サクハナリーグ
小柄宗
第一章 最下位から反撃の芽吹き
序章
『さあーッ! 本日第一戦目の〈
ヒノメの紅茶色の長髪は帯のように後ろへたなびき、琥珀色の瞳には焦りが現れていた。レンガ造りの建物に両側を挟まれる大通り、石畳の路面から土埃を上げつつヒノメは走る。
ヒノメはチラッと目線を上げ、会場の高台に設置される
「もー! あんなところで何やってんのかな!」
苛立ちを隠さずヒノメが吐き捨てる。仕方なく、ヒノメは単独で相手班の
相手が
ヒノメはその思いを胸に、仲間のことは忘れてただ正面を見据えていた。
『ヒノメちゃんは突出し過ぎにも見えますが、果たしてこの選択は功を奏すのか⁉ ちなみに私の手元にある資料ですと、ヒノメ班の戦績は十四戦全敗。うーん、私には無謀にも思えるヒノメちゃんの行動。果たして、この選択の結果は如何にぃぃー⁉』
実況の煽り文句に合わせ、会場を取り巻く観客席から歓声が上がる。それがどのように自分が負けるかの期待の声に、ヒノメには聞こえた。
「あー、うっさい、うっさい!」
〈
長刀の刀身は深紅に染まり、黒い幾筋もの線が入っている。その線は柄からヒノメの手に伸び、衣装の裾まで広がっていた。長剣を中心として、一定間隔で赤い光が脈動するようにその線を走り抜けている。
急にヒノメは両足に急制動をかけた。革靴の底が砂埃を上げつつ滑走し、ようやく停止。
前方を見やるヒノメの瞳には一つの人影が映る。
『来たァー! ヒノメちゃんの前にイチバちゃんが立ちはだかりましたー!』
よく一回戦からこれだけ騒げる実況の声を背景にして、水色の頭髪と灰色の瞳を有する女性がヒノメを見据える。
「ヒノメ、もう諦めなって」
「イチバさ、同じ状況でそれ言われてどう思う」
短槍使いの女性、イチバは口元に笑みを浮かべる。それも一瞬だけで、すぐに表情を引き締めたイチバは槍の先端を地面近くまで下げた。それは刺突の予備動作でもある。
それに応じて、ヒノメは手を下げて長刀を中段に構えた。ヒノメは長刀、イチバは短槍。間合いの広さはイチバが遥かに有利だが、初撃さえ防げば懐に踏み込む隙が生まれるはず。
数秒の対峙を経て、イチバの双眸が細められる。土煙を上げて踏み込んだ勢いそのままに、イチバが超速の突きを放った。
切り裂かれて渦を巻いた空気を纏う槍がヒノメを襲撃。両者の間で火花が散り、ヒノメが半身になりつつ長刀を斜めにして一撃を受け流していた。
すかさずヒノメは前進しながら横薙ぎを繰り出す。首を狙われたイチバは慌てることなく、後方に跳び退って槍を縦に構えた。槍の柄に長刀の刃が阻まれ、イチバは断頭刑を回避。
「獲った!」
反撃に転じたイチバは槍の
「おっとぉ⁉」
上体を後ろに反らし難を逃れたヒノメは目を見開く。イチバが槍を振りかぶり、すでに攻撃の体勢に入っていた。
「そぉれ!」
頭上から見れば円を描く軌道でイチバが槍を旋回させる。横殴りの一撃を刀身で防御したものの、その衝撃でヒノメは横に弾き飛ばされた。
高速で縦横に乱れる刃が、体勢を崩したヒノメを猛襲。両手で巧みに槍を回転させ、イチバがヒノメを追い詰めていく。
『短槍の名人イチバちゃんがヒノメちゃんを圧倒! ヒノメちゃんは万事休すかァー⁉』
「聞いた、ヒノメ? みんな、あんたが負けるのをお望みみたいだね」
「き、期待を裏切るのが……危なッ! 期待を裏切るのは得意でしてね」
軽口を叩けても反撃する余裕までは無く、ヒノメは逃げ惑うしかない。
「つぁ!」
ついに左肩を切り裂かれ、ヒノメが苦痛の声を漏らす。ヒノメの傷口から、燐光を帯びる紅の
「ここまでだね」
負傷したヒノメを見てイチバが攻勢を強める。それまで旋回させていた槍の動きを転調させ、鋭い刺突を放った。
ヒノメは刺し貫かれる直前、しゃがんで片膝を着きながら長刀を斬り上げている。切っ先はイチバの胸を浅く斬り割った。今度はイチバの胸から紅の花弁が噴出する。
『おぉーっと! ここでヒノメちゃんも意地でやり返す! 勝負はまだ分からないか⁉』
実況の声が響くなかでヒノメとイチバが睨み合った。
自身の胸から飛び散って漂う花弁を腕で払い、イチバが口を開く。
「しぶといね。こうなったら、百花繚乱で決着をつけてやる」
「望むところよッ!」
イチバは短槍を地面と水平に構える。
「〈
高らかに言い放ったイチバを中心に波動が弾け、ヒノメの全身を押し包む。
イチバの持つ槍が青く輝き帯び始め、光で切っ先が延長される。さらに刃の根元の両側から光の刃が出現し、青き刃の十文字槍が形成された。
「これで、あんたを細切れにしてやるよ!」
「そういうわけにはいかないもんね。こっちも〈百花繚乱〉! ……って、あれ?」
ヒノメが宣言しても何の変化も起こらない。しばし考えたヒノメは、両手で頭を押さえた。
「しまったぁー! もうハナビラが足りない⁉」
情けないヒノメの姿を目にし、イチバが興覚めしたように口元を引くつかせる。
「いやまあ、とにかく。あんたはここまでよ!」
「ちょっとタンマ!」
「待つわけないでしょーが!」
大声を放つイチバが疾走。人体など容易く両断しそうな渾身の刺突を繰り出した。
防御する余裕は無く、ヒノメは身を反らして一撃を回避。腹部の皮一枚を掠めた刃をやり過ごすと、ヒノメは長刀を振りかぶった。
「甘いよ!」
イチバが素早く槍を引くと、横に伸びた刃が背後からヒノメの脇腹を抉った。
その傷が致命傷だということは、血液の代わりに噴き出る花弁の量が表している。傷口から溢れ出る紅の花弁を手で押さえながら、ヒノメはイチバを見返した。
『ここで痛恨の一打がヒノメちゃんに直撃ぃー! あの様子では戦闘は不可能。ヒノメちゃんも粘りましたが、ここで脱落だぁー!』
興奮した実況の声が降りかかり、ヒノメの胸中に悔しさがこみ上げる。
「くっそー……!」
末端から全身が徐々に花弁と化し、愕然とヒノメは自身の消えていく両手を見下ろす。
胸から頭部までが花弁となって散ったとき、ヒノメの視覚は暗黒に包まれた。
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