第17話 ノートに腑分け、の話

 ファミリーの入院が終わりそうかもしれない。

 増えていた細菌の抑え込みの目途が立ちそうだという。

 本当によかった。

 一時は、某・国の機関(※すっごくボヤかした言い方)とのやり取りを介して治療を進めたいのを、あんまり増殖が急すぎて数値がトンデモないことになっていたらしく、「アカン、薬変えます!!」と病院の方もバタバタだったそうだ。(※ファミリーからの伝聞の超訳。

 とはいえ、また一山乗り越えたようで、お家待機組としても『本当におつかれさまです』という安堵の気持ちである。

 病院のスタッフ皆さんにも、重ね重ね感謝したい。


 病気が発覚して数年。

 光陰矢の如しとはまさに、である。







 最近、自分が『ひっかかり』を覚えると感じた事例に行き会うたび、専用のノートにその内容を書きとめるようになった。

 といっても、仰々しい事は書いていない。

 例えば、「話し合っても解り合えないなら、その場で縁を切った方がいい」という考え方。この発想を実際に行動にした場合、発生し得る問題の想定。この縁を切る、という行為が思考停止で終わらないための発展的思考。どのような背景を持つ人間が、どのような欲求によってこのような発言に至るのかという分析。この発言によって予測し得る、言われた側の心理の変遷。無意識下の感情、欲求。

 こういったことを、自分のできる範囲でつらつらと整えようとしている。

 私はどうしても物事を理解することが下手くそなので、こういった補い方が必要かもしれないと思った故………

 とはいえ、大したことは書いてない。

 本当に、一個人の、なんてことはない、走り書きだ。


 …………チョット恥ずかしくなったから、強調しておこうと思う。





 しかし、悪い手ではないんだと、やってみて思う。

 むしろ、とてもいい。

 頭の中の思考は結構乱雑で、「考えてる!分かってる!」と思っても、案外曖昧なまま渦を巻いているだけだったりする。

 小説を書こうとして実際書いてみると、考えてたはずなのに全然上手く出力できない……というやつと同じだ。

 頭の中に在るだけでは、形骸が無いのも同じである。

 だからノートに『ひっかかり』を丁寧に整理して書きこんでいけば、頭の中のゴチャゴチャしたものも減らせる。

 抑鬱で機能の低下している脳味噌には、とてもいいアシストになるようだ。

 お陰で最近は頭が少し軽い。

 いい調子だぞ!と内心胸をなでおろしている所だ。



 人間は、案外自分自身のことは何一つ分かっていなかったりする。

 私も、私自身のことが、この世の誰よりも分からない。(……と、自分では思っている。

 心の底から迷いなく『この選択が自分にとって最適だ』と思える瞬間というものも、私は経験的に知っている。

 いわゆる直観的なモノの時もあるが、そういう『スムーズ』な感覚がある時の選択は、後ろ髪を引かれるようなことはほぼない。

 仮にその選択で思いもよらぬ事態になったとしても、選択自体を悔やむような気持ちには、私の場合はならない。


 けれど、大半は「あれ?」と違和を感じるような、すんなりと飲み込めないような、不確かな場面が人生には多い。

 私は考え込む性質なので周囲の方々からは口酸っぱく「人を気にするな!自分だけ大切にしなさい!」と忠言をもらう。

 でも、その忠言に従って大半の『ひっかかり』は目を瞑ることができても、時折、どうしても目を離せない『ひっかかり』にも出会ってしまう。


 そのような『ひっかかり』に関しては、心配してくださる方々に心の中で土下座しつつ、ノートにつらつらと自分が感じ取った、考えついた内容を、書き表していく。


 そうやって、私の個人的な『ひっかかり』解剖図鑑が出来上がるのだ、たぶん、きっと。




『縁を切れば、何もかもそこでおしまい』

 物理的には、そうかもしれない。

 しかし、私の心は「自分に何か偽らなかったか?」と海の底のような目で腹の底からこちらを見上げている。


 …………そうだな、『ひっかかり』はあるようだ。

 それを拾って詳らかにするためには、『縁を切る・離れる』という物理的行為だけで何もかもは終わってはくれないな……死んで終わらない限りは。

 私の心の要望は、この『ひっかかり』を雑に捨てるなと鼻を鳴らしている。

 書き顕さなければ、面倒くさがりの愚鈍め!と鼻であしらわれるだろう。





 だから、私は書くのが好きになるように、決まっていたような気もする。


 人一倍愚鈍で、人一倍何一つ分かってはいない。


 そんな生命であったため、書いて、自分を腑分けして、整理して、そうやって生きるように。


 私は書くのが好きになるようにできた生命なのかもしれないと、諦観のように思ったりする。

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