第61話 犠牲者

 仮面と派手な衣装のジョーカーと呼ばれた人物は、外灯の上で腕組みをして立っている。


「タイラント、灰の財団について教えなさい」


 ジョーカーは、変声機で変えたような声で言った。


「しつこいヤツだな。あの時は、知っているって答えたけれど、実は知らないんだ。……ということで、見逃してくれないかい?」


 タイラントは、ジョーカーを警戒しながらも、由記子や紫乃の方を確認する。


 ジョーカーは、右手のひらをタイラントに向けた。刹那、電撃がタイラントに向けて放たれる。轟音が鳴り響いた。


 だが、その電撃はタイラントに届くことはなかった。コンクリートの壁が隆起し、電撃の直撃を防いだのだった。


「ちょっと、やめてくれないかい。スキャンアームズが壊れたらどうするんだ。あの時は、君の異能に興味があったからだったけれどさ。もう、お互い相性最悪なんだから、絡まないでほしいなぁ」


 タイラントは、余裕の顔で文句を言った。そして、右手をピストルのように構えて、外灯に立つジョーカーに狙いをつける。先ほど隆起したコンクリートの壁の上半分が、無数の弾丸の様になり、ジョーカーに向けて一斉に発射された。


 だが、そのコンクリートの弾丸は、ジョーカーに命中することはなかった。いや、正確には命中しているのだが、すべてジョーカーの身体をすり抜けていく。電気の身体を通過していく。

 

「それは、効かない」


 ジョーカーのその言葉に、タイラントはむすっとした表情を浮かべて返す。


「知っているよ。ああ、ほんと邪魔なやつ。異能の相性で、永遠に引き分けなのに、君はなんで仕掛けてくるのかな?」


「灰の財団のことを、教えなさい」


 ジョーカーの変声された声が響く。


「だからさ、やっぱり知らないってことにしておいてくれないかな?」


 再びタイラントは、残る壁からコンクリートの弾丸を生成する。狙いをつけて撃った。


 ジョーカーの身体を、コンクリートの弾丸がまたすり抜ける。


 由記子は、身体を起き上がらせた。目の前で繰り広げられている異能者同士の戦闘を注視する。


 ジョーカーの姿とコンクリートの弾幕に気を取られていた。気づくと、タイラントはその場にいなくなっていた。


 由記子は、あたりを見回す。


「しつこいよ、ジョーカー。君にはかまうつもりないんで、用事を済ませて、退散させてもらうよ」


 タイラントは、藤平紫乃の近くに立っていた。地面下のコンクリートに溶け込み、抜けてきたのだ。


 紫乃は目の前にいるタイラントに怯えていたが、右足を灰色のコンクリートの手に捕まえられていたままだ。逃げられない。


「藤平紫乃さん、申し訳ないけれど、邪魔が入ったので手早く処理させてもらうよ」


 彼女の両腕は、あらたに地面から伸びてきた灰色の手に掴まれる。身動きが取れなくなる。


 その時。


 タイラントの目の前にメダルが出現し、飛んできた。紫乃に気を取られていたタイラントの額に当たる。タイラントの身体が怒りで震えた。


「白峰由記子!! お前も邪魔をするな!」


 吠えると、タイラントは右手を下から上に押し上げる。その仕草に連動するように、コンクリートの壁が現れた。由記子とジョーカー、タイラントと紫乃を隔てる壁だった。


 だが、そんな壁を無視して、メダルがまた目の前に現れて飛んできた。タイラントは予期していたので、飛んできたメダルを右手で掴んだ。見ると雪の結晶が描かれたメダルだった。手元で銀色から金色に変わっていく。


 タイラントは思った。なんの変化だ。白峰由記子の異能は、ただメダルを飛ばすだけなのか? 気味が悪くなり、タイラントはそのメダルを捨てた。


「じゃ、死ね、藤平紫乃。君は、この街の秘密のひとつに近づき、知りすぎた」


 紫乃は、身体に衝撃が走ったのを感じた。次に、口から血があふれる。細かく震えだした頭を傾げて、衝撃があったところを見た。身体を太い棒状のコンクリートが貫いていた。


「……た、たすけ」


 あふれた血が、紫乃が言葉を発するのを邪魔する。彼女の命が消えていくのを、タイラントは見ていた。そして、ターゲットが絶命したのを確認すると、異能を解除した。


 紫乃の身体が崩れ倒れる。コンクリートの壁も地面に消えて、ジョーカーと由記子と対峙する形になった。


 チャリン。


 紫乃の手から、金色のメダルが落ちて転がった。りんごの絵が刻まれている。


「ん、なんだ? またメダル?」


 タイラントは、先ほどの気味が悪いメダルを思い出し、警戒する。白峰由記子の異能だろうと用心深くなる。おそらく戦闘用でない異能だ。だとしたら……何ができる異能なのか。


 由記子は、倒れた紫乃の身体から血が広がっていくのを凝視していた。助けられなかった。……せめて、紫乃が遺したメダルを回収しなくては。


 予告もなく雷撃が放たれた。ジョーカーがタイラントを狙ったのだった。


 レンガを崩し、隆起したコンクリートの壁が雷撃を防ぐ。


 由記子は、その隙を狙って紫乃のそばへ駆け寄ろうとした。優先すべきは、紫乃が遺したメダル。


 メダルは由記子の異能で生成したものなので、色が変わったことは認識できていた。金色になっている。つまり、紫乃は、由記子に伝えたかったことを、あのメダルに記録として遺すことができているということなのだ。


「ふん。このメダルがやっぱり欲しいのか。どんな仕掛けがあるのか知らないが、……預かっておく方が面白そうだ」


 タイラントは、紫乃が遺したメダルを拾った。由記子は、悔しさからタイラントを睨む。


「これはお土産にもらっていくよ。では、さようなら。もう君たちには興味ないからさ。バイバイ」


 そう言って、タイラントは地面に消えた。正確に言えば、コンクリートの中に溶け込んだのだった。

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