第8話 偉い先生が考えた罰ゲーム!?

 そして次の日曜日。

 美咲は宣言通り見合いをすっぽかして、最初の予定通り(千葉市の)京成千葉中央駅前で陸とデートをしていた。


 二人は京成ローザ(映画館)から出てくると、美咲は背伸びをしながら

「あ~あ、映画楽しかったね、陸お兄ちゃん!」とご満悦のようだった。

 陸はムスッと顔をしかめて

「だから『お兄ちゃん』と呼ぶのは、止めてくれと言っているだろう!」と注意した。

「ごめん、ごめん。つい癖で、ごめんね、陸お……。危ない、危ない」

「どうしても癖で『お兄ちゃん』と呼ぶみたいだな」

「そうなんだよ、どうしたらいいと思う? 陸お……」

 陸はため息をつきながら

「完全に無意識のうちに言うようになっているな。それで、この質の悪い癖を直すアイデアを考えてきたか?」と質問した。

 美咲は何ら悪びれることなく答えた。

「ううん、全く。そんな特効薬みたいなものがあったら、既に直っているはずだよね? 陸お……何でもない」

 陸はガクッと膝を落としながらも

「まあ、そうだよな。どうせ考えてこないと思った――そこで提案なのだが、今後『お兄ちゃん』と呼ぶ度に罰ゲームをするのはどうだ?」と切り出した。

「そんな、かわいそうだよ」

「普通、自分のことをかわいそうとか言うか?」

「私が『お兄ちゃん』と言う度に、陸お兄ちゃんが罰ゲームをするなんて……」 

 陸は美咲の後ろに回り込むと、グーを握って美咲のこめかみにグリグリ攻撃を行った。

「痛い、痛いよ、陸お……いや、陸。それが年上に対する態度なの?」

 鼻息荒い陸は

「都合の良いときだけ年上を振りかざすな! 話を逸らすな! なんで俺が『お兄ちゃん』って言われる度に罰ゲームをしなくちゃいけないんだよ! 罰ゲームをするのは、み、さ、き、お前に決まっているだろ!」と一回り以上年上に遠慮することなく怒鳴った。

 陸の両手をつかんで、こめかみから拳を離させた美咲は

「えー嫌だよ。どうして美咲が罰ゲームをしなくちゃいけないの?」

「人の話を聞いていたのか? その『お兄ちゃん』って呼ぶ悪い癖を直すためだよ!」

「他に方法はないの?」

「それを考えてこいって、前回言っただろ!」

「うーん……どうしても罰ゲームをしなきゃ駄目?」

「『お兄ちゃん』と呼ぶ癖を直さないのなら、俺は別れる!」

 ここまで言うのは、こう言わないと、いつまで経っても「お兄ちゃん」って呼ぶ癖を直さないと陸は思ったからだ。美咲――これも愛の形の一つなんだよ……。

「しょうがないな。私が『お兄ちゃん』って言わなければ、罰ゲームをしなくていいだよね?」

「そう、そういうことなんだよ。別に罰ゲームをさせること自体が目的じゃないんだよ! 要は言わなきゃいい話なんだよ」と、陸はようやくこちらの意をくみ取ってくれたか、と嬉しそうに言った。

「それで、どんな罰ゲームをやらされるわけ?」

 陸はドキッとしたが、落ち着こうとして咳払いを一つすると

「それは、実は罰ゲームを考えるエキスパートの先生がいて……」と言葉を繋ごうとした。

「罰ゲームのエキスパートの先生?」

 美咲は不思議そうに陸の顔を見る。

「そう、その偉い先生が、深層心理に突き刺さって二度と『お兄ちゃん』と呼ばなくなるような、そんな罰ゲームを考えて下さったんだ。そして、その内容は俺も知らされていない……」

 よしよし、我ながらそれっぽいことを言えているぞ――このまま押し切れ!

「じゃあ、どんな罰ゲームをしたらいいのか、わからないじゃない!」

「その罰ゲームはこの袋に入っている紙に書いてある。この紙に書いてある番号の順番に紙を開いて、そこに書いてある罰ゲームをする――いいかい?」

 陸はそう言うと、小さなコンビニのビニール袋に入った、ルーズリーフを小さく切って畳んだ紙片を見せた。

「何これ? まるで中学生が教室の席順を決めるために作ったクジみたいじゃない。本当にエキスパートの先生が考えたの?」

 じとーと陸を見る美咲。やばい、やばいぞ、何とか説得しないと。

「いや、これはエキスパートの大学教授が考えて、その研究室の学生がこの紙に書いて畳んだんだ。だから、見た目はしょうがない」

「書いてある番号だって、シャーペンを使った手書きじゃない。今時大学の研究室にだって、プリンターぐらいあるでしょう?」

「いや、これは研究室のプリンターがその時偶々たまたま壊れていて、手書きでしか書きようがなかったんだ」 

 美咲は疑いの目を陸に向けながら

「本当? 最初は『大学教授』って言っていなかったよね? それに陸お……、陸が罰ゲームを知らされていない理由って何よ」と詰問してきた。

 陸は冷や汗をかきながら

「いや、まあ最初に大学教授って言ってなかったのは悪い、俺のミスだ……俺が罰ゲームを知らされていない理由は、俺がためらうんじゃないか、と――いや、心理学的に俺の顔色が美咲にばれると、深層心理に刺さらなくなるというか、効果が薄くなると言うか……」と苦し紛れの言葉を紡いだ。

 美咲は疑いの目で陸のことを見続けていたが、

「まあ、いいわ。私が『陸お兄ちゃん』って言わなければいいんでしょ?」と言った。

 その時であった。陸のスマホからLINEの通知音が鳴った。スマホの画面を確認すると陽菜からであった。メッセージには「はい、『お兄ちゃん』って言った! 罰ゲーム①、実行させてね♡」と書いてあった。まさか、俺らの後ろにいる……のか? いやいや、そんなバカな……。陸は周りを見渡したが、簡単には陽菜の姿は見つからなかった。どうする? 美咲に「お兄ちゃん」と言わせないための罰ゲームであって、罰ゲームをさせるのが目的じゃない、って言ったばかりじゃないか! 陸は得意げな陽菜の顔が思い浮かんだ。借金、秘密、暴露。そして美咲への愛……どうするよ、俺!

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