第十七幕『助けの手-hell for leather-』
真夜中のマンションの一室にノックの音が
その部屋の住人は両手で包丁を握り、部屋の隅でうずくまっていた。
(早くどっか行け! 早くどっか行け!)
一見すると、ごく普通の悪質なストーカー被害の様に見える。
しかしこの状況は少々
部屋の住人は知っている。あの扉の外に居るのは人間ではなく、自分を狙って来た人間ではない何かだ。
ノックの音がリズミカルに響き、施錠された扉を鳴らす音がして、呼び鈴が連打される。
「……ケテ……ケテ……」
(頼むから早くどこかへ行ってくれ!)
彼がこんな目に
「今日は雨か……」
外は夜空に雲も無く、それでいてしとしとと雨が降っていた。狐の嫁入りと言う奴だ。
彼にはちょっとした独特な
マンションの窓から夜遅くの街を双眼鏡で覗く事が、何とも言えずに好きなのだ。
「こんな事をしているだなんて、覗きをしている様で
灯りがまばらな真夜中のビル群はなんとも言えず寂しさと美しさを両存させており、彼小雨が降っている今は
暗い中、まばらに灯りが点いている集合住宅を遠目に眺めるのはどことなく気分が良い。
ほぼほぼ無尽の道路に、真っ暗闇にならない様に照らしている街灯や信号機を見ると心が暖かくなった。
その時であった。
「ん?」
双眼鏡で覗いた先に、小さな
「こんな時間に子供が一人で外に……?」
迷子か何かなら、誰かが
そう思って双眼鏡で人影を見た。
それは人間の子供ではなかった。シルエットこそ長髪とエプロンドレスの子供の様に見えたが、その実、髪は四本の細長い節足、ドレスのの
(……見返していた?)
その蜘蛛はこちらを見たと思うと、髪の様な頭頂部側の節足の内一本を振った。
まるで双眼鏡で覗いているこちらを
彼には蜘蛛の表情は分からないが、蜘蛛は求愛や
彼は人間大に見える蜘蛛がすぐ近所に居た事、人間大の蜘蛛がこちらを見返していた事、人間大の蜘蛛がこちらに向って手を振った事に呆然とし、その場で石像の様になってしまった。
(これは夢か? 夢だよな? 頼むから夢であってくれ!)
そう祈りながら双眼鏡から目が
件のバケモノ蜘蛛だが、彼が手を振った事に気が付くと昆虫類や節足動物のワチャワチャとした動きでこちらの方へと走って来たのだ。
もうこうなると、彼は
「やばいやばいやばいやばいどうすればいい何だアレはどうしようやばいやばいやばい!」
彼は家の
「そうだ、警察! いや、
しかし恐慌状態にある彼は、電話を手に取った時点で
(巨大な蜘蛛がうちに向って来ていると言って、ガードマンや警察官は来てくれるのか? マトモに取り合わずに無視するかも知れないし、ともすれば薬物で幻覚を見ていると判じられるのでは?)
彼は変なところで理性が
そして、時間は現在へと至る。
「……ケテ……ケテヨ!」
ノックの音は段々強くなり、戸やインターホンを
(どこか行け、どこか行け、どこか行け!)
部屋の住人はその場に
(あのバケモノは俺を遠目に見て、
先程、バケモノ蜘蛛が手を友好的に振った時、部屋の住人は何が何か分からずに呆然したが、今の彼には思い当たる節が一つあった。
デパートの食堂で、ディスプレイに並んだ食品サンプルを見る童女にどことなく似ていた。
どうしても欲しい、食べたいものが有るとねだる童女の仕草だ。
つまり部屋の住人は、バケモノ蜘蛛にとって愛しいご
少なくとも、彼にはそう感じられた。
そして、今尚ノックの音は更に強くなって行く。
ともすれば、扉を殴り開けられそうにすら感じられる。
その時、一層大きな、しかしくぐもった大きな
いよいよ扉が
(俺はどうなる? 動かなければ
部屋の住人は自分が生きたまま蜘蛛のバケモノに喰われる姿を想像し、恐怖の余り気を失ってしまいたいと願い、そしてそうなった。
部屋の住人が意識を取り戻すと、外はすっかり明るくなっていた。
「あれは夢だったのか?」
夢か現か現実か、何が何だか分からないながらも、部屋の住人は恐る恐るドアアイを覗くもそこには何も無く、加えて言うと死角に何かが潜んでいる様子も無い。
部屋の住人は安心して、外に出て、そして
「……!」
そこにはまるで、金槌か何かで何度も殴打された様な
さながら、無邪気な子供がオモチャを叩き
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