亡国の王子と敵国の王女5

 提案への同意を得たのに、ソレイアはまだ緊張を解かなかった。静寂に包まれた地下室で、格子が隔てる二人が向かい合う。レナードは彼女とは対照的に、弛緩した様子で見据える。


「これ以上ない同意をしたつもりなのに、不服なのかい?」

「まさか。でも、細かい事情は気にしない性格なのね」

「おかしいな。細かい話なら、これからするんじゃないのかな?」

「私が嘘をついているとは思わないの? 貴方を騙して、何かに利用してやろうと企んでいるとか」

「思ったよ。昨日はそうとしか考えられなかった。だけど、どうしても僕に嘘をついて貴女が得られる利を思いつけなかった。正直な気持ちを言えば疑ってるけど、根拠がないんだから先入観による思い込みと片付けるべき考えだろう?」

「疑う理由がないから信じるって、そんな単純に考えるのね」

「物事は全て単純だよ。複雑そうに見えても、紐解いていけば1つ1つの要素は単純なんだ。僕は貴女の話を聞いて、信じると決めたから協力する。繰り返すようだけど、肯定的な返事をしたんだからもう少し喜んでもらえないかな?」


 しばしの間を置いて、ソレイアは緊張を解いた。笑ったのではなく、呆れだった。


「レナード王、貴方は国を背負う身分なのよね? 私が言うのも妙だけど、もっと慎重になったほうがいいんじゃない?」

「即決もまた王に求められる能力だよ。慎重も大胆も、どっちが正解とかはない。まぁそんな王としての心構えなんてどうてもいいじゃないか。こんなにつまらない話題もないんだから。それより細かい話をしないのかい? 僕は大いに興味があるよ。貴女がその危険な思想にたどり着いてしまった経緯についてね」


 置物のように黙っているしかないカーヴァも同感だった。

 コンコルディアの血を根絶は不可能でも、エストレーモ王が徹底すれば支配を逆転させるほど力をつけるのは抑制できる。小さな争いは続くかもしれないが、新しい取り組みは必要ない。現在と変わらず同じように、ただコンコルディア人を皆殺しにしていれば自然と実現する。

 一方で、ソレイアの理想とする血を1つにする選択は、無数の不安要素が含まれる。


「べつに隠すような話じゃないし、普通に喋るわ。発端は半年前のコンコルディア首都侵攻。貴方は思い出したくないでしょうけど、あの戦いの場に私もいたの」

「『いた』って……前線じゃないか。エストレーモ王に拒まれなかったのかい?」

「大きな戦いは最後になるかもしれないでしょって何度も抗議して、首都への侵攻だけはついていったの。お父様の目指した平和の仕上げだから、王女の立場として見ておきたい、なんて適当なことを言ったかもしれない」

「適当でもなく立派な心掛けじゃないか。実際は違ったのかな?」

「本当は立場なんてどうでもよくて、戦争が見たかっただけ。一度くらい本物の戦いに参加して、戦いを肌で感じたかった。兵士になれない身分の私はね、小さい頃から兵士に憧れていたの。妄想じゃない現実の戦いは迫力があったわ。みんなが死力を尽くして戦う姿はすごくカッコよかった。自分も加わりたかったけど、そばにいたローザに止められたわ」

「急に参加しようとしたなら、ローザ殿は大層肝を冷やしただろうなあ」

「眺めるしかなくなっちゃったから、冷静に戦況を確認するしかなくなったわ。あとはレナード王も知っての通り。徐々にエストレーモが追い詰めて、首都に兵士が侵入した。エストレーモは敵の血の根絶を目指しているし、何度も経験してきたから躊躇いがなかったわ。誰も抵抗なく、武器を持たない民を背中から斬っていった」


 そうしなければ、いずれ自分や自分の家族が殺される。だから戦争に参加した兵士には迷いがなかっただろうし、カーヴァ自身も迷わない覚悟を持っているつもりだった。

 ソレイアは後悔を吐き捨てるような長いため息を吐いて、レナードを見据える。瞳には、決然とした輝きが秘められている。


「真の平和のために血を1つにするって言ったけど、それだけじゃない。たとえ敵でも、罪のない人を皆殺しにして築かれた平和なんてあってはならない。だから私は別の方法で平和を目指したい。そのためには貴方の協力がどうしても必要だったの。遅くなったけど、ありがとう」

「本当に遅いね。謝罪は安売りしないほうがいいけど、お礼はいくら安くしたって損はないよ?」

「さすが王様。偉そうな態度ね」

「偉そうついでに、1つ伝えておくよ。貴女に協力すると言ったけど、それは僕がエストレーモに囚われているからだ。自由の身であれば、別の道を選んだかもしれない。犠牲になった民のためにエストレーモを潰す策を練り、行動に移していたかもしれない」

「たとえ自由でもきっと貴方は協力してくれたわ。私の話を聞けるような場があったなら、ね」

「どうかな? そもそも仮定で盛り上がったって仕方ない。あと、もしも貴女の描く真の平和の実現が不可能と確信したら、その時にも別の道を歩ませてもらうよ」


 この場にいない誰かが聞けば耳を疑うような会話。話の内容だけではない。コンコルディアの元王子とエストレーモの現王女の密会は、明らかな目的に向かい始めている。お互いの真意を探る応酬を経て、ふたりの間にあった溝も埋まりつつあった。

 出入口のほうから、見張りが合図を送ってきた。どうやら時間切れらしい。カーヴァはふたりに知らせようとしたが、言うまでもなくレナードは小さく頷いた。


「核心に迫ろうか」

「核心って、平和をどうやって実現するかってこと?」

「うん。僕はまだ聞いてない。2つの血を1つにする具体的な方法をね。僕自身でも考えてみたんだけど、全然思いつかなくてね。一個だけ可能性を感じる方法は頭に浮かんだけど、あんまりにも非現実的なものだから、方法として勘定するには値しなかった」

「私も、方法は1つしか浮かばなかったわ。他に適任がいない。無理矢理に壁を突破しようとするなら、一応は王女の身分にある私が担うしかない。貴方もそう思うでしょ?」

「そうだね。どうせ巡らせられるだけの策もないし、奇抜な案で代替できるほどエストレーモ王は甘くない。いや、ある意味では甘いともいえるし、彼の甘さにかけるしかないってところかな?」

「大丈夫。その点は安心していいわ」

「やけに自信があるね」

「いまはまだ話さないでおくけど、ちゃんと根拠もある。でも、さすがね、レナード王。貴方も考えた方法なら、私ももっと自信をもって実行に移せそう」


 レナードとソレイアは笑みをこぼして会話していた。乾いているように控えめでありながら、腹の底から笑っているような深さもある。

 カーヴァだけが蚊帳の外。彼の胸には、漠然とした不安が今度もあった。しかし、もうきっと手遅れだ。何かとんでもなく危険な発言がソレイアから飛び出すんじゃないかと予感しながら、動きを見せた彼女の唇に目をやった。


「そういうことだから、私と貴方が婚姻を結べるよう準備を進めるわ」


 思考が止まり硬直したカーヴァが我に返ったのは、ソレイアが牢獄を去ったあとだった。

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