行きそこねた花見と夫の背中

宮川 りく

行きそこねた花見と夫の背中

 今日は夫と一緒に花見に行くはずだった。

 なのに、私は寝起きがすっきりとしなくて気分が乗らなかった。


 夫はいつも昼頃から出掛けるので、私はしぶしぶと九時頃から弁当を作り始めた。


 弁当といっても、卵焼きとタコウインナーに前の日の残り物のコロッケだけとおむすびを三つ。

 簡単なものだから、二人分こしらえても三十分もかからなかった。


「何時に行くの」

 と、訊くと、

「午後一時から」

 と、呑気な返事が返ってくる。


 春だからか前日から体が怠くて仕方がない私は、それまでの時間をじっと潰すのも辛くて、

「そしたらもう一度寝てくる」

 と、部屋に戻って横になった。


 こんな事になるのは珍しいからか、夫は怒らずに

「そうか。しゃあない奴やな」

 などと言いながらも放免してくれた。


 多分、私は春の陽気に負けてしまって「春眠暁を覚えず」の状態になってしまったんだと思う。


 ベッドで横になると、私はそのままぐっすりとまた眠ってしまった。


 それなのに、夢の中でも私は忙しく弁当を作っていて、花身支度に大わらわだった。


「おい!」

 と、夫が呼びかける声で目覚める。

 もう午後一時直前だった。


 私はのろのろと怠い体を引きずって洗面所に行くと、寝起きのぼんやりとした顔でもう一度歯を磨き直す。


 けれども、なんでこんな日にと思うくらい情けないほど体は怠いし、歩くことを考えると辛すぎて、

「今日はやっぱり行きたくない」

 と、口走ってしまった。


 花見なんて、その日を逃せば、その年の満開の桜は見られないのはよくわかっている。

 けれど、今日は花よりもひたすら眠っていたかった。


 いつも夫に誘われると必ず付いていく私がそんなふうに言うのは珍しくて、夫も少し狼狽えていたようだった。


 夫は少し考えてから、

「それやったら一人で桜を見てくるわ。体調悪いんやったら寝とけ」

 と、ぼそりと言いながらリュックに自分の弁当と箸とレジャーシートを入れた。

 そして、気を取り直すかのように、

「自転車で行ってくるから」

 と、ごそごそと準備を始めた。


 自転車で出掛ける夫を門のところまで送ったのだけれど、夫の背中はなんだか少し小さく寂しげに見えた。


「ごめんね。いってらっしゃい」

 胸の奥で罪悪感がちくりちくりと私を刺した。


 これからはこんなことが増えていくのかしらとぼんやりと思いながら、寂しそうな夫の背中を見送った。


 けれど、道の角を曲がって夫の姿が見えなくなると、私はもう罪悪感はそっちのけになっていて、眠りをむさぼるためにのろのろとベッドに向かうと布団に潜り込んで夢の世界に出掛けたのだった。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

行きそこねた花見と夫の背中 宮川 りく @kotoko8739

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ