ああ、純白よ。永遠なれ。
木子 すもも
前編
あなたは優しい。
いつだって優しい。
あたしが今恋をしているって言ったら、あなたはきっと応援してくれる。
それがたとえあなたの〝好きな人〟でも。
あたしのこの想いは、あなたに気付かれちゃ行けない。
もしも、叶うなら――。
ああ、純白よ。
どうかあたしを真っ白に染めて……。
*
あたしの名前は
仲の良い周りの友人たちからは、〝はーちゃん〟と呼ばれて慕われている。
年齢は十四歳。
俗に言う、花も恥じらう乙女なお年頃だ。
少し茶色がかった大きな目は、あたしを猫顔と印象付けている。
チャームポイントは烏の濡れ羽色の長い髪だ。
長さで言ったら、ちょうど背中の真ん中まで。その長い髪を前方に置いて束ねている。
差し当たって、あたしの特徴はそんなところだ。
ここで突然だが、あたしは今恋をしている。
意中の相手は一学年上の先輩女子で、ひょんなことから好きになった笑い顔がとても可愛い人だ。
が、それは今、あたしにとって思いがけない大問題となっている。
何故なら――、
「はーちゃん、おはよう!」
横から声を掛けられ、あたしは声の主に振り向く。
「おはよう、さーちゃん。今日も朝から元気だね」
「あはは! それだけがわたしの取り柄だから! はーちゃんは今日も物静かだね」
あたしたちは今、学校の教室にいる。
さーちゃんに声を掛けられる前、あたしは自分の席でぼんやりと窓の外を眺めていた。
「あたし、ぼんやりと考えごとをするのが好きなんだ。さーちゃんもそういう時ってない?」
「わたしはねー、考えるのが苦手かな。考える前に身体が勝手に動いちゃう」
「そうだったね。さーちゃんはそういう人だった」
あたしは声に出して、小さく笑う。
それに釣られて、さーちゃんは大きく笑った。
「今日も一日頑張ろうね!」
そう言って、さーちゃんは自分の席へと戻って行った。
〝さーちゃん〟こと、
あたしが心の底から慕っている、唯一無二の大親友である。
さーちゃんとは物心がついた時には常に一緒にいた。
何をするのも一緒だったあたしたちは、お互いを片割れのような存在だと思っている。
ずっとずっと喜怒哀楽を分かち合ってきたあたしたちだが、少し前に同じ人を好きになってしまったことが発覚した。
もちろんあたしはそれを悟られないようにしている。
が、いつバレてしまってもおかしくはない。
それほどまでにあたしたちの仲は深いところで繋がっているのだ。
キーンコーンカーンコーン。
学校でお馴染みの柔らかい高音のチャイムが鳴った。
(今から面白いことをしてあげる)
視線を右斜め前方に向けると、まっすぐ前を見据えたさーちゃんの横顔が見えた。
(あの顔の位置じゃ、あたしのことは完全に見えない。でもね)
〝気付いて〟
さーちゃんを見ながら、あたしは強くそう念じる。
時間にしてわずか数秒後、あたしに気付いてくれたさーちゃんは、にこやかにピースサインを送ってくれた。
――ほら、やっぱりだ。これぞ以心伝心。
あたしはありがとうと言わんばかりにひらひらと手を振った。
(何も言わなくても、思ったことが通じる。あたしたちの関係は本当にそんな感じだ。だからこそ、あの人への恋心は細心の注意を払わなくてはならない)
時刻は八時四十分。
もうすぐ朝のホームルームが始まる。
*
「はーちゃんは知ってる?」
お昼休みで給食を食べている最中、仲の良い友人A子があたしに突然話を振って来た。
「何を?」
あたしは質問に質問で返す。
「最近流行ってる都市伝説のことだよ」
「都市伝説ぅ?」
胡散臭そうに目を細める。
「聞いたことない? 恋心を食べちゃう〝白いワニ〟の話」
「……何それ」
「なんかね、ウチの後輩が好きな人に告白してフラれたんだけど、どうしてもその相手のことを諦め切れなかったんだって。それで、どうしたらいいのって落ち込んでいる時、なんと都市伝説の〝白いワニ〟がその子の前に現れたみたいなのよ」
「……それで?」
「詳しくは分からないんだけど、その子は白いワニに恋心を食べて貰って、今は新しい恋を見付けて元気に過ごしているわ」
「まゆつばものじゃない。A子ちゃん、そんな話を信じているの?」
眉をひそめながら、視線を給食に戻し、あたしは再び、給食を口に運び出した。
(馬鹿馬鹿しい。この世に不思議なことなんてあるわけない。あたしは超現実主義者だ)
「……その話、ウチも知ってる。ウチの先輩が〝白いワニ〟に恋心を食べて貰ったって」
しばらくして、今度は仲の良い友人B子が口を開き出した。
「B子ちゃんまで……。もしかして、二人共あたしをからかってる?」
まるであたしの恋心を知り、そして、あたしの悩みまで知っているかのような素振りの二人だが、実際のところは何も知らない。
あたしが抱くあの人への恋心。
(これはあたしだけのものだ)
それから後も、二人は延々と〝白いワニ〟の話を続けた。
「……つまんない」
小さな声でぽつりとつぶやく。
(……〝白いワニ〟なんていないよ。そんな生き物がもしいたら、あたしの前に現れて欲しいわ)
――先輩。
――さーちゃん。
(〝あたしの恋心は誰にも気付かせない〟)
*
放課後。
あたしはさーちゃんと帰路に就いていた。
「今日も学校楽しかったね!」
「そう? あたしはいつもながら疲れたよ……」
「もう! はーちゃんは体力ないなぁ。そんなんじゃ、お婆ちゃんになるのもあっという間だよ」
「余計なお世話よ」
あたしは怒ったような素振りで、さーちゃんの頬をつねる。
「いひゃいいひゃい!」
――ここで、さーちゃんの容姿に触れてみる。
あたしの大親友、さーちゃんは、とにかく見た目が良い。
芸能人のように整った顔立ちではないけど、何というか可愛い子独特の不思議な愛嬌があるのだ。
まず楕円形の太くて大きいその眉は、さーちゃんを人懐っこそうな犬顔と印象付けている。
チャームポイントは、あたしと同じ、烏の濡れ羽色の長い髪だ。
しかし、さーちゃんの髪は、あたしよりも圧倒的に長い。
長さで言ったら、腰よりもずっと下。
お尻に届くその長い髪は、前方に置いて、二つに束ねられている。
白磁のように美しい肌は、女のあたしから見ても、お人形さんのように可愛いと思わせた。
「……ねぇ、さーちゃん」
「ん?」
前を向いて歩くさーちゃんが人懐っこい笑顔をあたしに向ける。
(〝あたしのことは気にしないで〟)
――その一言が。
そのたった一言が言えたら、あたしのこの気持ちは、楽になるのだろうか。
でも、やっぱりあたしはあの人への想いを諦め切れない。
そして、それでも……、さーちゃんはあたしの掛け替えのない大親友だ――。
目を潤ませながら逡巡するあたしを見て、さーちゃんは苦笑しながら首を傾げた。
「……何でもない」
不貞腐れたように、あたしはそっぽを向く。
「変なはーちゃん」
あたしは非科学的なことなど信じない。
でも、もしも、もしも都市伝説が本当なら――。
心の中で強く願う。
ああ、純白よ。
かけがえのない純白よ。
あなたのことを信じれば、あたしはこの辛く苦しい思いから救われますか。
〝あたしはもう真っ白に染められたい〟
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