第6章 救いたいと言われても<2>

 一目した途端に、頬を上気させていた。


「流れるような黒髪に、勝ち気を閃かせた蠱惑的な黒い瞳。しかもスタイル抜群。やだもぉ、絵に描いたような悪役令嬢じゃない」

「さすがです、侖田りんださん。メリさんは本当に綺麗で素敵な女性なんです」


 定年間近な食堂のおばちゃんである侖田の興奮に、天風てんぷうの返しが噛み合っているとは思えない。話題のネタとされている当人は戸惑うばかりだ。


 ちょ、ちょっと……、と愛莉紗めりしゃがしたい確認は続く話し声が遮る。


「そらそうよー。あのね、ヒロインは容姿なり境遇なり多少劣っている点が必要なの。けれども悪役令嬢は美人でなければいけない。天ちゃんは知らないだろうけど、完璧を求められるポジションなのよ」

「それは理解してます。何でも出来るメリさんと実習してますから、間近でその凄さを実感してます」


 どうやら会話は成立しているようだ。愛莉紗が特に割り込む必要もなければ、改めてまじまじ初対面の女性を見る。


 第七特務隊庁舎に設置された食堂を切り盛りしていると天風から事前に聞いてはいる。定年まで後数年とする年齢らしいが、見た感じはとても若い。ややぽっちゃりしているのは職業柄の体型だ。雰囲気といい、態度といい、人懐こさを特徴としたいくらい持っている。

 天風のことを、天ちゃんとも呼んでいた。名前を呼び捨てる豪快な食堂のおばちゃんな一面も備えている。天風が愛莉紗のことを、メリさんと呼ぶ端緒はここにあったのかもしれない。


 驚く特性はまだまだある。それをこれから知らされることとなる。

 鼻息荒く侖田が愛莉紗に迫ってきた。


「メリさんは悪役令嬢なんでしょ。たまに家でもその手のゲームをやったりしないの」


 きっと趣味趣向する人物か何かに思われているのかもしれない。本気で存在を信じているわけではない。ならば愛莉紗は調子を合わせる術は長けているつもりだ。


「いえ、咸固乃みなもとのさんとの実習において、ゲームはやっておりません。侖田さんはオトメゲームはよくやっていらっしゃるのですか?」


 ある程度の距離を保っての質問返しをした。

 対して侖田は屈託なくである。 


「オトメゲーはあんまりやらないかな。わたしはBL。特にハードなヤツが好き」


 えっ? と思わず返してしまった愛莉紗である。

 あら? と少し不安そうな侖田だ。


「もしかして、メリさん。BL方面は、ダメなひと?」

「そ、そういうわけではないのですが……」


 ハードとする単語が引っかかって、愛莉紗は安易に乗れない。ビーエルってなんですかぁ〜? とする夫役の声もある。クエスチョンマークの全てには対応していられない。


「そのお話しはいずれに。今は渓多たにた本部長に言われた廃棄品の回収にきました」


 うふふ、と愛莉紗の専売特許を奪うような怪しげな笑みを浮かべる侖田である。


「天ちゃん、ウブそうだもの。まだ一緒に暮らし始めて間もなければ趣味全開するのはちょっと難しい方面よね。もしどうしてもやりたくなったら、うちに来て。歓迎するわよ」

「……あのぉ、大変失礼な質問かもしれませんが、侖田さんはご結婚なされているのですか」


 黙られてしまえば、愛莉紗は訊くべきではなかったと後悔が胸に渦巻く。

 またも思い込みだったと知らされるまで時間はかからなかった。


 ふっふっふっふっふー、と不気味この上ない侖田が事実を伝えてくる。


「BLに夢中なキミを一生愛している、が、プロポーズの言葉よ」


 旦那さんとなった男性のBLに対する好悪は不明だが、愛莉紗は一世一代の場面の思い出を聞かされたわけである。素敵ですね、と返すほかない。

 ビーエルってなにを……、と教えてもらえない天風が再び絡んできたのをいい機会とした。


「廃棄品はどこにあるのでしょうか? わたしたちは急がなければなりません」

「ごめんなさい。同じ趣味の人と出会って、つい嬉しくなって話しこんじゃった」


 謝罪した侖田は、こっちこっちと手招きして厨房へ誘う。

 年配になってもかわいい人だと愛莉紗は思う。天風と仲がいいのも理解できるような気がする。ただ同じ趣味にされてしまったところに今後の懸念を感じずにいられない。 


「困るわよねー、仆瑪都ふめつくん。捨てといてーと言われたって、困っちゃう」


 無人の食堂で侖田の誰となしの大きな声だった。誰もいないとは決めつけない用心深さからかもしれなかった。


 天風と愛莉紗の二人で行く。衛生上の気遣いとして三毛猫ニンは食堂の椅子で待っててもらった。


 厨房の隅へ紙に包んで無造作に転がっていた。


 二人で急いで開ければ、ごろり出てきたものは鉄腕と鉄脚だ。

 目を合わせてうなずき合う天風と愛莉紗に先ほどまでいた執務室のやり取りが思い出される。


 仆瑪都は現在の状況で天風へ戻せないそうだ。

 公共の管理下に置かれている武装人工器官プロテーゼはあくまで魍獣退治や社会に危険を及ぼす事態へ対処するものだ。個人の目的における使用禁止は厳命されている。特務隊が私的理由で渡すことなどあってはならない。


「すみません、僕が辞めるなんて言い出してせいで武装プロテーゼを返却させられる隙を生みました」


 すっかりしょげ返った天風に、「でもよ」と仆瑪都が告げる。


「捨てたもんを拾われたでは、こちらとしてはどうしようもないわな」


 本部長! と顔を輝かせた天風に、仆瑪都は「これは独り言だが」として続ける。


「つい面倒臭くなって、侖田さんに頼んだ。廃棄する食材と一緒に焼却炉へ投げてこんでおいてくれってな」


 ありがとうございます、と頭を下げたのは天風だけではない。横にいる愛莉紗に、肩に載る三毛猫までもした。


 表情を崩しかけた仆瑪都だが、すぐに改めた。伝えなければならない重要な懸念点がある。


「でもな、廃棄とするだけのものには違いないんだ。通常よりだいぶ耐久性が落ちる」

「つまり一回で壊れる代物ですか」


 天風の確認に、「すまないな」ときた返答だ。どうやら状況は厳しいままなようだ。


 それでも天風にすれば、どれほど迷惑をかけているか、知る機会となった。だから職場上の呼び方ではない。昔のままといった感じで言う。


「仆瑪都くんは子供の時からずっと味方でいてくれて、僕は嬉しいです」


 嬉しいとされた当人は何とも言えない複雑な顔をしていた。

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