美咲には嫌な予感しかしなかった。

「美咲、今年で31才だろう?」

 浩二は慎重に言葉を選んでいるように見えたが、美咲は年齢のことを言われてぶっきら棒に

「それが何よ」とふくれっ面で答えた。

「もう結婚しても不思議ではない年齢ではないし、一度見合いをしてみないか? 今度の日曜日なんだけど……」

 美咲は呆れたように

「はぁー、一体何を言っているのかわかってんの? 私は今、陸お兄ちゃんと付きあっているんだよ!」と声を荒げた。


 浩二は少し慌てながら

「とりあえず、その『お兄ちゃん』は止めなさい。それで向こうの親御さんが離婚しかけたのだから」と注意した。

「わかったわよ。陸って呼べばいいのね。私は3年後、陸が20はたちになったら、陸と結婚する。それでも34才で結婚よ。文句ある?」

 浩二は、20才で結婚ってヤンキーかよ、と心の中でつぶやきながらも

「いや、20才って、その陸君が大学や専門学校に行くかどうか知らないが、学生で2年生、社会人になったとしても高卒2年目だ。少しは向こうの都合も察しなさい」とたしなめた。

 美咲は

「お父さんこそ、私の心情を察してよね。私は絶対お見合いなんてしないんだから!」と大声で叫んだ。

 恵子は慌てたように

「美咲、お父さんは美咲の将来のことを心配して言っているのよ。その陸さんとはそういう話はしているの?」と口添えをした。

「いや、さすがにまだそこまでは……」と美咲はかろうじて聞き取れる、小さな声で答えた。

「そうだろう。陸君だって急に婚約の話を持ってこられたら困惑するんじゃないのか? 向こうの親御さんは年増女に騙されていると、きっと思うだろう」

「自分の娘をつかまえて誰が年増女よ! 私と陸は互いに好きで付きあっている。そのことを真剣に話せば、きっとわかってくれると思うわ!」

「お前の言動のせいで、離婚しかけたのにか?」

「うっ」

 美咲はおもわず言葉に詰まった。

「美咲、お前は既に向こうの親御さんに迷惑をかけているんだ。そんな親御さんが陸君との交際を認めると思うのか? 悪いことは言わない。見合いしたからと言って絶対結婚しなければいけないと言うわけではないんだ。試しに一度見合いをしてみないか? 話を持ってきたお父さんの顔をたてると思ってさ」と見合い写真を開こうとした。

 美咲は見合い写真をはたき落とすと

「お父さんの馬鹿!! 私、絶対見合いなんかしないんだからね! 見合い会場にはお父さんとお母さんだけで行けばいいのよ!」と言って部屋の外へと飛び出していった。


 恵子は困った顔をして

「少し話の持っていきかたが強引だったんじゃありません?」と浩二にむかって言った。

「じゃあ、どうしたら良かったって言うんだ」 

 浩二は憮然と答える。

「それは私にもわかりませんけど……。お見合いはキャンセルにします?」

「いや、それは困る。上司のつてを使って、ようやくこの話を持ってきたんだ。断るなら一度は見合いをしないと、上司の顔をつぶすことになる」

「でも、当日美咲が来なければ、上司の方だけでなくお見合い相手にも恥をかかすことになりますよ」

「そんなことを言ったって……。この見合いの話はお母さんだって賛成したじゃないか。大体、美咲がこんなことになったのも、お母さんが美咲のこと、子供の頃から甘やかしすぎたからじゃないのか?」と浩二は禁句を口にした。

「何ですって!」

 恵子は浩二をキッと睨んだ。

「……いえ、失言でした。取り消します……」

 浩二は恵子から目を逸らした。

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