第19話 暴走

 小さな爆発が連続し、爆炎に包まれたヘッジホッグ。

 イングリッドも燃え尽きただろうと思ったのだが、通信は未だに繋がっていた。


『……殺してやる。殺してやる殺してやる殺してやるゥ!』

「まだ生きていたか。喋ってる余裕があったら脱出しろよ」

『無駄だ! ”六芒ノ巣”は失敗を許さない……お前のせいで全て終わりだ! せっかく三等星にまで上り詰めたのに! 古代戦艦を手に入れたのに!』


 何やらヒステリーを起こしてるが、絡んできたのも喧嘩売ってきたのも向こうだ。


『……許さない。許さないぞ……! お前らだけでも道連れにしてやる……』


 絵に描いたような小物思考である。

 主砲で一思いに消し飛ばしてやろうかとも思ったが、俺の補佐をしていたツバメが表情を変えた。


「高エネルギー反応! イデアル縮合しゅくごう戦術弾頭です!」

「何だそれは!?」

「操縦者の精神エネルギーを全て消費してイデアル波に変換、異層を崩壊――」

「長い! 一言で!」

戦術弾頭です! 使われると星系の人類が全員廃人になります!」


 とんでもねぇクソ兵器だ……!

 これだから先史文明の兵装は嫌いなんだよ!


「”惑星砕き”で消し飛ばせるか!?」

『ははははっ、ザマァ見ろ! 貴様らの慌てふためく顔が見れて満足だ……! このまま発動まで高みの見物といこうじゃないか!』

「させる訳ねぇだろ! ツバメ、やるぞ!」

「砲塔の冷却が済んでおりませんがよろしいですか!?」

「言ってる場合じゃねぇだろ!」

「かしこまりました!」


 すぐさまエネルギーが充填される。


「主砲――”惑星砕きスターブレイカー”、発射!」


 全てを薙ぎ払う古代の光がヘッジホッグへと迫る。

 が。


「なっ!? 曲げた!?」

『空間レンズはヘッジホッグの得意技だ……跳ね返せなくとも、当たらないようにする程度は可能なのさ!』


 空間レンズをまとったヘッジホッグが勝ち誇る。


「もう一度だ!」

「無理です! 砲塔過熱で、これ以上は砲身が吹き飛びます!」


 クソッ!


 最高速度で離脱すれば追っては来られないだろうが、プッツンして自爆特攻するような奴だ。

 大人しく逃がしてくれるとは思えない。そもそも逃げれば星系の人類が滅亡してしまう。


 考えろ。

 打開策を考えるんだ。


 直後。

 公爵の要塞戦艦が突っ込んできた。


 空間レンズに表層を砕かれ、破片をまき散らしながらも巨大な艦体でヘッジホッグを捕らえ、そのまま恒星へと向かう。

 要塞の巨大さからは想像もできない速度に目を見張った。


「あれは……魔法陣……?」


 要塞のスラスター部分には赤黒い輝きを放つ魔法陣が大量に浮かび上がっていた。


「精神収奪型エネルギー炉ですね……公爵が解析したものでしょう」


 俺たちが使うエネルギー炉アニムスの下位互換が組み込まれていたらしい。

 要塞に乗っているのはもうニアのお祖父さんだけだ。

 自爆覚悟で自らの精神力を注ぎ込んでいるのだろう。


 魔法陣は次々と砕け、そして砕けた瞬間に新しい魔法陣が展開されていく。


「……限界を超えた力を無理やり引き出していますね。これでは精神も長くはたないはずです」


 ニアちゃんに視線を向ける。ぼろぼろと涙を零しながらモニターにすがりつくニアちゃん。

 その視線の先には、死人みたいな土気色つちけいろの顔をしたじいさんが映し出されていた。

 砂嵐ノイズ混じりの通信。


「おじい様……嫌です……!」

『ニアは知らんじゃろうが、ワシは悪いこともたくさんしてきた』

「何を——」

『たく……殺した。たくさん踏み躙っ――。何度、地獄に落ちても――……』

「そんなことありません! おじい様、お願い、今からでも戻って!」

『ここで善行の一つも積んで……ばな。いつかニアが――にいけ……ようにの』

「おじい様……おじい様……!」


 泣きじゃくるニアに、じいさんは優しげな笑みを見せる。


『幸せにな。それだけを願っておる』


 通信が完全に砂嵐ノイズになった。

 おそらくは無茶な動きをしているせいだろう。


 崩れ落ちたニアちゃんを抱き上げる。


 わんわんと泣き続けるニアちゃんを抱きしめながら、俺は要塞の映されたモニターを見つめていた。

 じいさんの最期を決して見逃すことがないように。


 やがて要塞から魔方陣が消えた。恒星の重力に捕まり、吸い込まれるように近づいていた。


『公しゃ――……すま……ワシがもう少し――……』


 通信画面から、じいさんの独白が聞こえる。

 すでに限界を超えているのだろう。どこかぼんやりとした口調だった。


『――……』


 通信が切れる。

 要塞戦艦が恒星の熱を受けて融解し始めた。

 イングリッドからの通信はとっくに途絶していた。

 恒星の持つエネルギーは空間レンズでどうにかできるものではない。


 このまま燃え尽きるだろう。


 ……助かった。

 いや、助けられたな。


 いつの間にかニアちゃんも食い入るようにモニターを見つめていた。


 強烈な熱に、金属が蒸発していく。


 要塞も。

 違法な研究も。

 先史文明の遺産も。

 ヘッジホッグも。

 ニアちゃんを操るための端末も。


 何もかもが、消えていった。


「……立派な人だった」

「はい」

「少ししか話してないけど……ニアちゃんを愛してた」

「はい」

「ニアちゃんが悲しんでると、きっとお祖父さんは心配するよ」

「……はい」


 ニアちゃんは顔をあげた。

 唇をかみしめ、目にいっぱいの涙を溜め、それでも前を向いたのだ。

 強い子だ。

  

「おじい様。ありがとうございました」


 深々と頭を下げる。


 それが、ニアちゃんとじいさんとの別れだった。

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