三柱神の日常
葱と落花生
三柱神の日常
ぷろろーぐ
果てなくも思える宇宙の彼方から、湧き出た塵が地球を創る。
真っ赤に溶けた溶岩の海、陸地も無い原始の地球。
志を持った魂が何億年もかけ、たった一つの命を創り出した。
その者の名は神。
神もまた無から産れた者ではない。
人が思いも及ばぬ太古に、唯一の目的の為に創り出された。
この世の総てを神が創りたもうたのではない。
始神は多くの神々の誕生に立ち会った。
自然の営みが創造する物の中から、始神は自分に似た者、あるいは自然の中から無差別に選び、自身を創った魂の願いを伝えた。
始神の行い総ては、魂が目的を果たす為。
魂の願いを伝授されたる万神が目指す地もまた、魂の願いが果たされた地。
後に人間はこの地を、アルカディアと呼んだ。
宇宙の誕生を知る者はいないとされている。
誕生以前の空間には、何者も存在していなかったからだとしていあるが、それは違う。
繰り返される宇宙の誕生に、その度引き裂かれる思いで傍観者となってしまった者達を私は知っている。
十のマイナス四十三乗秒、絶望の時がこの一瞬で希望に向かって流れを変えた。
次の瞬間から三十一万年、宇宙は無から光の空間へと変わる。
数十億年かけ広大な宇宙は銀河を形成し、そして太陽が産れた。
それでもまだ勇敢な魂達は何もできず、滅亡の時まで返される事のない宇宙の砂時計を眺め続けるしかなかった。
さらに五億年、原始の地球が形を現した。
そして今から四十億年前、ようやく魂達が働き出した。
有らん限りの力を使い無機なる物をぶつけ合い続け、遂に魂達は一個の命を創り上げた。
それを神と呼ぶにはあまりにも未熟で無知だった。
魂達は百万年前まで、ありとあらゆる生命に似せ、己の意志を伝える神を創り続けた。
時に、生命ではない石や山、海や空にまでその意志を語り続けた。
しかし魂達の力では、これらに意志を伝える事は出来なかった。
人に似た猿が産れ、その者達にも魂の志が伝えられた。
これもまた願いを叶えてはくれなかった。
一万年前、己の目的の為、総てを司る神として、人に似せた者を神の頂きに置く事を魂達は決心した。
宇宙の無限に続く歴史の中にあって、僅か一万年にも満たない歴史の人類に、魂達は地球の総て・宇宙の総てを委ねたのである。
数億回も起こった宇宙の誕生と消滅。
人類が犯した罪で引き起こされる宇宙の悲劇に向かい、魂達は、もう一度人類を神の代弁者に選んでしまった。
魂達は宇宙の誕生以前に人であったから、今度こそは未来を己が願う地に導いてくれると信じた。
限りなく繰り返される魂の過ち。
その過ちに後押しされて、人に似た神は地球を死の星へと導く。
滅んでは産れる地球の守護者として、いずれは人類も神の過ちに気付く。
守護者が己であると知った時、滅ぼす者もまた己だと思い知らされる。
光の中からいでし魂達は、意志を継ぎたる神に寄り添い、水辺に集う生を観察している。
いつか大地を揺るがす程、人が神の意志に背いた時、人類総てを滅ぼさんが戒めをこの地に下す為。
時の流れなど無きに等しき魂には、人の生き死になど瞬時の瞬き。
魂がいとしく思い、守りつづける唯一は人にあらず。
繰り返し絶え間なく命を産み育む地球、魂が故郷。
兆の年のその先で、滅び再生する地球をもって、魂は永遠の輪廻を見出した。
人の儚きを憂いる術を、魂は忘れてしまった。
人から苦難を乗り越えて変貌した魂は、数兆年の月日に総ての悲哀を消しやったのだ。
もはや魂には、人への思いなど微塵もない。
魂の意志を受け継ぐ神の、僅かに残された慈悲に頼って人はようやく生き長らえている。
文明だ科学だと、地球の征服者の如き振る舞いに、神と魂は人などこの世にあって故郷を汚すばかりの生き物と、幾度となく滅びを試みた。
人が仕分けたる善なる者も悪なる者も、神や魂にとってはただの人。
いずれは、邪悪を産み増やし続ける害獣でしかなかった。
それでも人間はしぶとく生き残った。
何万年かの知識を使い、神をたばかり魂を踏みつける。
既に人と魂の和解など、この地球が果てるまでありえぬと思われし時、神は魂を宥め人を戒め、今一度道を示した。
せめて一度なりとも、この地の自然が人に勝った息吹を見ようと、幾度も廻る闇から光、光から闇へのその中。
たった一度の地球の為に堪えよと、魂達は数億回もの地球を見て来た。
それらの希望は、常に人によって押しつぶされた。
それでも、人であった喜びが心の奥底に残っている。
故郷か人かの選択で、魂さえもが迷い苦しむ。
神は魂の意志を伝えし者。
魂もまた、遙か昔に人の意思を継いだる者。
怒りが収まれば人を思わぬ者ではない。
人は、見えぬ者の言葉を聞こうとしない。
文明科学の落とし子達は、地の願いを聞こうとはしない。
滅びに向かうその時でさえ、己が我のまま、地球の命を食い尽くす。
されど魂は思う。
我も一度は人であった者、今一度試みてみようぞ、きっと人は争いの無き世を築く者と信じよう。
何の隔たりもない世界を創ってくれると信じよう。
幾度裏切られようとも、いつかいつかと信じて待とう。
他に我らが成せる術はないのだから。
人に隔てなきを求めたとして、それが成らぬのは太古より繰り返されたる己が地球(ほし)の歴史に記されし事。
魂の望を幾億回も裏切りし者達を、許し続けるのもこれが最後と構えたる月日のなんと長き事か。
それさえも裏切りの時に比ぶれば、瞬く間の閃きに似たり。
一瞬に人は知恵を得た。
道具を造り、そしていがみ合い。
争い、殺し合い。
幾度もの繰り返しを、魂は見過ごしてきた。
今に起こった事ではない。
何度でも、何度でも争うがいい。
いつか気付いたるその時こそ、真に望む世界の終焉の為、何の力添えを惜しむものではない。
総てを捧げ、華やかに消滅しようぞ。
人が人として、地球(ほし)が生き、果て、蘇るのならば、何ものをも恐れる事などありはせぬ。
魂達は今度こそ、永遠(とわ)を知ったる人の為、その強大な力をもって、天を裂き世界を揺らすであろう。
逃げ惑えばいい。
泣き叫ぶがいい。
さりとて傷付け合う事なかれ。
共に助け合い、共に荒れた地を耕せ。
いつかまた命の恵みを受けし時、人が人である為に、畜生道を生きて来た先人の罪を掻き消す為に。
我らも共に歩もうぞ。
今一度この地球(ほし)が滅び行き、新たな旅を始めた時こそ、我らと人の真なる喜びの時。
今この時、共に生き共に土となったとて、我らが魂は永遠なる静寂の後、再びこの地へ舞い戻り、歓喜に浸るに違いない。
耐え続け、ようやくに遂げた魂の、そして人の心がいざないし大地。
おお、アルカディア。
今こそ我はここに立つ。
「おいおいおい、何か変なのが来ちまったよー、疫病ー。こら! 医者! 玉子酒なんか作ってねえで、追っ払っちまえよ。あの野郎、辛気臭くていけねえよ」
「なんでーすかー、貧乏神さん」
「死神に言ったんじゃねえよ。てめえは学がねえんだから黙ってろい。どうせ、あいつの素性なんか知らねえだろう。おい疫病。知ってるかよ、診療所の前で訳の解らねえ御題目みてえの唱えてるイカレキンタマ野郎。あいつぁ何者だい」
「あぁ、あのボケ野郎か。創始神だよ。此の世の総てを創ったって言いふらしてる奴さ。神には違いないんだけどねえ、詐欺師だよ。ペテンさ。ああやって神仲間から金集めて、新しい宗教団体を作るんだって息巻いてるんだよ」
「ほー、そいつぁまた。御苦労なこった」
「どうするんですか。御祭始まっちゃいますよ。早く行かないと」
「おう、そうだな。なんてったって百二十年に一回きりの祭だあ。いかねえって手はねえやな」
「貧乏さんも疫病さんもいいですよねー、僕は今回の大祭も火の番ですよ」
「何言ってやんで、いつだって先頭きって呑み過ぎて、担ぎ込まれてんのはテメエじゃねえか」
「それにしても、死神は毎度毎度下戸にあたるねー」
「人を見る目がないんでしょうかね。自分で情けなくなりますよ」
「落ち込んでばかりいねえで、テメエは仕事しろよ。今年は思い切ってよっ、祭で百人ぐれえ殺しちまえよ」
「それは、ちょっと……」
村祭り
二十年前、村の大祭で大火事があった。
祭の中心だった神社の御籠堂が、中にいた者達を道ずれに焼け落ちたのだ。
中にいた神官一族の殆どが焼死したばかりか、生き残った関係者も事件後に次々と変死を遂げた。
厄介の始め、火災の原因は失火とされている。
放火ではないか、犯人は追い出された婿ではないかとの噂もあったが、肝心の婿は行方不明のまま未だ消息がつかめていない。
一族で長く生きたのは僅か五人ばかり。
このうち二人は早くに亡くなった。
一族は三人の巫女を此の世に残し、黄泉へと旅立ったのである。
死神の仕業ではなかった。
まして、神の意志でもなかった。
しかし大火の最中、炎の中に創始神と死神の壮絶な戦いを見たと言う者が語り部となり、今も事の次第を繋いでいる。
およそ見当をつけての作り話が殆どで、誰も信じて聞きはしないが、一人信じて熱心な青年がいた。
そして二十年。
誰もが死神とも疫病神ともつかぬ者の所業を忘れ、青年さえ熱心に聞き入った事など忘れた頃。
炎の中で戦い傷ついた創始神が憑りついて、一人の男が村の祭に現れた。
語り部の話を熱心に聞いていた青年もまた、微かな記憶を呼び覚まし、村の事件を解明する為にやって来た。
百二十年に一度。
うるう年の二月二十九日、大祭の日がやってくる。
この日は、人を喰らう神が村にやって来ると信じられている。
神社に御神体はない。
もはや祠さえも朽果てている。
百二十年に一度だけ人を喰らいに現れる、この神こそが御神体なのである。
普段はいない神だから、祠は要らないと村人が言う。
人を生贄に差し出したからと、何か御利益があるのではない。
災難を引き起こさないでいてもらう代わりの生贄だ。
脅迫の代価である。
百二十年に一度、村人は神の我儘に翻弄される。
うるう年と言うからには、暦学に基づいた迷信かと思うが、先に祭があって、うるう年が後から取り入れられたのかもしれない。
何の根拠もないまま百二十年に一度であったのが、後に干支だうるう年だと、根拠の一として付け足されたとも考えられる。
祭の名前さえもない生贄の儀式。
記録がないのだから、何を言っても憶測でしかない。
村人はここを神社として言い伝えているが、今は鳥居も狛犬もない。
小さな祠が朽果てているだけである。
よそ者がいきなりここに立っても、神社の境内だとは気付かないだろう。
錆びれた田舎の公園にしか見えない。
ここが神社だと教えられて来てみれば、神社に見えなくもない。
冷えた空気が一年中漂う空間となっている。
村人は産れた時からここを神社だと教わって来た。
杜は綺麗に手入れされ、一里塚に並んだ八地蔵に御供えが絶えない。
二十年前が生贄の年だった。
生贄の儀式があったかどうか、記録には何も残されていない。
あったとしても、二十年前ならば記録に残して良い儀式ではない。
生贄の儀式とは別に、村には干支祭がある。
俗称、飲兵衛祭。
十五日から十日おきに一度、鎮守の杜に集まって酒を呑む。
一社あたりの開催日は、各神社の神官が集まり複雑な計算式で算出されるとしているが、どの神官に聞いても計算式を知る者はいなかった。
飲兵衛祭は村に点在する百二十社ある神社を、ランダムに廻ってゆく祭で、一神社にとっては四年に一度の大祭となる。
前祭数日、本祭前夜一日、本祭二日か一日、本祭後夜一日、後祭数日。
祭を始めてから終わるまでの間、人が入れ代わり立ち代わり、昼夜を問わず休みなく酒を呑み続ける祭。
言い換えれば一年中、村のどこかの神社に行けば、ただ酒が存分に呑める。
この村の一年は三六五日とされ、季節調節をしていない。
一周四年で一日、三十周百二十年で三十日、暦の月日と季節にずれが生じる。
百二十年で一ヵ月増える勘定だ。
この月が十三月で、生贄の月とされているらしい。
神官はこの一ヵ月間断酒をする。
そして、一ヵ月の内の三日間、水も飲まずに断食をする。
いかなる殺生もしないとされているのだが、唯一生贄を殺す。
その肉を食ったか食わなかったのか、やはり記録はない。
あったにしても、賢明な神官ならばとうの昔に葬り去ったに違いない。
今ではハロウィンと混同され、十月の数日間を悪霊祭として村は大騒ぎする。
祭を仕切るのは、干支にいない動物姓を持った者となっている。
古くからの住人であり、百二十社の神主のいずれかで、これもまた持ち回りで引き継がれている。
百二十年に一度の大祭の時ばかりは、玄武姓の主が取り仕切る。
大祭はこの時以外、一切人の立入を許さない。
周囲百二十社の総本山である磯神様まで、村人が八体の石地蔵を神輿に乗せ担ぎ上げて行く所から始まる。
祭のクライマックスは、裏手から磯神様に入った神輿が表正面にまで引き摺られてゆき、急な石階段から突き落とされる場面である。
神輿は粉々になるまで何度でも突き落とされる。
村人は破片となった神輿の木端を持ち帰り、鬼が来ぬよう祈願しながら風呂を沸かしたり煮炊きに使う。
石地蔵は磯神様でもてなしを受けた後、玄武の神社で生贄の儀式に立ち会う。
儀式が終われば赤子の衣に包まれた石地蔵が、次の百二十年まで杜に祀られる。
どのように辿っても祭の起源は分からない。
怠け者の神官が歴代記録を怠っているか、記録に残してはいけない事実があるからだと推察できる。
順繰りの祭とだけ聞いている。
次の神社がどこで、いつからか始まるのか。
連絡網もなければ広告もない。
今開かれている祭の場で、噂話だけを頼りに村人は次の神社を探して右往左往する。
噂が更なる噂を呼び、尾ひれ背びれ腹びれがついて、収集だけつかない。
人が寄り合うのを嫌っているかの如き順繰りだ。
いざこれから祭だと知った神社は村人に引けを取らず、聞きしに勝るあわただしさに見舞われる。
明け方に連絡が入り、日暮前の引き継ぎまでに神輿の道路使用許可申請から夜店の手配、舞舞台の設置から酒肴の準備、総ての段取を半日足らずで済ませなければならないのだ。
蜂の巣を突いたような騒ぎで、村人は次の主催がどの神社であるのか見当をつける。
誰が順繰りを決めているのか知りたかったが、聞いてはいけない事のようだった。
誰もが聞かれているのと違う答えをする。
会話がちぐはぐと噛み合わない。
小馬鹿にされているようで、不快になるからそれ以上調べるのを止めた。
次の祭に引き継ぐ夜。
祭で残った濁酒の樽を神輿に乗せ、次の神社へと練り歩いて行く。
途中、次の神社の氏子達が神輿を担ぎ替わる。
この時、受け取る側の神主が引き渡す側の神主に口上する。
「本日御日和有難く、皆様方の命が滴、貰い受けましたる御礼には、我が腕一本主様へ、なにとぞお届け願いまする」
葉の付いた大根と濁酒の樽が乗った神輿を交換する。
大根がなければ、腕に見える物なら何でもいい慣わしだ。
大根は一旦祠に奉納され、その後氏子で分けて持ち帰る。
当然、その日の夕食には大根の料理が出される。
これを食って、それからの四年、疫病を受けずに暮らしてゆける無病息災の神事である。
この引き継ぎの儀式、必ずと言っていいほど両氏子の担ぎ手同士で喧嘩となる。
今では式の一部で、面白おかしい喧嘩踊りになっているが、元は交換する筈の濁酒を全部呑んでしまった引き渡し側が、樽に海水を詰めた事から始まっている。
本当にあった喧嘩が基で、何人かの死者が出たという古事をからかった一場面だ。
祭の喧嘩で死人が出ても、それを笑いに変えてしまう村人。
祭に対する姿勢に、若干の恐怖を感じる。
喧嘩の風刺と同じで、本当に腕のやり取りがあったとは思いたくないが、最終的には人を生贄とする為の序曲のような祭だ。
本当の腕を煮て食おうが焼いて食おうが、あっても不思議はない。
次の社に担ぎ込まれた濁酒の樽は、舞舞台の中心に置かれる。
巫女が踊りながら祭に来た者に、一合のひしゃくですくって振る舞う。
ひしゃくの酒は別の器へと注いではいけない。
参拝者が上を向き大きく口を開け待っている所に、巫女がひしゃくで直接口の中に流し込む。
注がれた者は息もつかず、一合の濁酒を飲み乾さなければならない。
実にダーティーな酒の呑み方だ。
樽の酒がなくなると次の樽が舞台に上げられる。
これを祭の間中繰り返す。
舞台で踊る巫女はちょくちょく交代するが、参拝者はそうそう替わらない。
このような事情から、救急車が待機している。
ところが、肝心な救命士が下戸なのに飲みたがりで、毎度ゝ自分が最初に搬送されている。
過去に遡ればその昔、酒は貴重な物だった筈だ。
生きるに必需の食糧を毎日続く祭の為、酒にしてしまっても生きていられる程、過去においてこの地域が豊かであったとの記録はない。
これだけの祭を続けられる米を、どこで手に入れていたのか、一切記録が残されていないのだ。
これもまた干支祭、飲兵衛祭を調べるほど尚更湧き出て来る疑問の一つだ。
過去に行われていた米の入手先は不明だが、現代の濁酒造り米を育てる田圃は、近隣百二十神社総本山、磯神様のある小高い杜の裾を取り巻く広大な田園である。
この村の住人は、現代にあって固定資産税も酒税も払わず、毎日毎晩好き放題に酒を呑んでいる。
一方的な見方をすれば、現代社会でこの祭は、合法に見える脱税祭だ。
村に巣くう神々
貧乏神、疫病神、死神。
三柱の神が、この村には住んでいる。
住んでいる?
それよりきっと、憑りついている。
太古にはどれも卑しい鬼であった。
鬼が互いに磨きあい、低級神にまで登り詰めた。
三柱はいつの世でも一緒であった。
これら三柱の他にも、貧乏神・疫病神・死神はわんさと地上にいるが、いつも一緒なのはこの三柱だけである。
いずれ三柱に限らずこれらの神は、人の弱みを探しては付け込み、死後に地獄へと貶める。
それがこの神達の生業なのだ。
人がどのように拒んでも、いつか必ずこの三柱神とは関わらねばならない。
されども、村に憑りつきたる三柱神には慈悲がある。
貧乏神が金をばら撒くのを見たか。
疫病神が病人を治すのを知っているか。
死神が死者を引き戻せると聞いたか。
この地の貧乏神は、泥棒を仮の姿としている。
この地の疫病神は、医者を仮の姿としている。
この地の死神は、救命士を仮の姿としている。
どの神も、此の世が俗人の体を借り、村人にチョッカイを出す。
憑りついた依り代が亡くなれば、また別の者に憑りついて、あれこれ騒ぎを起す。
いつの時代でも、これら神のする事が人の世に正しかったためしはない。
生業は神なれど、心根は人を真似た鬼。
鬼から人、そして更なる崇高の神へと変わりつつある。
いずれこの神の思う事これ総てが、人の思いとの間に些かずれを生じている。
軌道を正す者などいない。
すでに三柱は神となってしまったから、神の所業がいかに人の世の理にかなわぬ物であっても、行いを咎める者などいないのである。
自身が所業の不徳に気付くまで、三柱のいずれかが他の二柱に意見するまで、三柱は人の世で過ちを繰り返す。
これら三柱の過ちは、他なる神にも行き届く。
人はこの世に生きる者でしかないから、神の過ちを修復できる人間など存在しない。
万に一つ神の過ちを正せる者は、神に憑りつかれた者のみ。
人の世にあって、憑りつかれたる者は神そのものであるから。
一柱の神は、やがて不老の体を手に入れた。
総ての神を創りたもうた創始神を、此の世に産んだ未知なる魂が、神の悪戯を戒める者として、人を真似て創った泥棒である。
神の不徳を戒める為ならば、この泥棒は神の力をも盗み取る。
一柱の神は、やがて病だらけの体に憑りついた。
神の所業に怒りを覚えたならば、人の病を神の病に摩り替え、己が体の病を切り取りしかるべき神に植え付ける。
目先も読めぬ愚図な医者。
一柱の神は、やがて強く鍛え上げられた肉体を手に入れた。
他の二柱に懲らしめられ、助けを求めるその神を、にっこり笑って地獄へ送る。
昔馴染みの鬼達に、神の肉を食らわせ喜ぶ救命士。
いつかこの村に来たならば、きっと見掛ける筈である。
飲んで飲まれて此の世の不実、唱えて管巻く三柱神。
「死神くーん、また呑んじゃったんだね。君さー下戸なんだから、飲兵衛祭りの救急番してる救命士が急性アルコール中毒ってさ、洒落にならないから、何度言ったらわかってくれるのかな」
「うーっ、うえっ……げっげげーっ、うおーー、うげぼぼぼぼぼぼっうげっ!」
「んー、言いたいことは分かるんだけどね、もう出る物ないよ、玉子酒作ってあげるから、少し待ってな」
「どっぼっ」
「あれ、まだ出るみたいてだね。そうねー、注射切らしちゃったんだよ。今回の濁酒さー、メチル混じってたんじゃないの?」
「げげっじるじる、ずずっ、ずぼっ」
「そうそう。初日なのにさ、随分搬送したよね。疲れたでしょう。まあ、僕ん所に来たのは君だけだけどね。それにしてもさー、いつも思うけど君って勇気あるよね。この診療所が死神に憑りつかれてるとか、僕が悪魔と取引した医者だとかって噂、最初に広めたの君だよね。あああ、そこに吐いたらだめだって」
「げろげろ! ぴー。すぼすぼ。ぼっこり」
「ああ、そうだった、アルコールの中和剤がなかったからさ、殺鼠剤打っといたよ。大丈夫だよね、君なら。あのさ、ダメだってそこに吐いたら」
「すっひー、ひーえっくしいー、ぐぶっぐぼっ」
「ん、いいよ泊まっていっても、自分で掃除してね。その出て来ちゃったやつ。病室空いてるし。棺のベットもあるからさ、ゆっくりしていきなよ」
「んっぐべ、んっぐごぅあっ」
「何かはっきりしないね、さるぐつわ外した方がいいかい、そうだよね、それじゃ出しにくいよね、その、何がさ。んー、それとも輸血の血液型間違っちゃったかな」
「しーーびりっ、ぶっ!」
「ちょっと、違うの出てない。いいよ寝ていて、頼むから寝ていてよ」
「しーーん、びりびり、ぶっ! びびー、ぷっ!」
「だからさ、違う音してるって」
「お待たせっ! 玉子酒できたよ。あれま、寝ちゃたのかな。しょうがないなー、点滴しといてやるよ。本当は呑んだ方が美味しいんだけどね」
「ぶへっぶべっ、ごぼごぼ」
「大丈夫、変なの出て来たけど、内臓とかじゃないよね。ところでさ、死神って最近どうよ、あんまり流行ってないみたいだけど。死なないよね、この村の爺も婆も。君仕事してる? まさか救命士に鞍替えする気じゃないよね」
「げっげびげぶ、おっおーーえーーー」
「何、ダメだよ。せーっかく点滴したのに、口から吐くかな玉子酒。それにしても君って器用だね。死神って誰でもそれ出来るの?」
「ぐげっ、げっ、ぐぶぅえっ、げっ、げえーー」
「あーそう、言われてみりゃそうだよね。そんな奴いないよね。すごいね、君しか出来ないんだ。今度さ、貧乏神が来たら見せてやりなよ。きっと受けるよ。今はもうやらなくていいから。ちょっと蓋しとくよ、部屋が汚れるから」
「うっ、げびっ、うっ、うおっ、うえっ、ぼっとん」
「酷いね。息できる? やっぱりさるぐつわは外した方がいいかねー。ところで、治ったらでいいんだけどー、急患助けてばかりいないで、しっかり死んでもらってね。評価悪いみたいだよ僕達って。貧乏神なんかさ、君が足引っ張っているんじゃないかって、チーム解散する騒ぎよ。この前なんかさー、ここで管撒かれちゃって大変だったんだから。一応宥めておいたけどね」
「ぎっぎぇっぷぎっぐえっ、げぼっ、げぼーー」
「ほっといたら死んじゃいそうだね。そうだ、今度貧乏神に会ったら、しっかり謝った方がいいよ」
「ぐえーっ、げぼげぼっ、ずっずぼっずぼっ、おっうっえーっ、げぼっ」
「はい、おやすみなさい。おだいじに、電気消しとくよ。帰る時教えて、それと、死んじゃった時も教えてね。君って分かり難いんだよね」
「げぼげっ、うっうっおっえーー」
「ああ、ごめんごめん、長話しちゃったね。おやすみ。電気消すよ」
二十年前
干支祭を取材しているのを知って、地方新聞の記者をしている友人が資料を持ってきてくれた。
実は、二十年前に生贄の儀式があったのではないかというものだ、
その資料によると、二十年前の大祭で総本山磯神様は大参事に見舞われていた。
村中が悪戯だらけだった時、古式にならった神官の一族の殆どが大火で焼け死んだのだ。
この事件は複数の関係者によって、不運が重なっただけの火災事故とされている。
事件当時、百二十年に一度の人間を生贄とする大祭は、村人からすっかり忘れ去られていた。
干支祭と称した飲兵衛祭だけが続き、一年に一度、神無月に現在のような悪霊祭が開催されている。
火災があったのは【おこもり】と言われている儀式の最中だった。
これは、伊勢に行かない神である礒神様を祀る一族が、神社の一角にあるおこもり堂と呼ばれる施設に数日間寝泊りする神事だ。
旧家の蔵をあさらせてもらい手に入れた、巫女の日記に書かれていたので、おこもりについては以前から知っていた。
一族はこの期間中、一切外出しない慣わしだったそうだ。
村に伝わる生贄の祭に興味を持ったのも、この日記が切っ掛けだった。
この、おこもりと思われる日の翌々日の記載に、生贄とだけ記載されて日記が終わっていたのだ。
他に変わった事が記載されているでもない平凡な日記だが、長く最期の生贄の文字が気になっていた。
この日記は、事件について一切書いていない。
関わりのない事件ならともかく、煮炊きした物を運んでいたおこもり堂での惨劇を見た者が、これ程重大な事態を記録しないで日記を終わりにするだろうか。
おこもり堂から出火して、中にいた一族十数名が焼死している。
一族のうち、たまたまどうしても参加できなかった、総代と琴音、あおいに未来と真紀の女ばかり五人が生き残った。
その内の、総代と琴音は事件後数年で他界しているのを友人が確認している。
あとの三人は行方不明になっていたが、土地登記簿から追ってみると、遺産を相続した未来と真紀がそれぞれ別の宗教団体の教祖になっている。
現在の調査では、最大の資産である磯家の全財産を相続したあおいが依然として行方不明で、登記簿にある住所は磯神様そのままの住所だ。
噂では、母親と疾走したままになっているらしい。
生贄に関係があるのではないかと言われているのが、事件の前後、飲兵衛祭に姿を現した磯家の婿養子だった男である。
元々素行が悪くて刑務所送りとなり、磯家から絶縁されていた男が、事件を前後して見掛けられていた。
村人の間では、奴が一族皆殺しにして火を点けたに違いないと噂になっていた。
この噂話しを流した元を辿ると、目の前にいる友人の祖父だそうだ。
こいつの新聞記事、信じていいのか。
この話は、全く根拠のない話しでもない。
村をうろついていた男は近くの温泉宿に滞在し、一ヵ月分の宿代を前払いしていた。
事件性はないと署長は発表したが、署内にはこの男を疑う者も少なからずいた。
署長の判断に反して、幾人かの警官がこの男を探したが、荷物に先払いの宿代、何から何までそのままで行方をくらましていた。
元は名家の婿だったために、辺りで知らない者のない顔で、何処に何時いたのか、分秒まで知れる男が消えたのだ。
真犯人説が流れて当然の状況だった。
ここまでなら単なる殺人放火犯の逃走劇で、彼の執筆範囲としていいのだが、事件から一週間ほどして磯神様の北側にある玄武池が真っ赤に染まる現象があった。
村の公園となっていた池で起きた怪奇現象は、マニアの間で話題となり、多くの写真も残っている。
水の汚染ではと水質検査もされたが、汚染ではなく血液でもなかった。
原因不明の現象だったが、実害がなかったので忘れられている。
この時、心霊に興味のあった友人も池の写真を撮っていた。
彼の祖父が亡くなり、遺産分けをしていた時に出て来た掛け軸が、彼の撮った写真と構図から季節、色具合まで酷似していた。
幕末の動乱期に描かれた物で、今から百四十年ほど前の作品だ。
彼が玄武池の赤色化現象を撮影したのが二十年前。
常日頃熱心に言っていた、百二十年周期で何かが起こっているとの推測が証明された。
友人はこの周期で玄武池の赤色化現象があったのだから、行方不明になった婿が生贄にされたのではないかという仮説をたてた。
生贄になったのが婿だとの説には同感だ。
加えて、これらの事件はもっと根が深いのではと思える事実が幾つかある。
火災調査では、中での調理もしくは暖房の火が基で火災が発生したと結論付けている。
しかし、この日の気温を調べてみると三十度近くもあって、とても締め切った部屋で暖房を使う気候ではない。
調理による失火については、おこもり堂には調理設備がなく、磯神様の調理場で作られた物を、おこもり堂まで巫女がその都度運んでいた。
巫女が書き残した日記からして、調理失火の可能性はないと分かっている。
この事件を調査をしたのが、現在この市の市長をしている相南だ。
当時はまだ村だったが、政治の世界では無名の消防署員だった相南がポット出の立候補をして、二期連続の現役を大差で破って村長になっている。
それから今まで、相南は近隣を取り仕切るドンとして君臨し続けている。
悪い噂の耐えない男だ。
失火ではないとしても、簡単に避難できるおこもり堂から、誰一人として逃げ出せていないのも不自然だ。
たまたま居合わせた医師が、健康な被害者全員が避難出来なかったのは、火災時に急激に広がった炎の熱で、新建材から出た有毒ガスによる中毒死と検死した。
しかし、この検死記録も疑わしい。
おこもり堂を立て替えた記録はなく、数百年前に建てられた磯神様の建造物の建材は、総て無垢の杉か檜だ。
新建材はまったく使われていない。
もっと危ないのは、この医師の周りで不信な事故死が相次いで起こっている事。
友人が、別の事件でもこの医師の名前が出て来ていると指摘する。
検死した医師はだいぶ前に他界しているが、この医師の孫にあたる開業医が、違法手術で二年間の医療行為禁止処分を受けている。
たいした事件ではないが、この街の出身者であったから、友人が医師の名前を記憶していた。
友人は、この違法手術を施された患者が、生き残った行方不明の少女ではないかと睨んでいる。
現に、行方不明になっているあおいの持つ広大な土地が、生き残りの一人であった琴音名義の時に、違法手術をした医師に一部名義を書き変えている。
この時、この医師は税金対策か何等かの捜査が及ぶのを恐れてか、琴音と婚姻届を出し、一時的に磯家の養子となっている。
養子縁組など一連の届出を代行したのが、磯家の顧問弁護士で、こいつが市長の弁護士も兼任している。
この弁護士に逆らった者は、一ヵ月もしないで地上から消滅すると噂される程の危険人物で、なよなよっとしているのに、弁護士史上最もデンジャラスな奴として、業界から総好かんを喰らっている。
名義が代わってから、この土地建物に医師は現れていないが、医師と親しい友人達が今も住んでいる。
この資料、殆どが違法調査によって手に入れているのようで、間違っても口外しないでくれと釘を刺された。
当時の警察は、惨事を単なる火災事故として処理していた。
事件後、担当していた警察署長は依願退職。
念願だった高級リゾート地の別荘で、悠悠自適の暮らしを今も続けている。
知られたって良いよとばかり、あからさまな悪行ぶりだ。 火災に関わった者の動きがいかにも怪しい。
誰も不振に思わなかった事までもが疑問でならない。
どこから聴き付けたのか、私達が二十年前の事件について調べているのならと、どんな角度から見ても酔いどれでクタバリ損ないのイカレオヤジが、妙な話を持ち掛けてきた。
例の広大な土地と家屋をもらった医師の兄が、数年前に落した手記を、このイカレ親父がコピーしていた。
原本は交番に届けて本人に返っているが、コピーはまだ手元にあるから買ってくれないかと言って来たのだ。
ここまので聞けば、相手の素性を知っている上に手記と分かってコピーして、それを後生大事にとって置くのは、恐喝以外の目的が思い浮かばない。
それでも、こいつは捕まりもしなければ事件の噂さえなく、悪さで稼いでいるにしては身成が気の毒過ぎる。
恐喝に使えないような内容なのか偽物で小遣い稼ぎをしようとしているのか、はいそうですかと相手の言いなりに買い取る馬鹿は広い世間といえどもそうそういない。
暫く考えるふりをして、確認して価値があるならば買い取ってやるとしてみた。
余程自信があるか自棄になって開き直らなければ、簡単に商品を渡すとは思えなかったが、すんなりと泥で作ったような汚いバックからコピーの束を手渡してきた。
内容はかなり怪しい部分もあるが、こんな腐れかけたおっさんが知るはずもないディープな情報も含まれていて、とても偽物とは思えない物だ。
言い値で買い取るのは失礼だと思い、半値五割の五掛けで御願いした。
内容を見れば、当時磯家の総代であった琴音が婚姻した相手で、後に磯家と養子縁組した医師宛ての手記のようであった。
かなり危なくぶっ飛んだ女だったらしく、難解な部分も多くあったが、今までどうしても説明のつかなかった事柄が、この手記に照らしてみると理解できたりする。
これからの調査に役立ってくれるだろう。
この手記を読んでから、中にあった地域の地形と神社の配置を航空写真で確認しようとしたが、記録上は保管されているはずでも、航空写真がまったく存在していなかった。
超能力だ呪だ祟りだと、いかれた内容の手記を読んだ後だからか、妙に危険な世界に飛び込んでしまったような気がする。
神々の企て
「おーい、クソッタレ、疫病いるかい」
「貧さん、そんな大きな声出さなくったって聞こえるよ。広い診療所じゃないんだから」
「いやーあ、難聴だってえからよ。死神きてるかい」
「病室で寝てるよ」
「野郎、今日こそは殺してやらなきゃ気が納まんねえ。めんどくせえ真似しやがってよ」
「あいつなら、昨日一度死んだよ」
「んじゃ今日も殺す」
「何があったのかね。何もなくても、貧さんは死神殺しが趣味だから殺るんだろうけどね」
「いやあ、何がっておめえ、あん畜生が職務怠慢でイエローカード出されてるってのに、飲んだくれて職場放棄しやがったから、昨日の祭で死ぬ筈だった奴が元気に退院しちまってよ」
「んー、それって昨日今日に始まった事じゃないよね」
「続きがあるんだよ、まあ聞きねえ。悪い事に上の査察が入ってるってんだよ」
「フーン、初耳だねえ」
「だろ、抜き打ちだってんだよ。普段が普段だからよ、俺達がこの辺の神ん中じゃ、先頭切って微妙なわけよ」
「そうだね、確かにいつ消されても文句は言えないねえ」
「だろ、そんな時にだよ。あいつが大ポカやってくれたんだよ。生かしちゃおけねえだろ」
「うっおえっおえっ、その査察に来た上の神が憑りついた奴って、新聞記者か探偵みたいな人ですかね」
「げろ皿抱えてテメエが発言すんじゃねえよ。今から殺してやるぞ」
「まだ具合悪いのかね、玉子酒作ってやるから。ちっょと待ってて」
「うおっえっ、好きでこんなんなったんじゃないですよ」
「下戸が飲んだんだからテメエの好きでこうなったんだろうが」
「憑りついたこいつが下戸なだけで、私は呑みたいんです」
「だから、それがテメエの我がままだって言ってんだよ」
「ホイ、玉子酒できたよ」
「それよりも、うっおっえっ、その上級神ね、ちょっと厄介ですよ」
「厄介なのはテメエだよ!」
「いえっうっ、メンドクサイ奴なんですよー。二十年前の事をね、憑りついた人間と一緒になって調べてるんですよ」
「干されキンタマがー、何でそんな事まで知ってんだよ。でまかせ吹いてんじゃねえぞ」
「聞いたんですよ、祭の時に。酔っ払って村の連中が話してるのを」
「何を話してたってんだよ」
「二十年前の玄武池の写真、うえっ、見せながら、火事の事とか祭の事とか、聞き歩いてる二人組がいるって」
「おお、それだよ。片一方は人間なんだがよ、もう一方には上の神が憑りついてるんじゃねえかって、便所神やら鼻神やらハニ神なんかがよ。今朝教えてくれたんだよ」
「随分とメンドクサイ奴が来たねえ。玉子酒、冷めちゃうよ。僕等がやっちゃった事は今更どうにもならないねー。とりあえずその変な二人は、上級神と一緒に消しちゃったら」
「おめえ、根性までしっかり疫病神だな。そんな事して、ばれねえと思ってんのかよ。せっかく神になれたんだぜ、資格剥奪されんのだけは勘弁してもらいてえよな」
「うっ、ずぼっ、げっ。ほっといたって、うっ、僕達、うっ、上に消されますよね」
「テメエが俺に言える立場かよ。玉子酒呑んで死んでろよ」
「嫌ですよ、さっきまで死んでたんだから、うえっ」
「だったら黙ってそこの猫とじゃれてろよ」
「へいへい、いやでちゅねー、うっ、貧乏人のひがみは」
「てめえが貧困層だろ、俺は御宝ごっそり持ってるよ」
「全部盗んだ物なんだニャー。うえっ」
「それが俺の仕事だよ。テメエが仕事しねえからこうなっちまったんだろ。いいから猫と遊んでいてくれよ。話しがややこしくなるからよ」
「はいはいだニャン」
「ニャンじゃねえよ。で、どうすんだよ疫病」
「だから、殺っちゃいますよ」
「殺るってな、人間殺るのと訳がちがうんだぜ。相手は上級神だよ」
「殺った事がないみたいな言い方ですね」
「殺った事って………おめえ。あん時はよ、仕方ねえだろ。殺らなきゃこっちが消されちまったんだからよー」
「今だって同じじゃないのかな」
「そりゃそうだけど、人間まで一緒に消すんだろ」
「死神ー。君さ、何人分の未殺ファイル抱えてんの」
「んー、数えてないです~」
「二人大丈夫かな」
「はい。余裕っす~」
「ねっ、貧ちゃん。死んじゃう人間なんてのは、頭数さえ揃ってれば上には分からないのよ。ノルマも達成できるんじゃないのかな」
「いや、人間はそれでもいいとしてよ。神どうすんだよ。上だよ、ずーーと上の方の奴だよ」
「泥棒なんだから、あんたが肩書盗んじまえばいいのさ。念願の上級神になれるじゃないか」
「ちちちちょっと待てい、俺に奴の経歴盗めってか、入れ替われってか」
「その後で僕等を上に引き上げてくれれば、協力しますよ。上級神退治」
「協力って、御前等。俺が主犯みたいな事になってないかい、その計画よ」
「ニャゴ。そうなんです。貧乏さん」
「神つけろよ、神をつけろってよ。まんま貧乏じゃねえっつってんだろ、死神がー!」
「人聞き悪いから、死神ってのいい加減ヤメテください」
「死神を死神って言ってんだよ、神つけてやってるんだ、有難く思え。クソッタレ」
「しーちゃんとか、しーくんとかでもいいんだけどなー」
「黙れトウヘンボク」
「それじゃ、具体的な計画建てようかね」
「はーーい」
「はーーいじゃねえよ。てめえらだけでやれよ」
「貧さん、そんな我がまま言わないで、君がいないと上級神の力盗めないからさ、頼むよ。上手くいったら朱色のシーグラス三個、あげるから」
「本当か疫病、随分と探してたみてえだが、これまで百年やって一個も見つけてねえって話しだったじゃねえか、持ってるのかよ」
「うっ、それなら本当にありますよ、治療しながら見せてもらいましたから」
「テメエに聞いてねえよ。スットコドッコイ」
「見ますうー。ほら」
「うおっ、すげえ。百はあるだろ、どこで手に入れた」
「んー、貧さんになら教えてもいいですけど、引き受けてくれますよね。上級神の能力泥棒」
「おう、任せとけよ。始神の能力だって盗ってきてやるぜ」
「契約成立だがニャン」
「だからー、黙ってろって」
「実はね、そこの猫がくわえて来たんだよ。朱色のシーグラスがごっそり入った袋を」
「うっそー! その子汚ねえ猫が、これを持ってきた? おい、その猫俺によこせ。死神にゃもったいねえ」
「お似合いだね。そいつは泥棒猫でね、ここにもちょくちょくきてたんだよ。ヤブ医者が気に入っちゃってね、今じゃ診療所の主だよ」
「ヤブ医者ってえばよ、大丈夫かいその体。憑りついててもいいけどよ、随分と具合が悪そうじゃねえか」
「そうなんだけどね、いるんだよ。こいつにはもう一つ憑りついてるのがさ」
「えーっ、疫病の他にもとりついてるのがいるのかよ。だったら尚更止めといた方がいいんじゃねえの」
「それが出来たらとっくにやってるよ。捕まっちまったんだよ。訳の解らない変な力にね」
「ほー、あんたを引き留めておけるたあ、相当な強者だね。いるのかよそこに」
「ああ、いるよ。見えないけどね」
「うっげっ、前から気になってたんですけど、やはりその人ヤブ医者に憑りついた変態だったんですか」
「ですかって。君、見えてたの?」
「はい、ヤブ医者始めて見た時から」
「早く言ってよ。捕まっちゃったじゃないか」
「いや、知ってると思ってました、何かいつもニコニコしてるし、その人」
「で、何者なのこいつ」
「始神かそれ以上の神みたいなんですけど、そんな人は今まで会った事ないから、よくわかんないですね」
「おーおーおー、御前等の会話、俺んとこまで意味付いて来てねえけど、何よそれ」
「貧さんに言っても解んないですよ、発想まで貧しいんだから」
「テメエ、本当に殺すぞ」
「さっきまで死んでました」
「玉子酒冷めちゃったね。僕がもらうよ」
A2乗
「ようようよう、困った事になっちゃったよ。おーい疫病いるかーい」
「毎度ゝ朝から五月蠅い御人だねえ、なれない書き物をしているんだから静かにしておくれよ」
「つまらねえ能書き書いてる場合じゃねえから騒いでるんだよ、慌てて聞いてくれ。疫病が前から言ってた、ここいら辺りの知られたくねえ話がボロボロ出て来る危ねえ手記ってのなっ、二十年前の事件に探り入れてる二人が手に入れちまったらしいでえよう。水くれよ」
「慌てることないだろ、手記ならヤブ医者がもらい受けてここにあるよ、どこだったか本の山ん中に埋まってるからすぐには出ないけど、確かにあったよ」
「どういった成行でかまでは分からねえんだがよ、コピーとってた奴がいたんだよ。手記を見ながら玄武ってえ家はどんなんだい、朱雀の家系はどうなってんだいってな具合に聞いて回ってるってよう、便所神と鼻神んとこにも来たってよう」
「その人達なら昨日消防署にも来ましたよ。はい、水」
「なんだよ死神、いたのかよ。ここにいるとこ見るとてめえまた呑みやがったな。どうせさっきまで死んでたんだろ」
「失礼ですねー、僕だってちゃんと仕事してますよ。ここに来る度死んでるわけじゃないんです。呑んで死んだのは今年二回だけですー。他は全部貧乏さんが殺ったんですよねー」
「おー! 大上段に出てきたね、ここ十年ばかりてめえが仕事したのを見たことがねえや、えっ! どんな仕事したってんだよ、見せてもらおうじゃねえかよう」
「十年なんて大げさだなあ、一ヵ月死人が出てないだけじゃないですか。見て下さいよ手術台の上、さっき救急でここへ運んで来た仏さんですよ。今日は御祝いだから、僕半ドンにしてもらって、車帰しちゃいましたけどね」
「どれどれ、本当に死んでるなら祝い事だろうがよ、絶対確実にしっかり間違いなく死んでるのかよ。てめえのこった、生き返っちまうんじゃねえのか……おや、死んでるね。息してないよ、御脈がないよ。太ももあたりなんざ、いい塩梅に焼き上がってるじゃないかよっ、焼き殺したのか?」
「火事に巻き込まれて死にかけてたんですけど、救急車の中でしっかりトドメさしましたよ。なんていうのかな、久しぶりのホームランていうか、充実した一日だなって、達成感ていうんですよねこういうの」
「そうそう、その感覚忘れちゃいけねえよ。おめえはよ、やればできる死神なんだから。こうやってなっ、もっと殺して来いよ、バッと派手によ。そうしてくれりゃ俺も余計な心配しなくてすむんだからよ」
「手記の話だったんじゃないのかい」
「おお、そうだったよ、どうも死神見ると説教してやりたくなっていけねえよ。それでな、そいつ等は丸々手記の中身を信じてるって風でもねえんだよ。納得の行くとこだけ継接ぎして辻褄を合わせようって算段だ。人間がまともに考えたんじゃあ、一生かかってもラチ開かねえがよ、上の神が憑りついてるのが厄介だよな」
「ですよね、あの人達、間違ってもこの地域の事とか、二十年前の大虐殺の事とかって解明出来ないと思います」
「どうして言いきれるんだい。貧乏だって私だって、万が一ばれたら最初に消されるのが御前さんだと思って心配してあげてるんだよ。上の神が憑りついてるって言ってるだろうに、酒が効いてきたかね」
「なんだよ、やっぱり呑んでたんじゃねえかよ。俺にも呑ませろよ。水なんてケチ臭えこと言ってねえでよ。ほらほら、よこしなよその酒。下戸が酒呑むなって、何度言わせんだよ死にぞこない」
「僕だって成績がダントツのビリだから、どっち転がっても最初に消されるくらいは分かってましたよ。だから昨日、消防署に昔のこと調べている奴が来た時、そいつに憑りついた神に教えてやったんですよ。二十年前の御籠堂の大火は人間がやった事で、上級神を消したのは疫病さんと一緒にいる正体不明の変な奴と同じような奴だったって、そうしたら納得してましたよ。それ教えてやったら僕の成績A2乗にしてくれましたよ。だから僕は大丈夫。今世紀一番危ないのは、今のところ貧乏さんですよ。盗んだ御金、貧乏所帯にばらまいてるのバレてましたよ『あいつは相変わらずの御人好しだな』って笑ってたけど」
「あぁっ、相変わらずって俺のこと知ってたの、上級神が? おっと、それどころじゃねえ話になってねえか、オメエ本当に見たのかよ変な奴ってのを、あの時はそんな奴いなかったろう。上級神に妙な話吹き込んで、ややこしくしてんじゃねえぞトウヘンボク!」
「そうだよ、私もそんなの見なかったよ。嘘がばれたら御前さんが最初に消されるよ。それでなくても第一候補なんだから……だったのか。今は貧乏神がトップ独走状態だったねエ。面白くなってきたね、消されちまう前にかっぱらってきた御宝全部、私にあずけときな。あんたの意志をついで、貧乏人の為に使ってあげるから」
「勘弁してくんなよ。疫病にそれ言われると本当にそうなりそうでたまんねえやな」
「貧乏さんにも疫病さんにも、見えていなかっただけですよ。いましたよあの時。疫病さんを引き留めているその変な奴と違って、超危ない感じの奴が。だってそうじゃないですか。僕達だけで上級神殺せます? あの時の変な奴強かったですよ。僕達の攻撃なんか上級神には効いてなかったし」
「おい、死神、テメエそんな大事なことを何で二十年も黙っていたんだよ、聞かれなかったからなんて言うんじゃねえだろうな」
「えっ、大事な話だったんですか?」
「疫病ー、どうするコイツ。殺しちゃっていいかい。なんか無性に腹たつんだけど」
「いいけど、ここじゃ殺らないでね、診療所汚れちゃうから。今年に入って五回は殺してるよ。死神殺す度汚したのは猫だって事にしてるけど、最近じゃ濡れ衣着せられてる猫が可哀想になって来たよ」
貧乏神と死神が、診療所に居候している美女軍団を目当てにやって来た。
しかし、残念な事に彼女だか彼氏達は、夜が開けると同時に銚子にある港屋温泉に向って出立したばかりである。
何が面白くなったのかここ数日、近所に住んでいる連中が挙って港屋に行くと言って出て行った。
「よう、俺達も一緒に行くのかい、何か不安だなー」
「良いじゃないか、このままいたって上の神に消されるのが落ちさ、だったら思い切って出て行くのも策ってものじゃないかい」
「僕は良いんですけどね、A2乗ですから。貧乏さんの事を心配して言ってあげてるんですよ。素直に受け入れた方が良いと思いますよ」
「偉そうに言ってくれるじゃねえかよ。上まで一緒に付いて来たら、それこそ逃げ場が無くなっちまうぜ」
「それなら大丈夫だよ、確認してあるから。この体は何かと情報を得るのに役立つね。私達クラス以上の神は数も少ないし、一緒に出たからって役に立たないから残った方が良いって結論だよ。心配する事ないから決心しなよ」
「そうですよー、貧乏さんがいないと寂しいですから」
「だからー、神つけろよ。貧乏じゃねえって言ってるだろ。神つけろって、神つけたって罰あたらねえよ」
「まあ、時間もある事だし、温泉にでも浸かってじっくり考えるんだね」
「温泉かー。良いけどよ、掛かりは誰が持つんだよ」
「当然、貧乏神様ですよね。この場合」
「また俺かよ」
「貧乏じゃないんだろう。この中で一番の金持ちは貧乏神だからねえ」
「御前等だって知ってるだろ、あの温泉がおっ外れで、そこから先が無いのを想像してみなよ。狭っ苦しいばかりじゃねえか」
「狭いかどうかは、行って見なけりゃ分からないだろ。兎に角行こうよ。今回は私がおごるからさー」
「また随分と気前の良い話しになってるじゃねえか。温泉に連れて行ってやったんだから残れったって、そう簡単に気は変わらねえよ」
「良いから、これから行こうよ」
どうやら、皆して港屋に行くらしい。
適当な理由をこじつけて温泉に行きたいだけとしか思えないが、港屋がおっ外れでその先が無いとかかんとかは、チンプンカンプンの話になっている。
貧乏神以外は、今回の企みの内容を知っているものの、どんな対応をすれば良いのか困っている様子だ。
知っているのに知らないふりの、妙な時間を車で過ごして宿に着く。
「いよいよ着いたね」貧乏神が言う。
「久蔵ならしょっちゅう来ているけど、貧さんは始めてって事になるのかね」疫病神が聞く。
「言われて見りゃそうかも知れねえ。久蔵は人間じゃねえから、記憶の遣り取りができる分、始めてって気はしねえけどな」
「それって混乱しませんか? 僕なんか二日酔いが酷いと、たまに記憶が混じって、すごく混乱する時がありますよ」
「相南は人間だからねー、神とは相いれない所があるんじゃないのかい」
疫病神が、医者らしく死神の症状を分析する。
宿の宴会場では、とっくに出来上がった連中が、裸踊りではしゃいでいる。
先に来た者は、既に到着してから随分と時間が経っていると見える酔い方だ。
三柱神の日常 完結 2×××年・宇宙への旅立ち……なんちやって
三柱の神が、宿のロビーからエスカレーターを降り、海底の隧道を進む。
行き着くと、いつもと様子が違う。
トンネルの先は海底で、バリアーが有る御かげで海水は入って来ないものの、こちらの灯りに烏賊が集まってバリアー壁にへばりついている。
「行き止まりだ。ここからどこへ行こうってんだよ。海の真ん中から地底探検でもやろうってんじゃねえだろ。いくらおっ外れをホッくり返したって、その先はねえんだよ」
「まあ、ついておいでなさいよ」
疫病神が、偉そうに語る。
自信が無いのか有るのか、本当の事を知っているのか知らないのか、疫病神が、壁になっている海水に手を突っ込んでチャプチャプとやる。
バリアーが張られているから手など出せないのが本当なのに、突っ込んで戻してきた手は濡れていないばかりか木の葉を一枚握っている。
「つまんねえ手品やってんじゃねえよ。そんな事なら人間だってやってるじゃねえか。ほら、壁からハンバーガー出すやつよ。裏に棚かなんかあるんだろ。どれ、俺にもやらせてみろ」
貧乏神が、海に超特急の勢いで手を突っ込むと、バリアーに阻まれ、バキッと過激な音をたてて突き指をした。
突き指だけで済んでいれば良いが、ひょっとしたら骨が砕けているかもしれない。
久蔵なら、これくらいは蚊に刺された程でもなかろう筈だが、やはり痛いものは痛いと正直だ。
「いってー! どうなってんだよ」
「とりあえず、こいつを食ってみなよ」
疫病神が、いつ仕込んだのか、白衣のポケットから肉の燻製を差し出す。
「なんだよ変な物出しやがって。まともな食い物なんだろうな」
「まともかどうか、私には何とも言えないねー。この世には無い物だから、まともとは言えないかねー」
「何なんだよ、こいつは」
「不死鳥の燻製って聞いたけど、本当の事は分からないのさあー」
「これを食ったら不死身になれるって、あれかよ」
久蔵も貧乏神も、知識と性格が似通っているので、今はどちらなのか分からなくなってきている。
「それは人魚じゃボゲ!」
「だったら何に効くんだ、説明しろよ」
「いいから、閑念して食っちまいなよ。ほーら」
疫病神が手を使って、貧乏神の口の中に無理矢理、不死鳥の燻製を押し込む。
そのまま壁になっている海に放り込んだら、貧乏神が消えた。
ちょいとすると、海壁からニョキッと貧乏神の手が出て来て手招きをする。
「久蔵の婆から話だけは聞いていたが、ここまでやってくれるとは、驚いたね」
貧乏神がしきりに感激している。
どれだけ冷めた家族関係なのか、いくら憑りついた貧乏神でも、婆とは数百年来の付き合いだ。
久蔵まで、今まで一度もこの世界に来た事が無いとは、その事実の方が驚きに値する。
「君達には、家族と言う概念がないのかねー」
疫病神も不思議がっている。
「久蔵には少しばっかり自覚があるみてえだがな、俺にはあかの他人だー、まったくねえよ。家族なんてのは余計に骨が折れるだけで、鬱陶しいばかりじゃねえか」
人が抱く家族愛などとは、根っから無縁なのだろう。
文明科学がいかに進もうとも、久蔵に対して他人の為に働けと言う方が間違っている。
それはそれで納得のいく所だが、何故かこいつは他の貧乏神と違って義賊の真似事を趣味としている。
口では強がりを吐き回っているが、いつも疫病神や死神の居所を探してはつるんでいるとなると、三柱の中では一番孤独に耐えられない性格である。
死神と疫病神が、これから先どこへ行こうとしているのかは分からないが、強がって寂しい思いをしないよう、無理矢理誘っている風に感じられる。
トンネルから先の世界で、ぐるっと辺りを見回せば、白い砂の海岸にはヤシの木が、でかい実を来客めがけてボッタンボッタン落としている。
その隣で南国パラダイスが如く、スタイルの良い綺麗な御姉ちゃんが、訪れた客に片っ端からレイをかけている。
おまけに、ほっぺにチューまで。
無条件に、歓迎されていると解釈できる絵面だ。
どこまでも透き通り深海魚が見える海は、一歩間違ったら惨劇の場に変貌するだろう。
浅瀬を歩いて行ける程の近く、点在する小島にはロッジが建てられていて、銚子の海底から瞬時で移動してきた所とは思えない。
見かけだけなら理想郷だ。
こんな世界まで作って、これからどんな計画があるのか、貧乏神が二柱の神に、しつこく迫って聞き出した。
つまりは、千葉をそっくり宇宙船に仕立て上げ、この異世界もろとも宇宙旅行に飛び出すといった企みであるが、そこは単に物見遊山の旅でない事は仕込み済みである。
地球に害を及ぼすであろう異星人との、平和的かもしくは破壊的な面談の為である。
出かけたら最後、決着がつくまで地球には帰ってこられないと言うものであった。
「馬鹿野郎! いっくらこの別世界が極楽みたいな所でもだ、目指すのが戦の真っただ中になるかもしれねえってんじゃ、はいそうですかと乗っかる気にはなれねえよな」
「だから、さっきも言いましたよね。こちらの方が圧倒的に数も武力も上で、負けようがないんです。たぶん話し合いで解決するんです」
死神が、貧乏神に酒を勧め乍ら、何度も安全な旅だと念を押す。
「そうだよー、いざとなったら、しらばっくれてれば良いのさー、何も無理して戦う必要もないだろ。圧倒的優位なんだからさ、こっちは」
疫病神の言い分で、少しばかり納得する風の貧乏神。
「だったらよ、ずっとこの世界にいて、現実的な千葉宇宙船の世界に帰らなくても問題なしって事で良いのかよ」
「そうですよ、良い所に気付きましたね。僕もずっとここで生活するつもりですから、一緒に面白可笑しくやりましょうよ」
「上の神もいない事だしさ、ノルマもないし仕事の事なんか忘れて、しばらくのんびりしようよ」
「そうだなー、神になってから休みなしで働きづめだったものなー、ここで長期休暇とったって、罰はあたらねえわな。よし、納得だ。俺も宇宙に行くぜ」
疫病神がダメ押しをして、すっかり納得する貧乏神である。
宇宙に旅立ったと言っても、三柱はトンネル先の絵画列島と命名された異次元世界に入り浸りとなる。
絵に描いた様な宇宙空間はこの際、微塵も感じ取れない風景になっている。
「ねえー、宇宙旅行に行きましょうよー。せっかく遠くまで飛んできたのに、まだ一度も現実世界に行ってないじゃないですか。これじゃ地球にいた時とたいして変わりませんよ」
「温泉には浸かりたい放題だし上手い飯があって、気候は温暖で変化なし。飲みきれねえほど酒があって、余計な仕事はなくなった。こんな良い所ねえだろ。俺は真っ暗で星しか見えねえ空なんかには興味がないの。行かないよ。行きたきゃ一人で勝手に行けば」
「なんだねー、二人してつまらない事でもめて。貧さんだって、そのうちに宇宙旅行に行きたくなるだろうさ。それまでは、他の人達と行っといでな。今日はあの人、明日はこの人を殺さなきゃってのがなくなったんだ、付き合うのだって気楽なもんだろう」
「それはそうですけどー、なんだか寂しいじゃないですかー」
「グダグダ言ってねえで、一度様子見をしてこいってんだよ。面白そうだったら、次から一緒してやっても良いって言ってるだろう」
「えー、なんだかんだって難癖付けて、本当は宇宙に出るのが怖いんじゃないですか? 貧乏さんは口に似合わず臆病なところがあるから」
「それを言うなら、物事に慎重だってんだよ。てめえはよ、ちよっと珍しい事があったら、ろくすっぼ調べもしねえですぐに乗っかっちまう。そんなに御軽くやってばかりいたら、いくつ命があってもたりねえんだよ」
「そうだねー、死神は少し自重した方が良いかもねー。この前だって、エロ狼姉ちゃんが仕込んだジャングルツアーに参加して、遭難した上に蛇に丸呑みされたよねー。探すのに苦労したんだから、もう少しで溶けちゃうところだったじゃないか」
「あれは油断していたからー。宇宙旅行は現実世界に行って、汽車に乗ってるだけですよー」
「その考えが軽率だってんだよ。脱線したらどうすんだよ」
「宇宙に出たら線路はありませんー。脱線のしようがないんですー」
「線路もねえのに、どうやったら汽車が走れるんだよ。なあ疫病、このトンチキに汽車ってのがどうやって走ってるか説明してやれよ」
「それより先に、宇宙旅行の汽車がどうやって飛んでるかを、貧さんに説明する必要がありそうだねー」
「だめですよ。貧乏さんは、明治時代から科学知識の更新を止めてますから。光子ロケットの推進理論を説明しても、絶対に理解できませんよ」
「それもそうだねー」
「おい! てめえら、人が真面目に聞いてる側から、宇宙語で会話すんじゃねえよ。腹立つなー」
――― 完 ―――
三柱神の日常 葱と落花生 @azenokouji-dengaku
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