第5章 あやかしだと言われても<7>

 誰もが息を詰めていた。


 自分を撃てとする渓多たにたチーフに、銃口を向けている栞里しおりだけではない。配下の戦闘員でさえ、硬直していた。


 驚愕を表したというより表せた者は天風てんぷうだけだった。


「えっ? 栞里さんって、人間じゃなくてケダモノだったのですか」


 固まっていた空気が瞬時にして溶けていく。


「チーフ、ここで、それできます。わたしは人間です、凶獣きょうじゅうは周りが勝手にそう呼んでいるだけですぅ」


 栞里の抗議に、頭をかく天風である。


「とっても意外すぎて、僕は驚くだけです。いつもの栞里さんはかわいいではありませんか」


 な、と栞里は一言を発したなり絶句である。バイザーを上げた部分だけからでも、顔が赤く染まっていることは充分に窺えた。


 もちろん頓着しないというか出来ない天風の視線は渓多チーフへ向かう。


「お願いします、渓多さん。ここは僕の一存を受けてくれませんか」

「私は相手が天風だからこそ阻止したいんだ。妖と付き合う困難さやそれに伴う痛みは、一命を賭けてでもおまえに味合わせたくない」 


 任務から離れ、昔から知る者同士の間柄で語る天風と渓多柊惺たにた しゅうせいだった。


「渓多さんの言う通りかもしれない。だけどそれでも僕は一緒にいたい。いつか酷い結末を迎えるとなっても、今はその道を選びたい」

「救いだした相手を、いずれ自らの手で殺すことになってもか」

「はい。そうなる可能性があったとしても、今、救いに行かず後悔を引きずってこれから生きていくよりは、ずっといいと思います」


 一点の曇りもない天風だ。

 つい笑みが浮かびかけた者は愛莉紗めりしゃや三毛猫ニン、栞里だけではない。

 阻止を指揮している相手もだった。初めて渓多チーフが口許を緩める。


「天風を助けたことだけが、自分の任務で間違えではなかったと思えるよ」

「それは違います。多くの人を魍獣の被害から救う渓多さんを見て、僕は特務隊入隊を決めました。間違えよりずっと感謝されることのほうが多いはずです」


 そうか、と渓多チーフが笑みを広げている。だからこその結論を出した。


「やはり天風をこのまま行かせるわけにはいかない」


 取り囲む第二分隊戦闘員が、一斉に銃を構え直す。


 結論変わらずですか、と呟く栞里はグレネードランチャの引き金へ指をかけた。

 天風としては自分のせいで特務隊とくむたい同士における傷つけ合いへ発展させたくない。だが状況を踏まえたら、手前勝手な綺麗事でしかない。撃つと同時に奥様を連れて、とする栞里の小さな声に、「すみません」と返すしかなかった。


 銃撃戦の勃発に備え天風が愛莉紗の腕を取ろうとした。


「おいおい勘弁してくれ。庁舎前で特務隊の間においた戦闘なんてされたら、俺のキャリアが無傷じゃすまないんだよ」


 不意に響き渡るは、よく聞く声であった。


「本部長、凄くいいタイミングです。来てくれて助かりました」


 心底から感謝の天風に、「だろだろ」とご満悦の仆瑪都ふめつである。


「なにしに来た」


 渓多チーフが冷たく言い放つ。


 にやりとする仆瑪都は年配の特務隊チーフへ視線を向けた。


「なにしには来たはこっちのセリフだぜ、オヤジ」


 トントンと肩を突っつかれ振り返る天風の耳元へ愛莉紗が質問を投げる。


「ねぇ、オヤジって言っているけど、徒弟とてい関係かなにか」

「いえ、本当の血が繋がった親子です」

「そっか、そうね、よく見てみれば似ているっていえば似ているかも」


 栞里が割り込んできた。


「でも父親と息子だっていうくせに、感じがずいぶん違いますよね」


 父とする渓多チーフは質実剛健といった趣きに対し、息子の仆瑪都はスマートではあるものの、やはりどこかチャラい感じは否めない。


「おー、天風の奥方、お久しぶり。相変わらず美人だな〜」


 と、かけてくる姿だけを切り取ればナンパしているとしか捉えられない。


「それでなにをしに来たんだ、と訊いているんだ」


 渓多チーフのやや怒気を含んだ言い回しが、近しい関係を物語ってくる。

 仆瑪都も気安く思うのか、他人なら気を悪くしそうな笑いを浮かべてくる。


「それはもう自室まで充てがわれた庁舎の損壊を防ぐためが第一だな。本当なら執務室で天風たちを迎え入れて話し合う予定だったんだぜ。それなのに下でオヤジたちが銃を構えているくらいならまだいいが、迎撃に詩加波うたかわが出ていると聞いちゃ来るしかないだろ」

「それって、わたしのせいみたいに聞こえます」


 栞里の抗議に、仆瑪都は急変して真面目な顔と口調をもって応えた。


「詩加波戦闘員。その点に関しては自覚はあると思うが、違うか?」


 栞里が黙り込むから、天風としてはフォローせずにいられない。


「栞里さんは優しい素敵な方ですよ」

「ああ、天風の前じゃ、そうかもしれないな」


 やめてーと訴える表情の栞里を無情に切り捨て、仆瑪都は教える。


「詩加波わな、魍獣もうじゅう被害が酷くなってきたトキオで引き取ってもらえないか、と懇願させたんだよ。あっちでは魍獣より特務隊の凶獣と呼ばれるこいつらのほうが手に負えないんだと」

「わ、わたし。渓多チーフを撃つ気なんてありませんでしたから」


 栞里なりに一生懸命な言い訳が却って仆瑪都の笑いを誘ったようだ。


「だからって建物を全部ぶっ壊していいとはならないんだよ。極端なんだよなー、凶獣連中は。さすが天風に憧れるだけはある」

「本部長は、なんか僕をどさくさでディスってませんか」


 いちおうであるが天風もまた不服申し立てをした。

 ははは、と仆瑪都は今度こそ笑い声を立てた。


「ワルい、悪い。じゃあ、とっておきの情報を教えてやる。でも天風だけじゃなくて、ここにいる者全てに聞いて欲しい話しだ」


 天風一向よりも、渓多チーフのほうが顔に険しさを刻んでいる。自分の息子だけあって、ただならなぬ前兆を感じ取っていた。


 本部長という高い地位へ異例の早さで到達した渓多仆瑪都が口を開く。


希愛のあという娘は妖じゃない。分類するなら、天風に近い存在だ」


 取り敢えず相対する全ての銃口は下げられた。

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