第1話 サクハナリーグ最下位の班
この世界には特殊な能力を有する人物、通称〈
標準歴千六百十八年となった現在でもその形態は変化したとはいえ、花守は戦いの場で存続している。
ある者は軍人として生死をかけて戦う道を選び、そしてある者は闘技の選手として華やかな戦いの場に生きることを選んだ。
現代になって闘技場は〈サクハナリーグ〉と呼称を変え、人々の楽しめる興行となっている。
そのサクハナリーグの本拠地として名高いのが、二十七からなる〈アケサト都市国家協同体〉の一つである、この都市国家アカルミだった。
アカルミでサクハナリーグを運営する〈サクハナリーグ協会〉に所属する花守であるヒノメは、眉間にしわを寄せた不機嫌な表情で協会本部を訪れていた。
木製の扉を開けると、白く塗られたレンガ造りの
各所に観葉植物が配置された遊歩廊の奥には受付があり、二人の女性が控える。サクハナリーグ協会本部は事務的な業務や、所属する花守の交流の場として花守のために存在していた。
そのため遊歩廊を歩いている人々は職員かヒノメと同じ花守だけだった。当然ながら先日のヒノメの敗戦は知っていて、どこか小馬鹿にするような視線を向けられるのも面白くない。
ヒノメは紅の口唇をへの字に曲げて遊歩廊を歩く。
「はーい、ヒノメ! この前の試合はよかったね」
顔見知りの受付から華やかな声をかけられ、ヒノメは口だけでなく眉根にまで険を含ませた。
「よかったって、あれのどこがっての?」
「あの豪快な負けっぷりよ。次も楽しみにしてるからね」
「ありがと。残念ながら、もう二度と見られないから」
手を振って応じると、ヒノメはその場を後にする。
協会本部は三階建てで、一階は主に花守のための設備が充実していた。サクハナリーグの成績表の公開や、学習用の図書室、喫茶店と食堂などが設けられている。
ヒノメはまっすぐに喫茶店の〈幸せよ、いらっしゃい亭〉に向かった。喫茶店に面する壁はガラスになっていて景色が見渡せ、前庭に植えられる色彩豊かな花々が一望できる。
ヒノメが窓際の席に腰かけると、女性の店員が注文を取りに来た。
「ハイビスカスとローズヒップのブレンド。あとサクラチップをお願い」
「はいよー」
とても幸せの寄ってきそうにない怠そうな声で頷き、店員が去っていく。
ヒノメは頬杖を突いて注文を待つ間、窓外を眺めていた。大通りに面する前庭は広く、色とりどりの花が咲く花園を突っ切るように石畳が白く伸びている。庭園の中央には噴水があり、そこで通路が二又に別れて反対側でまた合流していた。
ふと、ヒノメはガラスに映る半透明の自身の姿に気付く。
紅茶色の髪が背中を覆い、琥珀色の瞳をした少女が無感動に見返している。まなじりの鋭さに気の強さが現れており、引き締まった口元にも年齢に見合わない剛直さがあった。
十七歳にしては大人びているものの、愛嬌も無い容貌だとヒノメ自身も思う。
濃い赤地の
ヒノメ・ツチトイ・〈
ヒノメが内心の苦悩を溜息とともに吐き出したとき、店員が注文したものを運んできた。
「はいよー」
口調とは裏腹な丁寧さで品物を置き、店員は去っていった。
ヒノメは、ハイビスカスとローズヒップのブレンドティーを口に含む。
深紅のお茶は酸味が強いものの、ローズヒップのおかげでまろやかな甘みがある。続いてヒノメは、薄い衣を通して桃色の花弁が見えるサクラチップを手に取った。
サクラチップは、アカルミ特産の食用桜にトル麦粉を纏わせて油で揚げた軽食。一般家庭でも作られるし、喫茶店などでも出されるアカルミの名物だった。サクッとした食感と薄塩味がクセになる一品でもある。
サクラチップをつまみながらヒノメが景色をぼんやりと眺めていると、前庭を歩いてくる二つの人影が視界に映った。
「もー、やっと来たなー」
待ち合わせていた仲間が遅れてきたことに苛立ち、ヒノメはサクラチップを噛み砕く。
一人は、そばを通り過ぎようとした男性職員が思わず驚いて見上げるほどの長身。細長い体形を恥ずかしがるように猫背で歩く人物は、近づいてくると顔立ちも見えてきた。
黒の長髪を後ろで束ね、顔の両側の横髪を伸ばしている。黒髪に包まれた顔は、いつも何かに困っているように眉根を寄せていた。
細身のズボンが長い脚に映えていて、上衣は薄緑色のサマーセーターを無造作に着ている。
ムイ・ツキダテ・〈
ヒノメよりも
「あのう、ヒノメさん、お待たせしてごめんなさい、ごめんなさい」
「ムイちゃん。もういいから、座って」
悄然としてムイが椅子に腰かけると、その背後にいた小柄な人影が現れた。
「よ。ミズクちゃん」
「どもです。ヒノメ」
ヒノメに手を上げて応じたのは、ミズク・ナナキタ・〈クレマチス〉。
ミズクは、肩口で切り揃えられた青紫色の頭髪と紫紺の瞳を有している。大きな両目をしているが、特に不機嫌でもないのに半ば
まだ十五歳の幼さの残る容貌、まだ薄っぺらい身体。着用しているのは爽やかな青いワンピースで、革製の肩掛け鞄には分厚い書物が納められていた。
ムイと同様にヒノメの仲間であり、ヒノメ班では
ミズクも席に着くと、手を伸ばして勝手にサクラチップを食べ始めた。
「ちょっと、それ私が注文したものなんだけど」
「どういたしまして」
「感謝してんじゃないっての!」
悪びれることの無いミズクを見て、ヒノメは肩を竦めて注意するのを諦める。
その様子を見兼ねたのか、横からムイがミズクの手を押さえた。
「ミズク、そんなに食べたいなら、わたしが頼んであげるから」
ミズクは納得したのか頷いて手を引っ込める。そこへ店員が歩み寄ってきた。
「ご注文はー?」
「サクラチップと
面倒くさげに店員が去ると、ヒノメは呆れたようにムイの大きな身体を視界に収める。いやもう、収まりきらないくらいだ。
「ムイちゃんさ、食べ過ぎじゃない。また店員が迷惑そうにしてたよ」
「ごめんなさい、ごめんなさい。でも、お腹が空いちゃって」
ムイは恥ずかしそうに身を縮めた。だが、縮まっていない。デカすぎる。
「気のせいか、また身長伸びたんじゃない。幾つだっけ?」
「
「めっちゃサバを読むな!
「違うー!
両手を握りしめて涙目になったムイが反論。目立つ長身が恥ずかしいのか、いつも背を曲げている。今も少しからかっただけで落ち込んでいた。
さすがに可哀そうになったヒノメは、両掌を上げてムイを宥める。
「落ち込むことないって。遠くからでも、ムイちゃんがどこにいるか分かるしさ。便利だよ」
やりとりしていると店員が品物を運んできた。苦労して卓上にケーキとパイを並べていく。
「はいよー。ごゆっくりー」
見た目ほど落ち込んでもいないのか、涙目ながらもムイはすぐにケーキを食べ始めた。ミズクも自身のサクラチップを食べつつ、好物のミルクシスルティーを楽しんでいる。
場の空気が緩んできたところで、ヒノメは胸に秘めていた話題を口にする。
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