第2話 そして、僕は毎朝、彼女に殺される
「てやぁぁぁ!」
気合の一声と共に振り下ろされる木製の剣。
しかし、彼女には当たらない。
ネイローザは、『黒薔薇の剣姫』は、本当に強い。
いつもながら、その軽やかな足さばきには感心させられる。
速い。とにかく速い!
僕は何度となく剣を振るうも、そのどれもが当たらない。
完全に見切られており、振り回す剣の切先スレスレでかわしている。
(今のなんて、爪先くらいの空間しかないぞ!)
最小の動きで、涼しげな顔と共にこちらの斬撃をことごとくよける。
並外れた速度と読みの正確さ、動体視力があってのものだ。
我が国一番の剣士の実力は、本当に遥か高みにいる。
それでいて、愛くるしい妖精のごとき“舞い”にすら見える。
これでは埒が明かぬと、必殺の意気込みで突きを繰り出してみた。
だが、これもダメだった。軌道を読まれ、すんなり相手の剣で流された。
そして、お返しとばかりに、彼女の剣が僕の手首を捉えた。
「……………っ!」
「そこまでです、殿下。真剣であれば、手首が切り落とされていましたよ」
冷ややかな声が僕の耳に突き刺さるが、それ以上に打ち据えられた痛みが走る。
実際、痛くて持っていた木剣を落としてしまった。
的確な一撃であり、早くて、正確で、目で捉える事も難しい。
こちらの攻撃も当たったと思ったら、そこに彼女の姿はなく、こちらが逆に一撃を入れられている有様だ。
今日だけで彼女には
尻もちをつき、荒れた呼吸を整えながら、幾筋にも流れ落ちる汗を、土で汚れた袖で拭う。
実に薄汚れていて、無様と言うより他ない。
名乗らなければ、誰も僕の事を王子だなどとは思うまいと考えつつ、僕を見下ろしているネイローザを見上げた。
「あ~、チクショウ! 今日も全然ダメだな! 一向に当たらない!」
「残念でございましたね。生憎、私の剣技は百年の研鑽の先にあるもの。十年やそこいらで追い付かれては、立つ瀬がございませんので」
「そりゃそうだ。今日こそはと思ってたんだがな~」
「まだまだでございますね、殿下」
見上げる彼女は実に眩しい。朝日に輝くその笑顔が、疲れた体を癒し、気分を高揚させてくれる。
手加減なしで全力でやってくれと、いつも稽古の前に言っているのだが、どうにもその言葉は実行に移されていない。
彼女の動きには“余裕”という雰囲気があった。
しかし、それでも自身の成長の証を見る事は出来る。
それは“汗”だ。
彼女の浅黒い肌には、ほんの僅かだが汗の流れた跡が見える。
少なくとも、汗をかくほどには動いていたと言う証明だ。
気温が暑いと言う事はない。なにしろもう初冬の時期であり、朝の冷え込みも日を追う毎に増してきている。
にもかかわらず汗をかいたと言う事は、身体が火照っているという事だ。
僕の無様な
(もっと強く! もっと長く! この剣姫と舞いたいんだ!)
それが当面の目標だ。
この最強の戦士から一本取って認めてもらう。
そうすれば、彼女はもっと喜んでくれるだろう。
弟子の成長を喜ばぬ師匠など、いるわけがないのだから。
「……てなわけで、ネイローザよ、僕の剣はどこが悪いのだろうか?」
「悪くはございませんよ。むしろ、並の騎士ではすでに相手にならぬほどに熟達しております。その点は保証いたします」
彼女から素直に認められるのは、普通に嬉しい。
研鑽を積んできた甲斐があったと言うものだ。
それでも『黒薔薇の剣姫』という巨峰の頂が、なおも見えてこないのは歯痒い限りではあるけど。
「悪いところはないのに、どうして君に一向に当たらないんだい?」
「剣は使い手の性格が出ます。正直に申せば、殿下の剣は真っ直ぐに過ぎます。それゆえに読みやすい。深い駆け引きもなく、力任せに振っていては、当たるものも当たりません。流すもかわすも、苦労は致しませんので」
「手厳しい言い様だな~」
「殿下には、嘘は申しませんよ。ですから殿下、物事を今少し斜に構えて見てみるべきかと。それで世界は変わるものです」
斜に構える。
それはまた言い得て妙だ。何しろ、すぐ近くに、斜に構えてる者がいる。
それは父親、すなわち国王だ。
僕は国王である父が嫌いだ。合理的だけど、極めて冷徹で、人の心がないんじゃないかと思ってしまうほどだ。
国王として、国のために知恵を絞り、王としての責務を果たしている、と言う点では尊敬はしているし、理解もしている。
でも、理解と納得は別もの。
分かっているからと言って、それを素直に受ける気にもなれないのが父と言う存在だ。
その反発心から、正直に生きよう。あるいは、 真っ直ぐに突き進もうとするのが、今の僕だ。
(まあ、それを目の前の麗しの姫に木剣ともども叩き直されようとしているわけだけどね。ああ、色々と痛い)
耳に痛いし、身体にも痛い。
美しい姿をしているのに、実に容赦なく現実と剣を突きつけてくる。
(いやまあ、薔薇の花なのだし、痛いのはある意味当然か)
誰が付けたか、『黒薔薇の剣姫』という二つ名。
名は体を表すとも言うけれど、これほど似合っていて、完璧に彼女を表現している異名もないだろう。
しっかりと掴んでしまえば、痛いことこの上ない。
されど、掴まずにはいられない。
ああ、なんてもどかしく、そして、美しい存在なんだ、君は。
僕に向けている笑顔が、本当に、本当に、愛おしい。
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