サクハナリーグ

小柄宗

第一章 最下位から反撃の芽吹き

序章

『さあーッ! 本日第一戦目の〈花散らし戦チルマッチ〉も佳境に入ってきましたー! ヒノメ班の残機ハナビラはすでにゼロ! 対するイチバ班の残機ハナビラは三機! ヒノメ班はこの苦境を覆せるのかァー⁉』


 花園フィールドに響き渡る女性実況の声を聞きながら、ヒノメは長刀を頭上に掲げて疾走している。


 ヒノメの紅茶色の長髪は帯のように後ろへたなびき、琥珀色の瞳には焦りが現れていた。レンガ造りの建物に両側を挟まれる大通り、石畳の路面から土埃を上げつつヒノメは走る。


 ヒノメはチラッと目線を上げ、会場の高台に設置される映像花スクリーンを見やった。大きな四角い映像花には、遥か後方で敵と交戦する二人の仲間の姿が映っている。援護は期待できそうにない。


「もー! あんなところで何やってんのかな!」


 苛立ちを隠さずヒノメが吐き捨てる。仕方なく、ヒノメは単独で相手班の生命花せいめいはなを攻撃することにした。


 相手が再生リスポーンする生命花リスポーン地点さえ破壊してしまえば、劣勢から逆転できる。この試合に勝つためには、その手段しか残されていない。


 ヒノメはその思いを胸に、仲間のことは忘れてただ正面を見据えていた。


『ヒノメちゃんは突出し過ぎにも見えますが、果たしてこの選択は功を奏すのか⁉ ちなみに私の手元にある資料ですと、ヒノメ班の戦績は十四戦全敗。うーん、私には無謀にも思えるヒノメちゃんの行動。果たして、この選択の結果は如何にぃぃー⁉』


 実況の煽り文句に合わせ、会場を取り巻く観客席から歓声が上がる。それがどのように自分が負けるかの期待の声に、ヒノメには聞こえた。


「あー、うっさい、うっさい!」


花散らし戦チルマッチ〉用に開花したヒノメの衣装は、濃い赤に黒の色素を足した蘇芳色の襯衣シャツにスカート。両手で三尺九十センチメートルの長刀を掲げていた。


 長刀の刀身は深紅に染まり、黒い幾筋もの線が入っている。その線は柄からヒノメの手に伸び、衣装の裾まで広がっていた。長剣を中心として、一定間隔で赤い光が脈動するようにその線を走り抜けている。


 急にヒノメは両足に急制動をかけた。革靴の底が砂埃を上げつつ滑走し、ようやく停止。


 前方を見やるヒノメの瞳には一つの人影が映る。


『来たァー! ヒノメちゃんの前にイチバちゃんが立ちはだかりましたー!』


 よく一回戦からこれだけ騒げる実況の声を背景にして、水色の頭髪と灰色の瞳を有する女性がヒノメを見据える。


「ヒノメ、もう諦めなって」


「イチバさ、同じ状況でそれ言われてどう思う」


 短槍使いの女性、イチバは口元に笑みを浮かべる。それも一瞬だけで、すぐに表情を引き締めたイチバは槍の先端を地面近くまで下げた。それは刺突の予備動作でもある。


 それに応じて、ヒノメは手を下げて長刀を中段に構えた。ヒノメは長刀、イチバは短槍。間合いの広さはイチバが遥かに有利だが、初撃さえ防げば懐に踏み込む隙が生まれるはず。


 数秒の対峙を経て、イチバの双眸が細められる。土煙を上げて踏み込んだ勢いそのままに、イチバが超速の突きを放った。


 切り裂かれて渦を巻いた空気を纏う槍がヒノメを襲撃。両者の間で火花が散り、ヒノメが半身になりつつ長刀を斜めにして一撃を受け流していた。


 すかさずヒノメは前進しながら横薙ぎを繰り出す。首を狙われたイチバは慌てることなく、後方に跳び退って槍を縦に構えた。槍の柄に長刀の刃が阻まれ、イチバは断頭刑を回避。


「獲った!」


 反撃に転じたイチバは槍の刃の反対側石突を跳ね上げ、ヒノメの頭部を狙う。下から振るわれた石突の勢いは、直撃すれば顎を砕きかねない威力。


「おっとぉ⁉」


 上体を後ろに反らし難を逃れたヒノメは目を見開く。イチバが槍を振りかぶり、すでに攻撃の体勢に入っていた。


「そぉれ!」


 頭上から見れば円を描く軌道でイチバが槍を旋回させる。横殴りの一撃を刀身で防御したものの、その衝撃でヒノメは横に弾き飛ばされた。


 高速で縦横に乱れる刃が、体勢を崩したヒノメを猛襲。両手で巧みに槍を回転させ、イチバがヒノメを追い詰めていく。


『短槍の名人イチバちゃんがヒノメちゃんを圧倒! ヒノメちゃんは万事休すかァー⁉』


「聞いた、ヒノメ? みんな、あんたが負けるのをお望みみたいだね」


「き、期待を裏切るのが……危なッ! 期待を裏切るのは得意でしてね」


 軽口を叩けても反撃する余裕までは無く、ヒノメは逃げ惑うしかない。


「つぁ!」


 ついに左肩を切り裂かれ、ヒノメが苦痛の声を漏らす。ヒノメの傷口から、燐光を帯びる紅の花弁ハナビラが舞い散った。


「ここまでだね」


 負傷したヒノメを見てイチバが攻勢を強める。それまで旋回させていた槍の動きを転調させ、鋭い刺突を放った。


 ヒノメは刺し貫かれる直前、しゃがんで片膝を着きながら長刀を斬り上げている。切っ先はイチバの胸を浅く斬り割った。今度はイチバの胸から紅の花弁が噴出する。


『おぉーっと! ここでヒノメちゃんも意地でやり返す! 勝負はまだ分からないか⁉』


 実況の声が響くなかでヒノメとイチバが睨み合った。


 自身の胸から飛び散って漂う花弁を腕で払い、イチバが口を開く。


「しぶといね。こうなったら、百花繚乱で決着をつけてやる」


「望むところよッ!」


 イチバは短槍を地面と水平に構える。


「〈百花繚乱ひゃっかりょうらん・野心と威厳は一番槍の故〉!」


 高らかに言い放ったイチバを中心に波動が弾け、ヒノメの全身を押し包む。

イチバの持つ槍が青く輝き帯び始め、光で切っ先が延長される。さらに刃の根元の両側から光の刃が出現し、青き刃の十文字槍が形成された。


「これで、あんたを細切れにしてやるよ!」


「そういうわけにはいかないもんね。こっちも〈百花繚乱〉! ……って、あれ?」


 ヒノメが宣言しても何の変化も起こらない。しばし考えたヒノメは、両手で頭を押さえた。


「しまったぁー! もうハナビラが足りない⁉」


 情けないヒノメの姿を目にし、イチバが興覚めしたように口元を引くつかせる。


「いやまあ、とにかく。あんたはここまでよ!」


「ちょっとタンマ!」


「待つわけないでしょーが!」


 大声を放つイチバが疾走。人体など容易く両断しそうな渾身の刺突を繰り出した。


 防御する余裕は無く、ヒノメは身を反らして一撃を回避。腹部の皮一枚を掠めた刃をやり過ごすと、ヒノメは長刀を振りかぶった。


「甘いよ!」


 イチバが素早く槍を引くと、横に伸びた刃が背後からヒノメの脇腹を抉った。


 その傷が致命傷だということは、血液の代わりに噴き出る花弁の量が表している。傷口から溢れ出る紅の花弁を手で押さえながら、ヒノメはイチバを見返した。


『ここで痛恨の一打がヒノメちゃんに直撃ぃー! あの様子では戦闘は不可能。ヒノメちゃんも粘りましたが、ここで脱落だぁー!』


 興奮した実況の声が降りかかり、ヒノメの胸中に悔しさがこみ上げる。


「くっそー……!」


 末端から全身が徐々に花弁と化し、愕然とヒノメは自身の消えていく両手を見下ろす。


 胸から頭部までが花弁となって散ったとき、ヒノメの視覚は暗黒に包まれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る