第60話 雷光の乱入者
白峰由記子と藤平紫乃の前に現れた若い男は、スキャンアームズという端末を見せながら、言葉を続ける。
「ぼくの名前は、タイラント。もちろん、本名じゃないよ。コードネームってやつさ。『暴君』って意味なんだけれど、温厚なぼくには似合わないよね。ああ、そうそう。仕事は、この街の掃除だ。俗っぽく言うなら……殺し屋かな」
そう自信に満ちた顔で言いながら、二人の元へと近づいてくるタイラントという男。
自由の森公園の噴水広場は、公園の入口からコンクリートの上にレンガを敷いた広い道になっている。彼の歩くところだけ、そのレンガが波打っている。歩いた跡は元のレンガ道に戻っているが、異常さが見て取れる。
白峰由記子は、一層警戒する。この男の目的は何なのか。紫乃に狙いを定めているのは明らかだ。そして、由記子が異能者であることも見抜かれている。あの端末に何か仕掛けがあるのだろう。
「……紫乃さん、このメダルを持って、私に伝えたかったことを念じておいてください」
囁くように言って、タイラントに注意を払いながら、由記子は紫乃にりんごが描かれた銀色のメダルを渡した。さらに続ける。
「この街には、異能者と呼ばれる、魔法や超能力のような能力を使う者が増え、蠢いています。目の前のあの男もそうです。……おそらくですが、クレスト・グラント製薬の秘密も関係しているでしょう。ここは私が何とかしますから、逃げてください」
由記子は紫乃の顔を見た。怯えている。だが、彼女はうなずき、迫ってくる男から離れる方向へ走りだした。
「おっと、逃げられると困るんだよね。情報漏洩とおぼしき現場を押さえたんだからさ。会社の機密情報を漏らしたら、ダメだよ。疑われているんだよ、藤平紫乃さんは」
タイラントというコードネームの男は、駆け出した紫乃の方へ右手をかざした。
「!?」
突然、紫乃のそばの地面からレンガを跳ね除けてコンクリートの手が伸びた。まるで灰色の粘土のような柔らかさで、その手は彼女の右足を掴む。紫乃は転びそうになったのを、なんとかこらえた。強力な力に掴まれて、その場から動くことができなくなった。
「藤平紫乃さん、ぼくからは逃げられないよ。大人しくしておいてもらえるかな。そして、えっと、白峰由記子さんだっけ。異能者のようだけれど、ぼくの方が格上なんだ。どうする? 彼女を見捨てて、逃げるのもありだよ」
タイラントは不敵に微笑んでいる。紫乃はふり返って、由記子のことを見ている。メダルを握りしめているようだ。
「…………どうして、君の方が格上なんだい?」
由記子は、考えを巡らせながら、推測した答えを確かめるように問いかける。時間を稼ぎたかった。由記子は、タイラントの指摘どおり、異能者だ。だが、その能力は戦闘向きではない。
「君はオレンジで、ぼくがレッドだからさ。意味わかんないかもしれないけれど。あ、ちなみに藤平紫乃さんは、一般人だ。異能は持っていないよ」
タイラントは、ニヤリと笑った。明らかにこの場の強者は、自分であると自信を持っているのだ。
由記子は、手のひらの中に二枚メダルを生成する。どちらも雪の結晶が描かれていた。
彼女の異能は、特別な機能をもったメダルを生成する能力。そして、メダルを狙った相手に送る能力もある。
「紫乃さん、今からその足にまとわりついている粘土のような手は何とかするから、逃げて!」
由記子は叫んだ。そして、タイラントに向かって、生成したメダルを指で弾くように構える。
「ん? なんだそれ? 白峰由記子さん、それが君の異能か?」
由記子は思う。チャンスは一度きりだ。タイラントの異能は、おそらく戦闘向きだろう。殺し屋とも言っていたし、紫乃の右足を掴んでいる灰色の手は外すことができないほど強力なようだ。
雪の結晶が描かれたメダルは、あらかじめ指定した記憶を奪うことができる。数秒程度、相手の首より上にメダルをあてておくという条件がある。何の記憶を奪うのか。狙うのは『異能の使い方の記憶』だ。使い方さえ忘れてしまえば、どんな異能も無力だ。
由記子は、メダルをタイラントに向けて弾いた。そのメダルは直線上に進むと思いきや、消えた。一瞬でタイラントの目の前に、弾かれた勢いで飛ぶメダルが現れる。
超能力でいうアスポート。物体を別の場所に送る能力だ。由記子は、自分が生成したメダルだけ、それができる。
タイラントは、急に現れたメダルに驚き、無理やり避けようとする。その隙をついて、由記子はタイラントとの距離を詰める。右手で持っているもう一枚のメダルを、タイラントの顔に当てようとした。
だが、由記子のその手は届かなかった。地面からレンガをかき分け、灰色の拳が伸びてくる。その拳を受けて、由記子は吹っ飛ばされた。地面に転がる。
「何をしたかったか知らないけれど、ぼくに危害を加えようとすると、自動でこのコンクリート製の手が防いでくれるんだよ。残念だったね」
強烈な打撃を喰らった由記子は、土の地面にうずくまっている。顔を上げるが、すぐに立てそうになかった。
「大した異能ではなさそうだ。ちょっと期待していたんだけどな」
タイラントは余裕な顔だった。
その時だった。
公園の外灯がカチカチと点滅する。そしてLED照明部分から、バチバチと音が鳴った。外灯を中心として周囲に放電が起きる。その放電は外灯の上に集まりだすと、人の姿を形どる。
左右非対称の表情の仮面をかぶった人物が現れた。
深緑の長い髪を二本に結えている。服装は、赤と黒のハーフ&ハーフ。右半身が赤、左半身が黒で、チェックの柄がところどころに施されている。トランプを想起させるような衣装だった。
ひと言で表すと、トランプのジョーカーのような姿だった。
「……良いところで出てくるなよ! このジョーカーがッ!」
タイラントは、由記子たちを無視し、外灯の上に立つ謎の人物に鋭い視線と怒りをぶつけた。
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