第8話 ネカフェかラブホか

 ほぼ全裸状態な俺が異様に映ったのか、周囲にいた男共は逃げるように立ち去った。いや、女性も俺から離れていく。


 イカン、このままでは通報されて、お巡りさんのお世話になってしまう。


 直ぐに着替え、亞里栖の手を引っ張った。


「ちょ、両ちゃん……」

「ホテルへ行くぞ」

「で、でも」

「それが望みなんだろ?」

「ま、まあね。おこづかい欲しいし」

「なら俺でいいだろ。なにが不満なんだ」


 歩きながら聞くと亞里栖は、少し困った顔をしていた。だが、理由を話してくれた。


「そ、それは……きっと両ちゃんが来てくれるって思ったから」

「俺を試したってこと?」

「そう。信じてみたかった。でも、信じられたよ。来てくれてありがとね」


 そんな笑顔で感謝されると、妙な感情だ。嬉しい反面、複雑でもある。こんな場所に立っていれば、変な男が寄ってくるからだ。

 今回は守れたけど、次回は分からない。その次も。


 けど、そうか。


 よく考えて見れば、亞里栖とこうして話し合うようになったのも三年振り。


 つい数日前までは他人も同然な生活を送っていたのだ。無理もないか。


 俺だって亞里栖がどんな風に過ごしていたのか、どんなことを思っていたのか……まるで分かっていない。

 こんな立ちんぼをするほど追い詰められているんだ。正しい道へ修正しないと、手遅れになる。そうなる前に大人である俺が亞里栖を止めねば。


 でも、だからと言って急に説教も信頼関係を損なう。俺は亞里栖と今までの時間を取り戻したいと本気で思っている。でなければ、昨晩だってあんなことはしなかった。


 好きな気持ちは本当だ。


 けれど今は金の関係で、かなり脆い。危うい。

 だから亞里栖は、こんなところにフラフラ来てしまうのだろう。


 信頼が足りない。

 それを痛感した。


 しかし現状、ある程度は信じてくれるようだし、期待値は高い。


「分かった。ここへ来なくてもよくなるくらい、亞里栖を見守り続けるよ。だって、それが兄妹だからな」

「兄妹以上の関係になれたらいいね」


「…………!?」



 そ、それはどういう意味なのだろう。

 聞いてみたい気もしたが、今はその時ではないと思った。でも、やっぱり聞いてみたいかも……。


 だが。



「ちょっとそこのキミ!!」

「え……うわっ! お巡りさん!」


「ちょっとお話いいかな」



 二名のお巡りさんが職質してきた。くそう、これはタイミングが最悪だ。もしかして、さっきの現場の誰かが通報でもしたのか……?



「な、なんでしょう」

「キミ、あっちの道路で全裸になったそうだね?」

「そ、それは……。でも、パンツ一丁なので陰部は晒していないです……!」

「まあ、そっちはどうでもいいんだが」


「え?」



 どうでもいいのかよー!!

 逮捕は免れたようだけど――と、するとなんだ……?



「この辺りで“立ちんぼ”が横行しているようでね。取り締まりに来たのだよ」

「な、なるほど……。その現場ならこの先ですね」

「そうか。情報提供感謝する」



 お巡りさんは行ってしまった。

 同時に、道路に集まっていた男女が蜘蛛くもの子を散らすように去っていく。だが、お巡りさんも可能な限り女性を捕まえていく。


 そういえば、少し前に三十人、百人規模で逮捕されたという報道があったな。やはり、売春でしかない――ということだ。



「危なかったな、亞里栖。一歩遅ければ補導されていたぞ」

「う、うん……。両ちゃんに感謝するよ」



 安心した直後だった。

 お巡りさんが再びこっちに向かってきた。



「おい、そこのキミたち! 任意ど――」



 やっべ、また“ばんかけ”か。ダルいって。

 その瞬間、俺は亞里栖の腕を引っ張って走り出した



「逃げろ!」

「え、え、ええッ!? りょ、両ちゃん……ウソー!!」



 任意という言葉が聞こえた時点で“任意同行”じゃないか。任意のクセして強制だからな。ホント、どうなっているんだか……!


 全速力で突っ走って街から離れた。


 ふぅ、なんとかけた。もうお巡りさんの姿はない。



「…………はぁ、はぁ」

「い、息が……」



 かなり走ったので、俺も亞里栖も呼吸が乱れていた。



「これ以上は危険だな。今日はラブホは止めて、あっちのネカフェにしよう」

「へえ、ネットカフェかー! わたし、入ったことないんだよね」



 今時はスマホが発展しているから、ネカフェ需要はそこまでない。だが、一泊約二千円と格安なのでいろいろ重宝するんだよね。

 パソコンだけでなく、ドリンクバー、無料の漫画、シャワーなど使えるし、便利だ。



「丁度いいな。今日はゆっくりしよう」

「エロは抜き?」

「そうなるな。ネカフェは、カメラで監視されているから、性行為とか店員に筒抜けらしいぞ」


「え、マジ!?」


「ああ。だから、過度な行為は注意されて追い出されることもあるようだ」

「えー…。恥ずかしすぎじゃん!」


 とはいえ、パソコンには普通にアダルトサイトのリンクがあったりするんだよね。推奨しているんだか、いないんだか。


「だから、ヤるのは無理だ」

「むぅ。お金稼げないじゃんー」


「いや実はそうでもない」

「え~?」

「今の話は通常エリアの話だ。実は今から行くネカフェは『鍵付き完全個室』があるんだよ」


「知らなかった……」



 俺も知らなかったが、最近は個室があるんだよな。完全なプライベート空間なので、人目を気にする必要がない。カメラもないらしい。


 というわけで『快活カフェ』へ入って完全個室を――。



「申し訳ございません。高校生および十八歳未満の方はご利用できません」



「「ええッ!?」」



 し、しまったああ!

 完全個室は、そういう規約があったのかー!

 しかも、ネカフェは会員登録しなきゃだし、きちんと年齢確認してくるからな。リスクは避けたい。



 結局、ラブホにした。

 (ラブホは年齢確認はない)

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