第十幕『魔除け-Lightning rod-』

 学校から下校してくる生徒をターゲットにしたビラ配りに遭遇した事がある人は、少なくないだろう。

 立地条件や人口にも因るが、真っ当で効果もあるし、生徒間のグループに話題としてもぐり込めるのならば、儲け物だ。


 * * * 


「そこのあなた! ベルゼブル教会に興味はありませんか? 我々に魂をゆだねて頂ければ、何でも願いを叶えて差し上げましょう!」

 見るからに邪教徒の一員と言った感じの言動と服装の宣教師が居たので、とりあえずアイアンクローを喰らわせた。

「痛っ! イタタタタタ! 何をするんですか! お願いだからやめて下さい!」

 見るからに邪教徒風な男がそううめく。

 痛みからビクビクと体をらし、山羊の角っぽいカチューシャも一緒に揺れて、血のしたたるドクロが胸に大きく刺繍ししゅうされたスータンのすその下で膝がガクガク揺れるのが見てとれた。

「それはこっちの台詞だ。ロックバンドか新興宗教か知らないが、誰に許可を得て勧誘を行っているんだ? ここは学校の敷地内しきちないだし、学校の外も条例で無許可だと一切の勧誘活動は出来ないと聞いてるぞ」

「失敬な! 我々はロックバンドでなければ新興宗教団体でもない! 由緒正しく歴史ある悪魔信仰であって、ここへもキチンと教団で許可を取って訪れている!」

 俺の掌握しょうあくを振り払った邪教徒は、斜めを向いた自慢じまんの角を水平に直しながら毅然きぜんとした態度でそう言った。

 いや、俺がオブラートに包んだ表現を取ったのに、自ら悪魔信仰と称するのか……

「分かった、分かった。だが俺は法相宗ほっそうしゅうだ、間に合っているから他をあたれ」

 俺がそう言ってきびすを帰路に向けようとすると、肩を手で掴まれた。

「いいえ、そうはいけません。我々は何としてもみなもとじょう、あなたを勧誘しなければいけないのです」

 名前を呼ばれ、背筋に冷水が滴った様な感覚を覚えた。

 こいつはどこで俺の名前を知った? 家からか? クラス名簿めいぼでも見たのか? 法相宗と言う言葉からテキトーに寺の生まれの名前を挙げただけかも知れないと仮定しても、どの道コイツの情報網じょうほうもうがバケモノな事には変わらない。

「これはイーブンで誠実なビジネスの話なのです。故に、我々の素性すじょうは全て話しておきます。我々はベルゼブル教会、ベルゼブルと言っても、悪魔を象徴に教会や政治につばする楽団ではありませんし、雷雨の神バアルとの関係は基本的にございません。我々はあくまで悪魔ベルゼブルの信奉者しんぽうしゃであり、人間の魂を集め、悪魔に仕える人間を集める事を目的としております」

 狂ってる。

 確かにファッションで悪魔を崇拝すうはいする教団や楽団はあるが、それは織田信長が自分を魔王と称した様に、本心では自分が正しいと認識をした上での皮肉や謙遜けんそんが正しい。

 だが、目の前に居るこの邪教徒は、自分の信仰している存在が悪魔だと認識した上で信奉している。悪を善と信じているのではない!

「それで、その悪魔の教会が何の用だ?」

「ええ、我々のかんなぎがあなたの事を教団に取り入れろと言いましてね。曰く、源さんの事が邪魔で邪魔で仕方ない、源さんは我々にとって流れをき止めるくさびの役割りをする者、源さんが居るせいで収穫物が何一つ無い死の砂漠の様、そしてその砂漠を作り出した楔であると同時に立派に実ったリンゴの様……我々の君主はそうおおせになりました」

 そう語る邪教徒の目は座っており、これまでの話も含めて彼は嘘を言っている様子は全く無かった。

 そして同時に、俺を無理矢理入信させる気も更々無く、乱暴狼藉らんぼうろうぜきを働く様子も無い様だ。

「つまりお前らの神さんは、俺の事を邪魔だからどうしても宗旨替しゅうしがえさせたいと? 悪魔信仰らしくないな、悪魔信仰者なら二言目には殺すとか乱暴を働くとか言いそうなものだが……」

「ふざけた事を言うな!」

 突如邪教徒の男が叫び、俺は思わず身がすくんだ。

「我々は悪魔信仰者だ! 二度と我が君の事を神と言うな! それは我々に対する侮辱だ! 分かったか、坊主!」

「え、はい、うん。分かった」

「分かったならば良いでしょう」

 邪教徒は灯が消えた様に落ち着き払った。いや、なんだってんだよ、もう……

「巫が話したのは、今しがた話したのが全てではありません。源さん、我が君が言う事には、あなたは死んでも排除出来ずに九度生まれ変わるそうです」

「はい?」

「源さんが死んでも、源さんを殺しても源さんの代わりが現れて邪魔をする……そういう事だそうです。故に、我々教会は源さんを入信させる事を選びました。例え殺しても排除出来ない邪魔者が居るなら、邪魔が出来ない様にさせればいいのです……と言っても、我々教会は人殺し等法律に抵触する行為の一切を認めていません。今時そんな出来損ないの新興宗教の様なマネをしてしまっては、歴史あるベルゼブル教会の名に泥を塗ってしまう。何より、我々は悪魔の一部なのだから、契約には従います。社会契約も、我々人間にとっては最も身近な契約ですからね」

 そう語る邪教徒の男の目は相変わらず座っていた。

 嘘も方便も無く、全て本当の事を言っている様子だ。

「悪いが入信はしないよ、繰り返すが俺は仏教徒だからな。ベルゼブル様? にそう伝えておいてくれ」

「そ、そんな! 考え直してください! 今なら入信すれば魂と引き換えに何でも教団で都合できる事は出来ます!」

「何もいらんよ」

「そこを何とか! 我が君が言う事には、源さんが居る限り悪魔は源さんの元へき止められてしまい、自由に行動出来ないんですって! 我々を助けると思って、在籍するだけでいいから我々の元へずっと居て下さい」

「知ってる、そして答えはノーだ!」

 俺は泣き言を言う邪教徒を尻目に一目散で走って逃げた。


「それで邪悪な発明家は、霊的な存在を引き寄せる一種の避雷針を近所にばらき、その結果として邪悪な発明家一派だけが災厄を生き延びて、近隣の住民は子々孫々に至るまで呪いで死に絶えちゃったんだってさ」

「いや、何、それは何の話だ?」

「電流戦争。サブカル系の歴史の本に書いてあった。歴史の闇にほうむられた真実って奴?」

 午後の食堂に二人の学生が居た。

 片方は長い茶髪が目に映えるスレンダーでどこかサルの様な印象を覚える軽快な雰囲気の女性で、もう片方は一見いっけん痩躯そうくだが筋肉質な体躯たいくの青年だった。

「そもそもサブカル系の歴史の本って何だよ? どうせソース無しのいい加減な記事を、雑にまとめた読み物じゃないのか?」

 筋肉質な青年は呆れた様な、眉唾物まゆつばものだと言う様な態度で軽快な雰囲気の女性に返す。

「ホントだって! プチベストセラーとでも言うのかな? いや、ロングセラーかな? とにかく、その出版社の本は大学の偉い先生が書いていたりで、どれも凄いの。ミンメイパブリッシング社、知らない?」

「知らん」

「ウッソ、知らないの!? ミンメイパブリッシングだよ、絶対読んだ事あるって!」

「知らん物は知らん」

 軽快な雰囲気の女性は信じられないと言った様子で、両手を頭にあてがい呆然を表現した。

 余りにも激しい動作で、身に着けていた金色のカチューシャがずれたが気が付かない。

「大体な、その霊的な避雷針? なんて実績のある魔除けみたいなのがあるなら、何で実用化されてないんだよ?」

「ちゃんと話聞けー! 魔除けじゃなくて避雷針! 避けるんじゃなくて、寄せ付けるの! 魔除けと避雷針じゃ正反対だし、持ってると不幸になる呪いのグッズにしかならないでしょ!」

「本質的には変わらないんじゃないのか? 人里離れた所に避雷針を置いておけば、とりあえずその呪いをまぬがれる事が出来るんだからさ」

 筋肉質な青年は他人事の様な、そうでない様な様子で笑い飛ばした。

 まるでその避雷針があったら、自分がいの一番に使ってやろうと言う意図が聞いて取れる様な口調だった。

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