第二話

 窓から差し込む朝日で目が覚めた。昨夜は恐怖からか、カーテンを閉めることすら出来ていなかった。肌にへばりつく衣服。体は汗でぐっしょり濡れていた。

 いつの間にか眠っていたようだった。部屋の電気は点けっぱなしで、スーツを着たまま寝ていた。今日が休日で本当に良かった。


 何だか、うんざりした。

 何故こんなにも科学が覇権を取っている時代に、幽霊を恐れなければいけないのか。情けない自分に呆れつつ、汗を流しに風呂場へ向かう。シャワーの蛇口をひねると、勢いよく冷水が飛び出た。お湯に切り替えるのを忘れていた。文字通り、物理的に頭を冷やす。その時、ある考えが頭に浮かんだ。


「幽霊がいないことの証明、誰かがしているんじゃないか?」


 テレビもスマホもない現代。見たい情報だけを、見たい時にアクセス出来るこの時代。検索エンジンは爺婆ジジババが使う代物しろものだ。友よりも近いAIに全てを尋ねるのが、現代の常識である。もちろん、わざわざ指を動かす必要は無く、頭でそう意識するだけで、検索は完了する。


 風呂から上がり、体を拭きながら、情報を閲覧する。

 しかし、そんなページは一向に見つからなかった。


 …まあ、それはそうか。「無いことの証明」は悪魔の証明だ。

 例えば「白いカラスがいることを証明しろ」と問われたのなら、白いカラスを1匹でも見つければ、それは完了する。しかし「白いカラスがいないことを証明しろ」と言われると、途端に困難になる。なぜならば、世界中全てのカラスを調べなければいけないからだ。北海道から沖縄に留まらず、海を越え外国の路地裏まで、その全てを…。そう、ほとんど不可能に近いのだ。

 いくらテクノロジーが進もうとも、生物全てに個体番号は付けられない。むしろ、文明が進むということは、寛容になるということだ。生物においても多様性は適用される。動物園なんてものは、100年以上前に全て閉園した。


 途方に暮れる。いないことを証明できないのなら、どんな突飛とっぴな物でも、いるかも知れないと言うことじゃないか…。


 そう考えながらも、なんだか諦めきれなかった。夢中になれるものが見つからない私が、ここまで魅了されるとは──既に幽霊に取り憑かれているのかもしれない。

 それから1時間程、一つ一つのサイトを丁寧に回ってみたが、それらしきものは一向に見つからなかった。アフィリエイトに取り憑かれたページしか出て来ず、それが私を苛々させた。躍起やっきになって、最も後ろの検索結果から見ていくことにした。

 すると、興味深いサイトがヒットした。


「幽霊の非存在に関する、際限の無い人間の経済活動」


 非常に興味が惹かれるタイトルだった。いつの時代も、無名の山にこそお宝は眠っているものだ。

 そのページにアクセスしてみる。途端に、違法アダルトサイト並みの大量の広告が出てきた。それが厚い壁となって、情報の閲覧を邪魔してきた。また、このパターンか…。時間を掛けて辿り着いたサイトに、こんなにも陳腐ちんぷな仕掛けが施されいるとは…、思わず落胆する。ブラウザバックしよう──そう思ったが、どうしても、タイトルの魔力に抗えなかった。

「これが駄目なら、諦めよう」

 時々可笑しな日本語のページに誘導されながらも、どうにか広告を消し切る。そうして壁を乗り越えた先で辿り着いた本文には


「幽霊の正体は、プログラミングである」


 無機質な文字で、そう記載されていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る