俺、追放されてスローライフを満喫中の第一王子だけど、まさか悪役令嬢と名高い婚約者がついてくるとは思わなかった。山暮らし、出来るのか?

水鳴諒

―― 序章 ――

【序】山暮らしは、いい。

 山暮らしは、いい。

 実にいい。

 ――なんて平和なんだろう。


「はぁ、空気も美味いし。今日は最高にいい天気だし」


 俺は流れる雲を見ながら、まったりと呟いた。

 日の光が雲の輪郭を際立たせている。

 周囲の風景は、見渡すかぎり山だ。俺は現在、イグナーツ王国の最北端にある山にいる。

 このルシェル山は、霧の森を挟んで魔王国との境界といえる位置にあるので、ほとんど人もいない。


 何故そんな場所に、俺がいるのか。

 これでも俺は、イグナーツ王国の第一王子であるロイ・ラ・イグナーツだ。

 いいや、それは過去の話か。

 既に俺の身分は剥奪されているだろう。


『兄上を処刑する!』


 これは、実の弟である第二王子の言葉だった。だが、処刑を免れた現在、俺はひっそりとルシェル山で暮らし始めたというわけだ。少し山を下ると、集落があるので、そこで俺は、自分では作れない生活に必要な品を購入したりしている。村人達は、俺が第一王子――……だった、という事は知らないから、皆『ロイ』と気さくに呼んでくれる。これも俺には心地が良い。王都であれば、第一王子である俺は、過度に傅かれる事も多かった。


「さて、今日は枝豆を収穫するか」


 季節は、夏。

 現在俺は、ルシェル山の中腹に住まう、追放された俺を監視という名目で、実際には見守り保護してくれた、アルマ爺さんの畑を手伝っている。カゴを持って歩いて行くと、先に畑に向かっていた、俺の護衛騎士であるリュークが土をまじまじと見ていた。


 リュークは、何があっても俺に付き従うとして、王宮から俺についてきた。

 俺は職務に忠実なだけでなく、その忠誠心にも心を打たれたが……もっと大変な存在までついてくるとは、予想もしていなかった。リュークの横で、キョロキョロしている金髪の侯爵令嬢の姿を視界に捉え、俺は思わず目を据わらせた。


 メアリベル・スティルフィード。彼女はスティルフィード侯爵家のご令嬢であり、俺の許婚……だった。多分。


 追放された時に、俺は婚約破棄されただろうと思っていたのだが、彼女は今、このルシェル山にいる。


 ――俺の、婚約者として。


『許婚なのですから、共に山で暮らすのは当然のことです』


 俺は、昨日訪れてこう言い放ったメアリベルの姿を、まだ受け入れられないでいた。

 信じられない。

 だって、侯爵令嬢だぞ……? 貴族中の貴族、淑女中の淑女だ。それが、畑仕事?

 畑仕事を下に見るわけでは無いし、俺は好きだし、大切だと思っているが、貴族は自ら畑を耕したりはしない。


「まぁ、ロイ様」


 するとメアリベルが俺の視線に気づいた様子で、声をかけてきた。

 ソプラノの声は、耳触りがよいが、感情は見えない。

 表情も多くの場合は無表情で、彼女は昔から、氷のようだと囁かれていたし、俺もそう思う。


 その時、リュークもこちらを見た。そして唇の両端を持ち上げる。


「メアリベル様に、丁度ロイ様のお話をしていたところです」

「一体俺の何を?」


 歩みよりながら、俺は二人を交互に見た。


「ここへと至るまでの出来事などです」


 微笑したリュークの精悍な顔立ちを見て、俺は小さく頷いた。

 ――確かに、それは話が尽きないかもしれない。

 追放されるまで、そして追放されてからも、様々な事があった。


 俺はそれらの日々を、何気なく思い浮かべて、振り返る。

 今となっては、懐かしい記憶だ。




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