針地蔵の脳みそ

水鳴諒

針地蔵の脳みそ



 俺は針地蔵だ。

 針地蔵……と、呼ばれていて、正式名称は異なる。

 辺鄙な村の片隅に、ぽつんと立っている俺だが、密かに全国から人がやってくる。世界中だ。俺の仕事は、頭部に細い針を刺される事。縫い針だ。すると一番困っている悩みが消えると囁かれているそうだが、そんなのはただの出任せである。


 地蔵は石で出来ていると皆が思っているようだし、こんな田舎の俺の内部を確認する科学者はいないので証明しようも無いが、実は中身は生身の人間だ。いいや、人間が密閉された石の中で生きられるはずもないので、俺は人間の肉体に近しいものを持っている存在とするのが正しいのだろう。あるいは多くの地蔵が、俺と同じ状態なのかも知れない。


 ――ブスリ。


 また一本突き刺された。笑顔の観光客が二人、俺を見て笑顔を浮かべている。ダークブロンドの巻き毛をしている女性とサングラスの男性で、海外からの観光客だと分かる。


 ――ブスリ。


 二人は俺には分からない言語で会話をし、写真を撮影して帰っていった。

 さぞSNS映えする事だろう。

 外国語は分からないのに、この国の言葉は、流行語まで俺は理解できる。


 理由は、多分針だ。

 針は、俺の下方、坂道の先の雑貨店で買う決まりらしい。そして俺には、その針を俺に突き刺した人間の思考が、針を突き刺される度に入ってくる。脳を刺すその感覚は、俺に痛みではなく、どちらかといえば怖気を与える。脳の表面を直接触られるような感覚、刺さり進んでくる感覚にいつも背が冷えるのだが、不思議と痛みは無い。そうして針の動きが止まると、俺の中で針の空間分のナニカが失われ、代わりにこの国に関する思考が入り込んでくる。今の二名であれば、『次は城を見に行こう』『五時間も先にあるみたいよ』という思考が、俺がいる国の言葉で俺の中へと流れ込んできた。


 針を刺される度に、俺の一部は欠け、俺は俺では無くなっていく。

 だが、他の誰かになるわけでは無い。

 俺の中は、数え切れないほど多数の人の一部、欠片、そういった少しずつで満たされていく。俺は、個から全に代わる。これはもしかすると、マクロコスモスからミクロコスモスへの変化なのかも知れず、それは仏教の中にもあるので、地蔵の俺は、やはり地蔵なのかもしれない。


 ああ、また誰かがやってくる。

 俺はある日目を覚ましたら、既に地蔵であったから、明日頭に針を突き刺され、脳を撫でられるような感覚を味わっているのは、やはりまた俺なのだろう。


 そうだ、俺は針地蔵だ。


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