第6章 救いたいと言われても<4>

 道路を外れて車内の揺れは激しくなった。

 天風てんぷうがステアリングを握るジープはロールゲージ剥き出しの完全なオープンだった。装甲による守備よりも速さを求めて、とするような考えがあったわけでない。他に選択肢がなかったからだ。


咸固乃みなもとの夫婦とペットの三毛猫が第七分隊庁舎の食堂を出てすぐだ。


「本部長には迷惑をかけるかもしれませんが、目的完遂を優先しましょう」


 そう言った天風は愛莉紗めりしゃとニンを連れて地下階へ向かう。階段を駆け降りて、広々とした地下駐車場へ至る。ただ肝心の車両が見当たらない。


 ありゃりゃ、と目論みが外れて思わずかわいい声を出してしまう天風の頭に乗る三毛猫ニンが右の前脚で指し示す。


「あそこのはどうじゃも」


 がらんとした暗い片隅にどうやら一台だけ置かれていた。

 駆け寄るなり天風はズボンのポケットからカードキーを取り出す。差し込んで、ハンドル側のスイッチを押せば、無事にエンジンが音を立てた。


 良かったー、と喜ぶ天風だが、その頭に乗る三毛猫ニンは愛莉紗の様子が気になったらしい。


「どうかしたじゃも。愛莉紗殿の怖い顔はいつもじゃもが、難しい顔のほうは珍しいじゃも」

「バケネコがいつも一言多いせいでしょ」


 負けていられないとばかりの愛莉紗だが、天風の「なんか心配があったりします?」には素直に応じた。


「なんか上手くいきすぎてない?」

「それはもう本部長を始めとしてみなさんが僕たちに協力してくれるからです」

「そう、それは間違いないんだけど……ただ、なんて言えばいいかしら。天風のことを想っているのはわかっているの、わかっているんだけど……」

「メリさんは僕のことを心配してくれていますね」


 愛莉紗が目を向ければ、天風はにこにこしている。だから納得できた。


「ごめんね、わたしは天風を少し侮っていたみたい。夫なのに」

「なにを仰いますか、それはメリさんが僕を心配してくれているからだとも言えます。だから、とっっっても喜んでます」


 両手を握りしめてまで力説する天風だ。

 もし状況が状況でなければ鼻血が出ようがお構いなしの行為を受けられただろう。懸命に踏み止まっていたのは、むしろ愛莉紗のほうだった。その証拠にぶんぶんと首を激しく横に振っては助手席へ乗り込む。


「そうね、今は相手にどんな思惑あろうとも乗ってしまうが最善よね」

「はい、結果的にはウィンウィンとなる関係を目指せです」


 運転席に着いた天風は発進させる。


 シティとする領域を越え、境界地域内の森林へ突入間際だ。


 愛莉紗はシートベルトを外し、ロールゲージをしっかりつかむ。三毛猫ニンも天風の頭から飛び降りて車体中央のゲージへ身体を巻きつけた。

 ここまで来るまでに天風から受けた注意通りの行動だった。


 残念ながら、指示が活きる機会が早々に訪れた。


 森林を走り抜けていたジープが、いきなりだ。ガクッと停まる。

 未だエンジンは音を立てている。車体自体が起動を止めたわけではない。

 タイヤが空転していた。


 それと同時だ。

 天風は妻とペットの名を呼んでは運転席から離れる。愛莉紗と三毛猫ニンを両脇に抱え、素早くジープから飛び降りた。


 後方では激しい爆発が起きていた。

 樹々の頂を遥かに超える煙が舞い上がり、夜闇が忍び込んだ幹や根元を赤く照らしていた。


「やっぱりいましたか、でもこんな早く現れなくてもいいのにです」


 離れた樹木の下で、ぼやく天風だ。


「でもこれなのね。天風がシートベルトを外せって言った理由は」


 横で炎と煙の饗宴を眺める愛莉紗が確認してくる。


「はい。対象物を捕獲して攻撃する植物系魍獣もうじゅうの出現ポイントを横切るので、すぐに車から離れられるようにしました」

「見事に的中したわけね」

「的中なんて言えないです。もっと奥へ行ってから遭遇するものだとてっきり思っていましたし、それに……」


 言葉を切る天風は、まさに任務中の顔つきだった。

 少しドキッとしてしまう愛莉紗は、「それに?」と訊き返していた。


「本来なら獲物を捕獲して攻撃するタイプはウィンダム五類に分別されるのですが、最近になって新種というか変異体が出現するようになったのです」

「爆発を起こす植物系魍獣など、いなかったじゃもな」


 今は天風の肩に乗る三毛猫ニンである。


「ここ最近、魍獣におかしな動きや特性が頻繁化しています。けれども僕たちが目指す場所が、ラーデに所属していた研究員で構成されているとしたら、腑に落ちます」

「そんなヤバい連中なの?」


 未だ鎮火する気配がない炎に紅く照らされる愛莉紗は無意識のうち近くの枝を掴み折っていた。


「開発が好きな人たちなのです。機械でも生物でも新しい結果を得られるなら何でも有りとする、今ならそう考えられます」

「生命をなんだって思っているの、ていう連中なのね」

「はい。だから実験途中だったと思われる希愛のあがすっごく心配なんです。今までにないタイプのサンプル例なはずです。あの人たちなら、早々に何かすると踏んでいます」 


 急ぐじゃも、と天風の肩にいる三毛猫ニンが急かす。


 爆発地を避けて、咸固乃夫婦とペット一匹は木立ちの間を駆け抜けていく。 


 走りながら愛莉紗が訊いてきた。


「まだ時間かかりそう」

「かかりそうです。だから車でもう少し行きたかったです。速度的にはもちろんのこと、魍獣に……」

 と、天風が答えている矢先だった。


 きゃっ、と愛莉紗が叫んだ。

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