GO WASTE!-俺は奴らにとって、怪異の怪異-

新渡戸レオノフ

第一幕『俺の一番怖いもの-her-』

 夜、ベッドの上で急に目が覚めた。

 目は開くが全身の指一本に至るまでが全て動かない、金縛かなしばりの様だ。

 死に装束を着たかみの長い女が髪で顔を隠しながら、髪の間から見えるギョロ目でこちらをほくそ笑みながら見ている。

 うるせえ馬鹿、こっちは眠いんだ、寝る。


 眠りの中で気が付くと、俺は独りで寂れた陰気な駅の中に居た。なるほど明晰夢めいせきむと言う奴か。

 そう考えていると、駅のアナウンスが流れて来る。

『まもなく電車が来ます、電車に乗ると怖いですよ~』

 駅のアナウンスと言うよりは、遊園地ゆうえんちの出来の悪いホラーアトラクションのアナウンスか。

 面白い、俺はアナウンスの言う怖い電車とやらに乗ってやる事にした。

 駅に到着した電車に乗ってやり、シートに座って何が怖いのかと待っていると、再びアナウンスが流れた。

『次は挽肉~次は挽肉~』

 アナウンスが流れるや否や、向こうの車両から包丁や麺棒やマッシャーといった調理器具を握った猿の群がこちら目掛けて雪崩なだれ込んできた!

「うるせえ死ね! さるが人間様に盾突くな」

 猿に蹴りを入れ、尻尾を掴み、ヌンチャクの様に扱って周囲の猿をぎ払う。

 これは明晰夢であって、悪夢のうちには入らない。

 猿たちは調理器具を捨て、猿叫を挙げながら散り散りに逃げ出した。

 逃がすかクソボケ、人を襲う事を覚えた猿なぞ一匹残らず駆除くじょしなければならない、そうした。


 携帯けいたい電話でんわが鳴って、目が覚めた。

 何故だかいい気分だったが、理由は思い出せない。それより今は着信だ。

「私、メリーさん。今、ゴミ捨て場に居るの」

 あっそ、俺は無言で電話を切る、自分の事をメリーさんと呼ぶ女は知り合いには居ない。

 ついでに言うと、携帯電話が発達したこの時代、電話が無い場所から電話をかけても恐怖をあおる事は出来ないから覚えとけ。

 そう考えていると、いつもの爺さんが今朝も元気に目の前で首を吊っていた。不動産に訊ねたところ、この部屋の前の主らしい。

 彼等のおかげでこの部屋の家賃は大分安い。

 何より本物の首吊り死体と違い、うんこを漏らさないため大変助かる……漏らさないよな?

 何か大層たいそうな無念が合り、毎朝化けて出ているのか知らないが、俺は爺さんのれいを無視して顔を洗う。

 すると鏡に映った俺が『お前は誰だ?』と訊ねて来た。

 うるせーバカ、俺は俺だ。


 鏡を無視し、朝食がてらシリアルを食っていると、先程まで手元にあった携帯電話が無い。

 見てみると携帯電話に足が生えて、ゴキブリの様な速度でテーブルから移動しようとしている……いや違う! 携帯電話の下に小人が居て、携帯電話を運搬させている! 妖怪家電隠しだ!

 俺は携帯電話を殴った。妖怪家電隠しは下敷きになり、潰れたゴキブリの様になって死んでいた。

 うん、頑丈な機種にしておいてよかった、しかし朝から全くもって気分が悪い。

「行ってきます」

「はい、行ってらっしゃい」

 クローゼットの中から返事がしたので、俺は中に居た変質者を引きずり出し、あごを強かに何度も殴って追い出した。

 もう二度とうちに来るなよ。

 念入りに部屋にカギをかけ、大学へ向かう。


 大学へ向かう途中、車道をもの凄いスピードで老婆が走り抜けていった。だが悲しいかな、大半の人は携帯端末に夢中で気づいてなかった。

 それから、まだ人通りの少ない商店街の脇道で不審者に肩を掴まれた。

「私、綺麗きれい?」

 そう言いながら自分の顔にかかったマスクに手をかけたので、無言でナックルサンドイッチを喰らわせてやる。

 不審者はその場にうずくまり、動かなくなった。

 お前の出番は下校途中の小学生相手じゃないのか、こちとら忙しいんだ。


 無事大学に着いたので、席へ着くと何者かに足首を掴まれた。視線を向けると、青白い手が俺の足を掴んでいた。

(こんな事もあろうかと履いていた安全あんぜんくつが火をくぜ!)

 足首を掴む手を振りほどいて念入りに踏んだり、踵で潰したり、それから踏みにじったりした。

 青白い手は俺の足の下で逃げ出そうとあば藻掻もがきやがるんで、追加で踏みにじる。

 動かなくなった。


 一限目が終わり、便意を覚えたので男子トイレへ向かう。

 個室を開けると、前髪がパッツンとしたおかっぱの小学生くらいの不気味な女の子が便器から顔を半分出し、ニヤニヤ笑いを浮かべながらこっちを見ていた。

 眉間にりを入れ、すかさず脳天にかかとを落とす事で便器に沈める。

「さて、うんこうんこ……」

 昨日はオーダービュッフェで桃と饅頭鱈腹たらふく食って、ついでに肉とニンニクも食ったので飛び切り臭いのが出た。

 ところであの手の妖怪って男子トイレにも出るものなのな、不思議ふしぎな事もあるものだ。

 俺はドバドバと音を立てながら快便を放出しつつ、感慨かんがいにふけった。


 その後は特に何事も無く昼休みが訪れた。

 正午の時報と同時に携帯電話が鳴る。

「はい、もしもし?」

「私、メリーさん。今、駅の前に居るの」

 またお前か、しつこいな。そもそも駅の前に居るんだったら、怪奇現象とか関係なく公衆電話が使えるんだ、非現実性は駄々下がりしているぞ。

「空を見よ、天高く、今宵こよい、星戻る」

「えっ……?」

「目覚めよ、我が父、足枷あしかせは、既に無い。父戻る、人よ聞け、新しい、ことわりを。真名しんめいを、父知らす、闇望やみのぞみ、希望無し。めしいたる、人より、御父おんちちは、取り戻す。星々が死滅しめつする、必定の時は今。究極きゅうきょく星辰せいしんよ、際限さいげんなき生命よ。あまねく、全てから、海からも、空からも。父が来る、人よ聞け、新しい、祝詞のりとを」

「待って、何? 何ですか?」

「空仰げ、天高く、今宵、星戻る。永遠は、既に無い、我々の、父戻る。婚姻こんいんと、蔓延まんえんと、喜びと、変状よ。世にちて行き届く、万象はり替わる。星々が焼き落ちる、必定の時が来た。最高の星辰と、際限なき祝福。あまねく、全てへと、海に行け、空へ行け。空仰ぎ、天高く、今宵、星満ちる。父が来る」

 気が付くと電話は既に切られていた。

 全く、最近の心霊現象は根性無しで困る。

 いやうそ、困る事は無いから根性無しでいてくれ。


 三限目は空白で暇なので、線路脇にある書店でマンガ誌でも物色しようかとキャンパスの外へ出る。

 すると、向こうから上半身だけの女がテケテケテケテと音を立てつつ、両手を使って走って来た。

あしを、脚を寄越せえええ!」

 俺は身の危険を感じて、妖怪上半身だけ女の顔面に蹴りを入れた後、両腕りょうわんの上腕骨を丁寧ていねいに安全靴のかかとつぶした。

 妖怪上半身だけ女は泣きながらすーっと透過とうかして消えた。

 これから彼女はどうなるのだろう?

 両脚を求めて人を襲うのではなく、両腕両脚を求めて人を襲うのだろうか?

 もしそうだとしたら、今度はどうやって歩くのか?

 そもそもあの妖怪の名前って両手を使って移動する擬音ぎおんが由来なのだが、この場合改名でもするのだろうか?

 疑問は尽きない。


 ようやくやっと今日の授業が終わり、キャンパスから帰ろうとしたところ、敷地しきちから出た所を外部の者らしい連中から新興宗教の勧誘かんゆうを受けた。

 まあ俺は寺の家の生まれなのだが、面白そうだから信仰の事は隠しておいて話だけ聞いてやる事にする。

「ところで俺腹ペコで、しかもオケラなんですよ。もしよかったら何か食べながらお話を聞きたいかなーなんて」


 ファミレスで食事をしているが、周囲の空気が最悪だ。いや、行きつけのファミレスなんで、味の方は実際最高なのだが。

 こちとらまだ、ロティサリーチキンと、ステーキライスと、マグロ丼と、カレーライスと、黒蜜くろみつブリオッシュソフトクリームえと、パンケーキと、宇治金時と、アップルパイしか食べていないのだ、追加のワラビ餅と締めのチャーシューめんを注文しようとしたら、相手方が露骨ろこつに嫌な顔をしくさる。

「すみません、これ以上は予算が……」

 全く、宗教家ならばキリストを見習え、キリストを!

 やっこさん、五千人の民衆を満足させるまで食べさせたんだぞ!

 第一、お前らさっき自分達の事を『現代に転生したキリスト』だの『メシアを超越ちょうえつした光の戦士』だの言っていただろう、完全に口だけか!

 そう言うと、自称宗教家達はうつむいてしまった。

「すみません。頼むから、もう帰ってくれませんか……」

 仕方ない、締めのラーメンは諦める事にしよう。俺は非常に遺憾いかんながらとぼとぼと帰る事にした。

 全く、神も仏も無いとはこの事だ。

 そう思って席を立つと、自称宗教家の一人が俺の袖を握った。

「すみません、厚かましい事を言う様で申し訳ないのですが、入信してくださいませんか? これ以上勧誘に失敗すると、私はもうノルマがアレで、その……ノルマが達成出来ないと、私には他に居場所が無いんです……友達も父も母もちゃんと勧誘しているのに、私だけダメダメで、どうか私を助けると思って……」

 その落ちこぼれ宗教家は涙目になって、俺に懇願こんがんした。

 なるほど泣き落としか、その手は食わん。

「助けを求める相手を間違ってるぞ。俺は神様でなければ、お前の家族でもないぜ?」

 俺がそう言って切り捨てると、落ちこぼれ宗教家は決壊寸前と言った体の顔になった。

 やめてくれ、まるで俺が何か悪い事をしたようじゃないか! ここでお前に泣かれてしまっては、周囲から何事かと思われてしまう。

 しかし、俺はある事に気が付いた。

 周囲、そう周囲である。

 この泣き落とし担当らしい落ちこぼれ宗教家、他の宗教家から嘲笑ちょうしょうを含んだ顔で見られており、まるで自分より劣る危険地帯に居る人間を見下すのが楽しくて堪らないと言った風だ。

 なるほど、一つの班を作る際に階級を作り、鬱憤うっぷんけ口を設けるとおうやり方か、なるほどカルト教団の考える事は周到だ。

「じゃあ辞めちまえば? ノルマ辛いんだろ?」

「え、でも、私、みんなと別れる事になっちゃうし、行き場所だって……」

 萎縮いしゅくしていた他の宗教家がざわつき始めたので、空いている方の手でテーブルを殴る。

 宗教家達はなんか凍りついた、うーん、このコウモリ型風見鶏かざみどり

 どうやらこの宗教は上位存在に楯突くと暴力で折檻せっかんされる集団らしい。

 なんだ、話が通用するではないか、でも宗教家を自称するなら勇気とか愛とか仁とかを履修りしゅうしてから来やがれ。

「みんなって誰だ? お前の事を笑う仲間か? お前の事を助けない友人や両親か? それともお前が助けを求める対象として考えもしなかった教主様か?」

 落ちこぼれ宗教家は完全に黙り込んだ、思考停止って奴だ。

「行く当てが無いならうちに来い。うちの部屋、誰も使っていない訳アリの広い部屋でルームシェア位なら出来るからさ」

 落ちこぼれ宗教家は俺の袖を強く握った。

 そして俺は一つの懸念けねん材料ざいりょうに気が付いた。

 俺の部屋は実際じっさいひろいが、こいつはうちの環境に適応てきおうできるだろうか? もし引っ越す事になるとしたら、家賃やちんは跳ね上がる事になるが、仕送りとバイトでまかなえるだろうか?

 俺は今日、初めて恐怖を感じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る