間章Ⅱ 言葉は無力となり果てて

 薄暗い、何処かの森の奥深く。そこで、濃密な邪気が飽和していた。

 翳に潜む、五十は下らないで大型の生物を前に、一対の翼を持つ男が「これからどうしたい」と問いかける。返答は全て似通ったものだった。

 復讐を、と。

 我等を長きに渡り虐げた人間という種への復讐を。彼らはただそれのみを切実に願っていた。灯された憎悪の炎は一向に鎮火の気配を見せず、血と悲鳴で構成される暴風雨をひたすらに求めていた。翼の男は「しかし」と、異議を唱える。

「結果論であったとしても……私を、ひいては我等を解放したのも、また人間だ」

 だからなんだというのだ、と一匹が反駁する。

「どのような理屈を並べ立てようが、この憎しみが止まらないのだ。あの窮屈な檻に閉じ込め辛酸を舐めさせた人間共を、噛み砕き引き千切って唾棄してやらねば気が済むものか」

 怒声で、そう捲くし立てる。獣達は、言葉を知っているのではなかった。知識があるのでもない。ただ鳴いているだけに過ぎずとも、仙であり生物として昇華している翼の男には、彼らの感情の真意が高度な言語に聞こえていた。

「根絶やしだ! 一匹残らず殺せ! ここまでコケにされて許せるものか!」

 その感情の爆発は周囲の者達に伝染し、怒り狂った猛獣達の咆哮が大気を震撼させた。

 我等を貶めた種に復讐を。子も望めぬ、種さえ奪われた悲哀と憤激の復讐を。

「……わかった。そうしよう。より多くの人間がいる拠点は、感知している」

 止められないと悟り、不承不承に許諾した。彼とて、憎しみはある。人間を、戯れに助けた事が上手く廻った。それを数奇な運命のように感じて、憎みきれない気持ちになってしまう。

 無性に息苦しかった。こんな時、空を見上げれば多少は気分も晴れるのだが、首を上に向けても生い茂った木々の枝葉に妨害されて見る事が叶わない。

 自分には、並外れた力がある。自由を手にしているはずだった。力と思考を制限して飼い主の命令を強要する魔具は壊れ、どこに行くのも、何をするのも、そこに制約はない。

 人間達にも同じ痛苦を味わわせなくては我等の魂は浄化されぬと怒鳴り散らす仲間達を見つめて、暗鬱とする。

 狂気が牙を剥いて、静謐な森閑を蹴散らした。

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