第3章 あやかしじゃないと言われても<3>
しばらく謹慎処分になると、
けれども休みは襲撃を退けた朝を含めた三日間だけと相成った。
家族実習に子供を加えるからには準備が必要だろう、とする上司の配慮だったらしい。
部下を四名、しかもうち三名を死亡となった。責任を取ってチーフ解任くらいあって然るべきだ。ところが責任を負うどころか厚意による休暇だったと知らされれば驚きを隠せない。
「チーフ抜きで行かせたのは、こっちだからな。責任は指示する側にあるってもんだ」
「なら本部長の立場がまずくなったりしませんか?」
天風の心配に、笑いながらの答えが返ってくる。
「長官が責を取って辞任となった。問題なしだ」
「それって問題ありありじゃないですか」
「今回、ダメになった四人だけどな。あれ、長官の肝入りだ。だから他の分隊で煙たがられて、たどり着いた先が天風の第七分隊というわけだ」
全然知らなかった。事情に頓着しない天風だから、任務に少し真剣味が足りないくらいにしか考えてこなかった。もしきちんと実力を計れていたら、死ぬような目に遭わなかったかもしれない。
天風の落ち込む様子から、仆瑪都は察したのだろう。
「あのな、天風。おまえ、自分がしっかりしていれば、なんて思っていないだろうな」
「え、いえ、その……思ってます」
隠し事ができない態度に、やれやれといった仆瑪都が説明を開始する。
データ上においても、第七分隊チーフの過重は問題になっていたらしい。他に限らず特務隊全体の過去事例と照らし合わせても、戦闘内容が天風に依存しすぎではないか。決定的としたのは、先日の街中で暴威を振るった樹木の魍獣を迎え撃った一件だ。オフィス街で防犯カメラが多かったことからかなりの映像が残った。
「おまえは気づいていないかもしれないが、援護は出来ないにしても周囲に対して避難を促すなりなんなりして当然なのに、ぼーっと立っているだけじゃなく、へらへら笑って見てやがる。こいつらは現場から下げて、後方勤務への具申もしたんだぜ」
どうやら現場ですむ話しではなくなっていたらしい。
「でも長官として四人を推した手前、降格に等しい処遇は避けたいようだったんだな。だからチーフ抜きの実績を作らせたいとする、長官直々の指令だった。場所が場所だったし危険な魍獣は出てこないと踏んだものの、見事に裏切られたわけだ」
死傷した四人には悪いと感じつつも、天風はほっとしてしまう。自分のせいで仆瑪都が更迭されるような目に遭ったら申し訳ない。
「まっ、そういうわけだから。責任はこちらにこない、問題はないということだ。つまり第七分隊の再編成が当面の課題になったということだ。ところで、天風」
はい、と返事があれば、仆瑪都は感心している素振りを見せた。
「おまえ、ずいぶんすっきりしたのな。床屋にいくなんて、やっぱり嫁さんのおかげか」
「これはメリさんが直々切ってくれたです。凄くないですか」
まるで自分の自慢をするかのように、天風が胸を張る。
「センスいいよな。俺からすれば短くしたらパンチパーマになって、強面の天風になるんだと思っていたぞ」
「でもこれ、少しでも伸びたら跳ねるみたいです。だからけっこう頻繁に切らないとダメなようです」
嬉しそうにしゃべる天風は、実際に楽しかったと気づくまで時間を要した。
むしろ変容は本人より傍から眺める他人のほうが解るものなのかもしれない。
仆瑪都が少々顔つきへ真剣な要素を混ぜてである。
「なぁ、天風。おまえ、実習どうするつもりだ」
「えっ、続けます。まだまだ」
天風の当然とばかりな反応が、仆瑪都の口を淀みなくさせる。
「本当に今のまま実習していくのか」
「ええ、自分にはもったいないようなメリさんのおかげで、
「上手くやっていけているかどうかの話しじゃないんだがなぁ〜」
ちょっと困惑気味な様子に、天風は何か足りていない自覚をする。嫌な考えが思いつく。
「あっ、そうです。エッチな気持ちになると出る鼻血を止めたくて、家族を増やそうと思ったのでした。こんなさもしい僕に気づいたら、みんな愛想を尽かして出ていってしまうかもしれません」
「なに、おまえ。子供を引き取った動機って、そんなんだったの」
呆れる上司に、どうやら自分が余計なことを口走ったらしいと気づく天風である。あわわ、と思い切り焦っていれば、仆瑪都が肩をすくめている。
「あのな、俺が聞きたいのは次の段階へ進む気があるのかってことだよ」
「なんでしょうか、次とは」
まだ動揺が残るなかで天風が訊き返す。
前髪をかき上げる仕草が絵になる仆瑪都が、ふっと息を吐く。
「実習から本当にするつもりがあるのかってことさ」
本当? と天風は意味不明な様子を表す。
長年の付き合いである仆瑪都は、はっきり尋ねるしかないことを悟った。
「だから天風が悪役令嬢だと言っていた女を実習でなく本当の妻として迎え入れる気があるのか、正式な家族とする方向へ進む気なのか。そういうことを訊いているんだ」
えっ! と叫んだ天風である。
そこまで驚くか、と仆瑪都のほうがもっと驚いている。
メリさんが僕の本当のお嫁さん……、と天風が考えたらである。
「おい、鼻血出てるぞ」
と、目前にある上司から指摘が入った。
慌ててポケットからハンカチの取り出して鼻を押さえる天風であった。
本部長のデスク上にある電話がけたたましく鳴った。
はい、と仆瑪都が受話器を取り上げれば、やり取りが聞こえてくる。
「そんなの第五分隊に……なに、別件で出払っていない! 他は……他も出ている……無茶言うな、こっちはまだ編成がすんじゃ……なに、先だってジェヴォーダンが出現した近くの公園……おい、天風、待て!」
場所の当てがつけば、じっとはしていられない。かつて見た住人たちの顔が浮かべば、天風はドアを蹴破るように開けて出ていった。
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