それじゃあこれは怖くない
あいつは昔っからずっと居る。
いつだって、自宅のベランダから外を見ると、少し遠くにそれが見えていた。
少し遠くにずっと、人間の形の、人間が、ずっと立っている。
それが僕ら家族の日常だった。
「今日もいるなあ」
父が言う。
「昨日とおんなじ場所だね」
妹が言う。
「きっと明日もいるでしょうね」
母が言う。
「変わらないね」
僕が言った。
その人間は、遠くからでもはっきりとわかるくらい、明るい色をしている。
青っぽい白色だ。
ぐねぐねと動き回り、その白い体は太陽光を反射して輝いている。
僕がそれを見つめていると、その人間はより激しく暴れはじめた。
ああ、いつも通りだ。
とても安心できた。
その人間の動きは、どんどん激しさを増している。
頭がかかとに付いたり、腰が180度回っていたり。
足は、とっくに地面を離れている。
その激しさが、とうとう閾値を超えたんだろう。
ぴゅ、と何かが飛び散る音がした。
僕の体から。
家族の体からも、何か、液体が飛び出ている。
そしてその液体は、その人間の方へ飛んでいき、吸収された。
それを確認した僕たちは、
「うん。これで今日も安心だな」
「あーよかったよかった。どんだけ続けても、やっぱり緊張するね」
「あの人間には、感謝しなくちゃねえ」
「僕らが変わらないでいられるの、あれのおかげだもんね」
各々の日常へ戻っていった。
その人間は、ずっと、大泣きしていた。
あいつは昔っからずっと居る。
僕らも、昔っからずっと居る。
数百年前から、ずっと。
なにがこわいの? 過言 @kana_gon
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