第12話
湖南は考える。
東京駅は各路線と新幹線とを連絡する駅だ。当然、旅行者が多く利用するので、スーツケースを引いていても目立たない場所と言える。犯人がそれを計算しているとすれば、身代金の受け渡しは東京駅近辺で行うつもりなのかもしれない。
そして東京駅という場所には、もう一つの意味がある。真理雄の勤め先である九十九社のオフィスビルの位置は、丸の内南口から目と鼻の先だ。そのこと自体には然したる意味はないように思える。しかし、湖南は九十九社の周りを捜査員で固めるよう捜査員に指示を出した。
ただの当てずっぽうだが、何としても犯人に対して先手を取りたかったのだ。
渋谷で乗客が一気に降りて、湖南と真理雄は車内の座席に腰を下ろす。
「花ちゃんについて、少々質問しても宜しいですか?」
湖南がそう言うと、真理雄はピクリと顔を引き攣らせた。
「……それが娘を救出するヒントになるのなら、何なりと」
「花ちゃんは小学二年生とお聞きしましたが、どのような性格ですか? 活発な方か、はたまた大人しい性格でしょうか?」
「どちらかと言えば活発な方だと思います」
「知らない人に声をかけられて、花ちゃんはついて行くと思いますか?」
「……わかりません」
真理雄は弱々しく首を振る。
「僕はね天童さん、犯人はあなたと近しい人物。それも花ちゃんとも面識のある人物なのではないかと思うのですよ。理由は花ちゃんを大人しくさせた上で移動することは困難だからです。犯人が複数人いる場合は話は変わりますが、見張りやトイレの問題を一人で処理するには無理があります。花ちゃんに警戒心を与えずに済むなら、その方が犯人にとってずっと楽です」
「…………」
真理雄はそれについて否定も肯定もしない。曖昧に頷くだけだった。
「電話越しにあなたの声を聴き分けられて且つ、花ちゃんと面識のある人物。その中であなたに恨みのある人物に心当たりはありませんか?」
「……申し訳ありません」
「……まァいいでしょう」
湖南は特に残念でもなさそうに言う。最初から期待していなかったと言わんばかりの態度だ。
「どのみち犯人に金を得ることはできないし、仮に上手く金を手に入れても使えばすぐに捕らえられる。それなら現段階で犯人を特定することに意味があるとは思えません。驚くのは捕まえてみてからでも遅くはない」
「…………」
湖南は横目で真理雄の反応を注意深く窺うが、取り立てて変化はない。顔色はかなり悪いが、それは湖南と出会ってからずっとだ。
実のところ、湖南は真理雄のことを疑っていた。主犯とまではいかなくとも、共犯か少なくとも犯人に心当たりがあるのに庇っているのではないかと考えていた。
理由はただ一つ。
冷静過ぎるのだ。娘が誘拐されて殺されるかもしれないというのに、真理雄は犯人にみすみす金を奪われたくないと言った。犯人の尻尾を掴んでやると息巻きすらした。
そんなことは通常、考えられないのだ。
普通、こういう場合親は犯人のことなんて気にかけたりしない。子どもの安否を一番に気にかけ、犯人に逆らおうなどとは考えたりしない。それなのに花のことを訊いても、娘への心配は一切口にしなかった。
真理雄の態度は、最初から花が殺されることはないことを知っているかのような振る舞いなのだ。
湖南はその点がどうしても引っ掛かっていた。
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