episode17『生ける屍の落とし文-Dear John letter-』
世界が真っ暗になった様だ、もう何も信じられない。
私が夢中になっている、映画化も決まっている小説がコネでメディアミックスの資金を捻出したと炎上したのだ。
そんな
私にとってあの小説は人生そのものであり、人生を変えた一冊以外に形容の仕様が無い。
私はこの小説を人生の
今はまだ書けていないが、毎日アイディアを練ったりインプットをしている。近いうちにこの人と同じレーベルの公募に私の最高傑作を送る予定だ!
その矢先、これだ。もう何も信じられない。
私はあの小説のファンである事を
しかし今では私の周囲の人は皆、この事を知ってか知らずか、あの小説を叩いている。
私は胸を張ってその事を口にしたいが、周囲の環境がそれを許さないのだ。
私は唯一の人生の杖を失った。これから何を
この一連の文章は、私の遺書の様な物だ。
死にたい。
まだ私の小説は書けていない、書ける訳が無い。
死にたい。
せめて、この遺書が私の尊敬する先生の目に届いてくれないだろうか。
死にたい。
ただ一言、私の愛したあの作品が映画になったのはコネなんかのお陰ではないと、一言言ってくれたら、それでいい。
死にたい。
もう私には書く気力も生きる気力も無い。
死にたい。
もう私は何もかもがどうでもよくなってしまった。
死にたい。
せめて死ぬ前に、私の敬愛する先生に何か言葉をかけて貰えないだろうか?
死にたい。
私は明日死ぬ事にした。
* * *
「それで、どうなったんですか? その人は」
ある集合住宅の一室、作家の男とその同居人の青年が居た。
作家の男は自分の体験談を同居人に話している所で、同居人の青年は作家の男の話の動向をながら作業をしつつ聞いていた。
「ああ、ボク好みの
「それで、先生はなんて声をかけたんですか?」
同居人の青年は、なるべく作家の男に対して大変興味深そうに聞こえる様に最低限の努力をしつつ、作家の男性の言葉の続きを引き出さんとした。
「
「いいからさっさと簡潔に最後まで話してくれませんか?」
「おいおいおい、君はボクを持ち上げたいのか
同居人が
「まあいい、ボクはただ一言『いいから黙って書け』って声をかけてやったんだ。あのブログ、誰一人コメントが無かったからボクの助言はさぞ心に染みただろうね……まあ
「えっ、それってその人死んじゃったんじゃあ……?」
同居人の青年が心配そうな声をあげた事に、作家の男は笑いを
「バカは休み休み言えよ君! どうやって死人が自分のブログを消すって言うんだい? そんな事が可能なら、肉体が無くてもネット上の文章をアレコレ出来ると言う事になるじゃあないか! 是非ともボクも御教示頂きたいところだね!」
「あ、そっか」
「あの手の輩は承認欲求をこじらせて、死ぬ死ぬアピ―ルをしてあわよくば誰かに声をかけて貰おうと言う
作家の男は
同居人の青年は、もう太鼓持ちをしなくても平気そうだな。と、顔に出して平常心をしている。
「でも先生、そう言う風に他人をネタにするのってどうかと思いますよ。本人が見たら怒ると思うと言うか……」
「何を言っているんだい? 件の口だけワナビーは、本人の弁を信用するなら死んだんだぜ? 死人に口無しと言う奴さ、確かに知られたら本人は怒るかも知れないが、そもそも知られる事も無いだろうし、その時は……何でお前が生きているんだ? お前は死ぬって言ったじゃないか! ダメじゃあないか、嘘をついちゃあ! で、貫き通すさ」
「そうっすか、多分
作家の同居人は携帯端末をいじり、飲食店の広告を眺めている。
「何を言う! 日常で感じた負の感情を作品と言う正の形にして周囲にアウトプットする。これは正常で正しく立派な行為なんだぞ! 他人の金遣いに言及する周囲の連中を人質役にする、いけ好かない担当編集を悪の科学者にする、腹の立つ知人を怪獣の
作家の男の熱弁に、同居人の青年は思い出した様に口を開く。
「ああそうそう、ところで先生はその映画化? するって言う作家さんに目星はついているんですか?」
「ああ、それならボクはその人の名前を出さなかったし写しには記載しなかったが、元のブログにはその小説も作家の名前も商品情報やまとめ記事をリンクする形で載っていたよ。ボクに言わせれば、言いがかり以外の何物でも無い。そもそもボクが出資者の立場で、クッッッッソつまらない小説を映画にするからお金を下さい! って言われても、絶対に金は出さないからね!」
「それは良かった。じゃあ、コネがあるお陰で映画になったんじゃないんですね!」
作家の同居人は携帯端末から目を離し、顔に明かりを灯らせた。
この会話のドッジボールの最中で、間違いなく一番感情的な表情だ。
「何を言っているんだ、君は? コネが無い訳が無いだろ、世の中には仲の良い同級生と一緒に本を書いてベストセラーを世に出した奴らも居るんだ。コネの無い人間なんて居ない、コネをコネと思っていない人間が居るだけだぜ」
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