家族実習 〜妻は悪役令嬢で、娘はあやかしとされ、ペットは化け猫だそうです〜

ふみんのゆめ

家族になろうよ篇

序章 出会いと言われても

 やや油断があったかもしれない。


 駆除すべき魍獣もうじゅうは樹木系。火力を武器とすれば組みやすい相手としたところに隙が生まれてしまったか。


「チーフ、どうしますか」


 尋ねてくる声は一つではない。四つ、部下とする人数分だけ挙がってくる。いずれも黒の戦闘用ヘルメットとスーツにタクティカルベストを身に付けた者たちで、ライフルを構えている。


 少し無理するか……。


 胸のうちでそう呟くチーフと呼ばれる男は、部下とする誰よりも小柄だ。体格だけで判断するなら最も頼りなさそうに見えなくもない。


「今からいきます、周囲の安全は頼みます」


 チーフに違いない男は答え、ヘルメットを脱ぎ捨てた。

 ぶわっと広がる髪は、派手なパーマだ。縮れてうねる毛が、もじゃもじゃ頭を形成している。

 髪型と共に現れた顔は、まさに童顔といった作りだ。戦いの場には相応しくない、少年を想わせるあどけなさを強く残していた。もっとも敵を見据える目つきは過酷な経験を踏まえてこなければ宿せない鋭さがある。


 視線の先には、山奥に生えていそうな大樹たいじゅが繁華街の中心に聳えていた。

 ビルの間に緑の葉を広げていれば、画家の心を捉えそうな構図だ。ただ一幅の風景画として描くには、大樹は動き回っている。舗装路を抉りながら、枝を棍棒のごとく振り回し、つたを鞭のようにしならせ突き進む。

 フロティアから来た怪異と獣が混ざ合わせたような存在で、たいていが知性はなく本能のまま暴れるところから『魍獣もうじゅう』と呼ばれている。種類は多岐に渡れば、形容や能力もさまざまだ。度重なる被害に、それに特化した対処を可能とする機関が求められた。


 シティ平和維持特務隊とくむたいと呼ばれる戦闘部隊が結成され、人間以外が起こす犯罪や破壊行動の問題解決に当たるようになっていた。


 今回の魍獣は大樹系だ。本能のままに街の破壊を繰り返している、といった感じだ。


 現場に当たった特務隊のメンバーからすれば、組みやすい相手だった。気をつけるべき点は破壊力のみと言っても過言ではない。大木に相当する枝が振り回され、数多に伸びる蔦が面倒ではあるが、所詮は一匹だ。討伐は難しくないはずだった。


 厄介にしていたのは、人質がいたことだ。


 オフィス街を進撃してきた大樹の魍獣である。ビルを根元からといかなくても、階丸ごとを持っていく損壊は与えてきた。伸ばす枝はかなり太いものが多い。

 破壊していた際に、引っかかったか。

 スーツの破れ具合が運悪く樹枝に絡まれて持っていかれたことを物語っている。今は必死にしがみついている。振り落とされたら三階くらいの高さから真っ逆さまである。


「あんたらー、早くたすけなさいよー」とする声もする。


 ヘルメットを脱ぎ捨てたチーフと呼ばれたもじゃもじゃ頭の男はタクティカルベストも外す。手や腕に脚といった部分に巻き付けた防護装備も続いて解かれていく。身体の線が明確になる黒のインナースーツだけの薄着となった。


 危険な薄手の格好で大樹の魍獣へ向かっていく。


 飛び込んでいくチーフと呼ばれた男は、蔦の攻撃は気にしない。活動に支障はないと判断してのことだろう。鞭で打たれるに等しい威力は服を破り痣をこさえていくものの、距離を詰める一点に行動を集中させている。


 大樹本体に迫った。

 樹枝が向かってくる相手へ振り降ろされていく。次から次へと何本も繰り出されてくる。

 チーフと呼ばれた男は避けるだけではない。自分へ目がけてきた樹枝を全て踏み台にしてみせる。駆け昇っては、最後とばかりに襲いかかってきた太い枝を蹴り上げた。


 宙を舞うチーフとされる男が左腕を掲げた。


「ファイヤーナックル!」


 叫びに呼応するかのように、拳に当たる部分が赤くなっていく。間違いなく灼熱を帯びた左腕の先端だった。


 傍目にも尋常とは思えないパンチが、暴れ回る大樹の幹へ向かう。打ち込まれて樹木の魍獣は動き止めた、次の瞬間だった。


 パンチを喰らった箇所から火の手が広がっていく。

 炎となるまで、瞬く間であった。


 街の只中で燃え盛る樹の魍獣。そこからさほど離れていない地点に二人はいた。

 もじゃもじゃ頭のチーフが右腕に救助した女性を抱えている。


 彼女の黒い瞳は強い意志を閃かせているようだ。樹の魍獣を焼き払う際の煤で汚れようが、流れるような黒髪を抱く容貌は一分も損なわれていない。胸は豊かに突き出ており、尻は小さく、手足は長い。

 抜群のプロポーションと表現したくなる美人であった。


 だからだろうか。

 体勢的に間近で見つめ合う形となれば、少年の面影を強く残す男の頬が赤みを帯びた。


「け、怪我はありませんか」


 優しくというより、ずいぶん畏まって尋ねた。

 焼け焦げた衣服が間一髪で救われたことを物語っていたが、女性はまず感謝より顔をしかめた。


「なに、この匂い。あんた、臭いわよ」

「すすす、すみません。ここずっとお風呂に入ってなくて」


 男は泣きそうな声で、急いで女性を降ろす。慌てて背を向け走り去ろうとした。


「ちょっと、あんた。待ちなさいよ」


 呼び止められて、「はい?」と男は振り返る。左腕は熱が冷め切れていない赤を残していた。


 女性が腰に手を当て胸を張るように立っていた。


 改めてスタイルの良さを感じ、綺麗な方だと男は認識した。


「あんた、行く前にさ」

「はい、なんでしょうか」

「あたしにお礼を言わせなさい」


 女性は偉そうにしか見えない姿勢を崩していない。

 けれども男の顔はこれ以上にないほど和らいだ。そんなのは……、と止めるための言葉を口にしかけた。


 ひゅぅ、と風が吹いてきた。


 道端に落ちている枯葉を動かす程度の強さだ。

 頬を気持ちよく撫でる一方で、布の端くらいはためかせられる。

 焦げ跡もある破れた衣服へ悪戯を起こすだけの力はあった。


 はらり、女性の着ていたものが落ちていく。


 あら? と服の下が露わになった当の女性は冷静だ。


 彼女の感情が大きく動いたのは、一拍の間を置いた後であった。


「えー、なによ、どうしたのよー?」 


 驚愕を抑え切れない叫びを挙げた。


 目前のもじゃもじゃ頭をした黒いインナースーツ姿の男が、どうしたことか。

 ぶしゅー! と大量の血を派手に噴出させたのである。



 これが咸固乃天風みなもとの てんぷう愛莉紗めりしゃの、ふたりの出会いであった。

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