兇行 3
二人きりの夕食をサロンで終え、加奈がいくつかの荷物を持ち込んだ死神の部屋に引き上げたのが二十一時。それぞれが風呂と眠り支度を終えたのが二十三時近くだ。
だから、二時近くに目を覚ましたのはとんでもない災厄というわけだ。
隣にいる加奈の寝付きは凄まじく、おやすみ、と告げた数分後には眠ってしまった。グロテスクには耐性があるものの、人が三人も殺されたことで精神にはしっかりと痛みが蓄積されているようだ。眠いのに精神は眠りを拒否して覚醒を促している。
「……加奈さん、起きてます?」
眠れていないのは自分だけ。そう思った飛鳥は、小さな声ながらも加奈に呼びかけてみた。
「……眠れないの?」
間延びしない加奈の声に驚いた飛鳥は、毛布の中で振り返った。
「……起こしちゃいました?」
「……呼ばれたら起きるよ」
「あっ……ごめんなさい」
モゾモゾと振り返った加奈の瞳は眠そうで、そのまま眠らせてあげたくなるが、呼びかけた以上、飛鳥は話を続ける。
「あの……加奈さんはこの事件のことをどう思っていますか?」
「……ん〜? 復讐……だと思うよ〜?」
「復讐? 誰のですか?」
「誰だろうね〜? でも〜……私たちに対する憎しみは感じるよ〜?」
「憎しみを感じる? 具体的には……?」
「殺害予告に加えて三人の殺し方かな〜? 夕子さんはいざ知らず〜遼太郎さんと英字にはずいぶんな殺し方だもん〜」
夕子は慈悲溢れる即死だが、英字と遼太郎は苦しめられて殺されたということだろう。確かに死ぬなら即死の方が良い。
「でも動機が復讐なら……やっぱり榊原って人が?」
飛鳥はそう言うが、どの人物も復讐者としてピンとこない。一番しっくり来るのは、秀一と夕子の飲酒運転が招いた事故被害者の親族か恋人だろう。撥ねられた人が紛れ込んでいたとしても、二人が相対して気付かないわけ――。
「私の着ていた服で天音さん……驚いてた……?」
上半身を起こした飛鳥は、記憶の引き出しの中を漁る。どうでもいい記憶の欠片を放り投げ、大事な記憶の通帳を手探りし――その時を見つけた。
医務室では見せなかった明らかな狼狽を夕子は見せていた。私にではなく、私が着ていた服に対してだ。それに続いてもう一度取り出したのは、叢雲帝二の一人娘が事故死したという記事だ。見当違いかもしれないが、叢雲の娘の事故死から始まり、秀一と夕子の飲酒運転による事故、招かれた六人への殺害予告……。
畢竟、一人娘を撥ねたのが秀一と夕子で、龍一が復讐のためにこの屋敷を用いて殺人を行っているという推測が出来上がる。もちろん、推測だけで証拠も何もないが、全体の流れとしては良い。殺人を復讐と評価している加奈の言い分も当てはまる。
「寝るね〜?」
長考を始めた飛鳥を見、加奈は蕩けるような寝顔を披露しながら意識を落とした。昂る飛鳥とは違い、加奈は二度寝でも数分を必要としなかった。
「…………」
殺人事件が起きている状況とは思えない穏やかな寝顔を見つめる飛鳥。天才ゆえに常識という檻から自由でいられる、なんて考えてみた。
とにかく、明日の朝になったら推測を全員に話してみよう。秀一からも事故のことを詳しく訊いて、皆の意見と協力で殺人鬼と対峙しよう。
ようやく訪れた眠気に気付き、飛鳥は火照った頭を休ませようと目を閉じ――。
突然、冷たい風が頬を撫でた。反射的に仰向けになった飛鳥は――闇の中に光る一閃を見、それを辿った先にいる黒い大きな影を見た。黒いローブを目深にしたそれは、寝ている加奈に向かって一閃を振り上げ――。
「加奈!!」
反射的に加奈の身体を蹴り飛ばし――彼女が寝ていた場所に巨大な斧が突き立てられた。ベッドが悲鳴をあげて歪み、飛鳥はベッドから転がり落ちた。二人は何とか初撃を躱したが、ローブの何者かは驚愕する飛鳥に目もくれずに加奈へ向き直ると、壊れてしまった斧を見捨て、抜刀した刃を加奈に向けた。
「っ……! 加奈……!!」
立ち上がろうとした飛鳥だが、転げ落ちた際に捻った片足が悲鳴を上げて身体を引き倒した。
「…………」
倒れてなお自らに縋ろうとする飛鳥を一瞥したローブの何者かは、ベッド脇から上半身を起こした加奈に向かって歩き――。
「……復讐は正義であるが、罪人の血を浴びた復讐者もまた罪人となる」
迫る刃に臆することなく、加奈はその双眸にローブの何者かを刻む。
「加奈……! 何してるの!? 逃げて!!」
誰かに聞こえることを願って声を張り上げる飛鳥だが、
「……その覚悟がありますか〜?」
見透かすような加奈の双眸を見据えたローブの何者かは、軍刀を握り締める手を微かに緩め――刹那の躊躇いを見せた瞬間に刃を振り下ろした。
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