深海に沈んだ魔法少女はクラーケンに魅入られる

チャーハン

第一章 少女が出会った怪物

第1話 真実を知り、海に落ちる

 一人の少女が、大人たちに交じって港で働いていた。

 さらさらした橙髪を肩まで伸ばした少女だ。

 

「おいしょ、おいしょ……! ふう……っ!」


 少女はバケツに入った貝が零れないように注意を払っていた。周りの大人たちが、彼女より早く動いていても仕事の速さは決して崩さない。自身が行える最善を尽くす意識を彼女は持っていた。


「とどけましたぁっ……!」

「リリーシアちゃん、お疲れ様! お仕事手伝ってくれてありがとうね!」

「ありがとうございます!!」


 リリーシアがお礼を口にした直後だった。

 目の前の女性が立ち上がり敬礼する。


「アルバート船長! お疲れ様です!」

「ははは。そんなかしこまらなくていいよ、フォレス」

「そうですね、船長!」


 リリーシアが体を百八十度回転させ、視認する。

 声の主は、アルバート・アルスリスという屈強な男だ。


「どうだい、うちの娘はちゃんと仕事をこなせているかい?」

「それはもう! 真面目どころか超まじめですよ!!!」

「えへへぇ~~それほどでもぉ~~」


 リリーシアが嬉しそうに後頭部を擦っていると、父親が声をかけた。


「シア。そろそろ帰ろうか」

「うん! かえる!!」


 リリーシアはにこやかにほほ笑む父の手を取った。分厚い手の温もりを感じながら彼女は嬉しそうに頭を下げた。


「きょうはありがとうございました! またおねがいします!」

「ふふっ、こちらこそよろしくね!!」


 リリーシアは船員たちに手を振ってからその場を後にする。賑わいを見せる町道を歩いていると、噴水広場に立っている女性に気が付く。


「エオルカさん、ただいま」

「おかあさん、ただいま――!」


 リリーシアたちの声を聴いた女性は白い歯をこぼした。

 

「ふふっ、二人とも元気が良いわね。さ、帰りましょうか」


 エオルカは優しく微笑みながら手を差し出した。

 リリーシアはその手を素早く握った。

 父と母の真ん中に立った少女はステップしながら家へ帰っていく。


「とりあえず、シアはお風呂済ませてね。ご飯できたら呼ぶから」

「わかった!」


 リリーシアは風呂場へ向かいシャワーを浴びる。体についた汚れをきれいに洗い流した後、もこもこした素材でできた部屋着をまとい自室へ戻る。


 部屋につくや否や、彼女は海洋生物や魔法科学に関する本が置かれた棚から本を複数冊引き抜き読み始めた。彼女は活字に目を通しながらページを捲り続ける。

 静かな時間に包まれていると、あっという間に夜となった。


「もうこんなじかんかぁ。そろそろおかあさんよぶかも」


 リリーシアは本を丁寧に片してから部屋の外に出る。


「そういえば……わたしって、まほうつかえるのかなぁ?」


 ふと、リリーシアはぽつりと悩みを口にした。

 彼女の悩み、それは魔法が使えないことである。


 魔術と科学が組み合わさったこの世界、「魔科学世界」では様々な技術が魔法と共に活用され始めている。魔法が使えれば使えるほど、生きるには有利だ。そして――彼女が目指す夢にも、魔法は必須だ。


「いつかつかえるようになりたいなぁ……」


 リリーシアがそんな思いを巡らせながら階段をおりていた時だった。


 両親の口論する声が聞こえてきた。ほとんどケンカしない両親の声を聞いたリリーシアが物陰に隠れていると、会話内容が聞こえてくる。


「あの子に、いつ真実を話す気だ? 魔法は使えないんだろう?」

「……そんなことは分かっているわ。魔力は生まれたときにしかつかない以上、絶対に魔法使いになれないことも……でも、それってあんまりじゃない!」

「だからこそだよ。成長期の時に現実を教えれば、被害は収まるはずだ」

「でも……!! だからってあきらめる理由には……っ……」

「どうしたエオルカ……っ……」


 自分たちの会話が愛娘に聞かれていたことを、両親は気が付いた。


「リリーシア!?」

「……っ、くそ」


 ふだん陽気な父と優しい母が見せる悲壮感漂わせる表情が、現実を突きつける。


 誕生日に隠されていた秘密を知った少女は――逃げ出した。

 後ろでは両親が大声で名前を呼び、裸足で追ってきている。


 それでも、少女は止まらなかった。

 彼女にとって、魔法は全てだったから。


 それを失ったことは――何よりもつらかったのだ。



「……さむいなぁ」


 少女は寒風が吹く夕闇の海音を聞きながら、体育座りしていた。

 真っ黒に染まる海は観光で賑わう町の雰囲気と異なり恐怖心を与える。


「……ふかいなぁ、ここ」


 少女は虚ろな眼で海を眺める。深淵が広がる水はゆらゆらと揺らめている。少し指を入れると、ひんやりした冷たさが伝わってくる。


「……かえって、おとうさんとおかあさんにあやまろ」


 体が冷えてきた彼女はゆっくりと背を向けた。その時だ。彼女の胴体をぬめりを持った物体が掴み取ったのである。


 自らの状態をリリーシアが気が付いた時、体は水中に落ちていた。

 海中を見上げる形で沈んでいく少女は、必死に四肢を動かす。


 ――たすけてっ、だれかっ、たすけてぇ!!


 ごぼごぼと口から泡を漏らしながら、少女は必死に願う。


 しかし、助けは来なかった。


 少女は死の恐怖を感じながら――意識を闇夜に落とした。

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