龍刻の転生者

勇者 きのこ

序章

第0話『New game』

 




 俺の人生は18年と、とても短かった。


 後悔もある。たくさんある。やりたいこともある–––––まだDTだし。



 武家に産まれ、周りの人間よりも厳しく育てられてきた。

 父曰く、「お前のためだ」そうな。


 唯一自由にできるのは学校だけだし、友達と遊ぶこともほとんど無かった。


 だからだろうな、友達は多い方では無かった。

 それでも俺と仲良くしてくれる奴はいたよ? 変わった奴らばっかだったけどな。


 ––––って、あれ? 俺なんで死んだんだっけ?





 –––––





「おーい! 待ってよ、期待の新星さん!」


 いつも通り学校から帰る途中、後ろから聞こえてきた声に振り向く。


「帰ったらまた稽古? 飽きないっすねぇ〜」


 声の主はこの土砂降りの雨の中、傘をさしながら小走りで駆け寄って来る。


 この陰鬱な天気の下でも太陽のような笑顔をする彼女に、心底うんざりする。


 よっす! と手を挙げ、気楽な感じで挨拶をしてくる彼女を一瞥した後、俺は気怠げにまた歩き出す。


「あ、待ってってば! 一緒に帰ろーよ?」


「うるせぇよ、別に好きで稽古なんか……」


 彼女は悪くないとわかっているのに、八つ当たりをしてしまう自分に吐き気がする。


「もうすぐで剣道の大会があるんだよ。絶対に優勝して、あのクソ親父を見返してやる」


 やれ踏み込みが浅いだの、集中しろだの。


「あー、私の家まで聞こえてきてたよ? 『その程度の実力で優勝したら自由にさせろだの、笑わせる』だっけ? 相変わらず厳しいね〜」


 なんでまた? と聞いてくるバカを無視して、俺は歩みを早める。


「俺としちゃクラスでも隣のくせに、家も隣なお節介野郎の方をどうかしてぇけどな」


「そんなこと言っちゃって〜! –––––え、本気で言ってるの? ねぇってば!?」


 ムスッと頬を膨らませる彼女の言葉を無視していると、とうとう痺れを切らしたのか腕を掴まれて引き止められてしまった。


「–––––ねぇ、本当にどうしたの?最近の君さ、なんか心ここに在らずっていうか……昔からそうだったけど、特にひどいよ」


 本気で心配してくれているのだろう–––––彼女の真っ直ぐな瞳の中に、自分自身の顔が映り込む。


「–––––やらなきゃいけない事がある気がするんだ、なんか大事なことを忘れちまってるような……」


 この感覚はいつからだったか–––––焦燥感に身を焼かれるような、誰かに呼ばれ続けているような。


「そういえば、よくそんなこと言ってたね……。覚えてる?小さい頃さ、君が家を飛び出して大騒ぎになったよね」


「そんな昔のこと、よく覚えてんな……」


「そりゃそうだよ、大変だったんだからっ!–––––見つけたのも私だったし……」


 あぁ、そんなこともあったな。


 クソ親父は少しも焦った様子は無かったし、家に帰っても何も言われなかったのを覚えてる。


「あの時もこんな大雨でさ、神社の中にあるお賽銭箱の前で泣きじゃくってたよね–––––『行かなきゃ』って」


 会話が止まり、気づけば互いの歩みも止まっていた。


 しばらく沈黙が流れ、雨の音だけが響き渡る–––––。


 「–––––おいっ!あそこだっ!!」


 その沈黙を破ったのは俺でも彼女でもなく、数十メートル先にある橋の上の人混みだった。


「どーしたんだろ?何かあったのかな……」


「知るかよ。この雨で川も増水してるってのに、落ちたらどうすんだ」


「知るかとか言いつつ、結構気にしてるじゃん……」


 バカの言うことは無視して、人混みを横目に通り過ぎようとした––––その時だった。


「いたぞっ!!救助はまだ来ないのか!?」


「お嬢ちゃん、もう少しの辛抱だからッ! しっかり掴まってるんだよ!!」


 –––––まさか、という考えが脳裏を横切る。


 顔を見合わせ急いで駆け寄ると、凄まじい勢いで流れる川の中に、流されまいと必死に木の棒に掴まっている少女の姿があった。


「ど、どうしよう!? あの子、流されちゃうよ!?」


 少女は度々水に呑まれては顔を上げ、今にも流されそうだ。


「––––あっ!」


 そうこうしている間に少女の腕に限界がきてしまい、とうとう棒を離してしまった。


「あ、おいッ!」


「誰か飛び込んだぞッ!!」


 –––––気がつけば俺は、激流の川へと飛び込んでいた。


「くそッ! 服が重い!!」


 なんとか少女に追い付き、しっかりと抱きしめる。


「おいっ!もう大丈夫だ、すぐに助けてやるからな!!」


 今まで経験したことのない激流が身体の自由を奪い、激しい音が思考を遮る–––––。


 そこまで太い川じゃない、焦るな落ち着けッ!!


 川の流れに逆らわず、斜めに降ればなんとか––––ッ!!


「くそッ!!届けッッ!!!」


 決死の思いで、何とか岸際に生えていた草を掴んだ。

 流されまいと力を振り絞って体を引き寄せる–––––。


「ぷはっ!–––––おい、先に上がれ!」


 俺は抱えていた少女を岸に上げた。

 まだ意識はあるらしく、恐怖と寒さに体を小刻みに震えさせている。


「くっそ! 服が重くて体が言うこと聞かねぇ!!」


 川の流れに耐えながら岸に上がるには、水を吸った服が重すぎる–––––。


「くそっ、誰か! 手を貸してくれ!!」


 急いでこちらに駆けてくる人たちに向けて叫んだ–––––だが。


「おい、兄ちゃんッ!危ねぇぞ!!」


 1人の爺さんが指差す方を見ると、凄まじい勢いで流れてくる大木が目に入った。


 この大雨で地面がぬかるみ、川岸に生えていた木が激流にさらわれたのだろう。


 すでに大木は俺のすぐそばまで迫ってきていたようで、瞬く間に俺の頭部に直撃した–––––。





 –––––






 目が覚めたら、見知らぬ真っ白い空間にいた。

 最初は病室だと思った。


 だが、すぐに違うと理解した。

 目の前に光に包まれた–––––神々しく、淡く輝く羽を生やした女性が佇んでいたからだ。


 –––––そして、今に至る。



「……えーと?」


 目の前にいる女性はとにかく普通じゃない。


 頭の上には神々しく輝く光の輪。

 その光に照らされてキラキラと淡く光る長く真っ白い髪。


 背中には八枚の翼。

 その翼は彼女の美しさをさらに引き立てていて、これまた神々しい。

 そんな女神が、太陽のような暖かい微笑みでこちらを見ている。


 あぁ、そうか、そういうことか–––––ようやく理解できた。


「あー俺、死んだのか……あんたは女神様・・・?」


 苦笑いを浮かべながらそう言うと、彼女は微笑みながら答えた。


「–––––ちょっと言いにくいですが、そうですね……ですが、私は長い間この場所で貴方が来るのを待っていたので会えて嬉しいですよ♪」


「……俺を?」


「ここがどこで、なにが起こっているのかちゃんと説明してあげたいのですが……。もはや一刻の猶予もありませんので、簡潔に説明しますっ!」


「貴方は本来、これより死者の世界へ行くはずでしたが、私が無理やりここへの道を繋げました–––––それがバレるとちょっとマズいんですよね……」


 何かに怯えるようにキョロキョロと挙動不審な様子だったが、こほんっと咳払いをし改めて説明を始め出した。


「これより貴方には転生・・をしてもらい、救って欲しい世界があるのです」


「そのの世界では今、《闇の龍神》が永き眠りから目覚めようとしています! かの邪悪な存在が地上に出てしまったら、世界は瞬く間に滅びゆくでしょう……。ですから、貴方には“対”の存在である《光の龍神》の力を受け継ぎ、勇者として世界を–––––」


「–––––待て、少し待ってくれ! いきなり闇の〜とか、光の勇者〜とか言われても理解できるか!! てか、俺にそんな大役無理だって!!」


 こういうファンタジーなラノベ展開は他でやってくれ!

 俺まだ死んだばっか! わかる?!


「いきなり信じてくれと言われても無理なのは承知ですがっ!もう貴方しかいないんですよっ!!」


 凛とした表情は一変し、幼い子供のように青い瞳に涙を浮かべながら頬を膨らませている。


「 200年もここで私はずーーっと貴方を待ってたんです!前の世界と合わせたら500年もですっ!!––––– それはもう貴方の一生をこの目で見ていましたとも!!あーっんなことや、こーっんなことまでねっ!!」


「仮にも女神が駄々をこねるんじゃねぇ! てか、なに人のこと覗き見してんだよ!! デリカシーってもんがねぇのか?!」


 これまで静々と佇んでいた女神が一変。

 まるで子供のようにギャーギャーと駄々をこね出した。


「そもそも、貴方が悪いんですよ! 本当ならまたあの世界に転生するはずだったのに、記憶も使命も何もかも失くして別の世界に転生したんですからねっ?!」


「そんなこと俺が知るかよ!」


 –––––ん? “また?”


「もしかして、俺は前にその世界で生きてたのか……?」


「そうですよっ! 私と一緒に闇の龍神と戦って、やっとの思いで封印したんですよ……。それなのに、約束も守らず死んじゃうなんて……」


「–––––当たり前だけど、前世のことなんて覚えちゃいない。まだあんたの話を信じたわけじゃないけどな」


 俺がそう突き放すと、女神は頬を膨らませてムスッとした表情をする。

 可愛いけど、そんなのに惑わされはしない。可愛いけど。


「良いですよ、わかりました! また勝手に転生すれば良いじゃないですか! カタツムリになって、ニョロニョロしてれば良いんですよっ!」


「–––––は? カタツムリがなんだって?」


 俺がそう問い返すと、女神はニヤリッと勝ち誇ったような笑みで答えた。


「そうですよね〜、知らなかったですよね! このままいけば、貴方の来世がカタツムリだということは–––––」


「–––––はい! 俺やります! 世界救いに行くんで転生させてくださいッ!!」


「なんというか、たくましいですね……」


 カタツムリになるくらいなら、世界救う方がマシだろ!


「えっと、どこまで話しましたっけ……」


「光の龍神の力を受け継いで、闇の龍神を倒せってとこまで」


「ちゃんと聞いてるじゃないですか……」


 コホン、と咳払い一つして女神は話を続けた。


「この場所で話せる時間はあと僅かなので、手短にいきます。詳しいことは、向こうで貴方の眷属が話してくれるでしょう」


「では、これを–––––」


 女神がそう呟くと、目の前にフワフワと光輝きながら漂う光の玉が現れた。


 それは俺の周りをクルクルと飛び回ったあと、俺の中へとスッと入っていった、そう表現するしかない。

 なんとなく、俺の中に何かが入ってきた感じがしたからだ。


「…………? それで?」


「で? って言われても、これで力の譲渡は終わりです。私の中にあった光の力は今、貴方へと受け継がれました!」


 なぜか周りから拍手と指笛が聞こえてくる、誰もいないはずなのに。


「これより貴方が転生する世界は、魔法・・異世界・・・です! 力をすぐに使いこなすことはできないでしょうが、それは貴方の頑張り次第。器が大きくなれば、使える力も大きくなるでしょう」


 女神は俺の手をギュッと握りしめ、まるで何かに祈るように言う。


「たくさん苦労もするでしょう、辛いこともあるでしょう。けど、諦めないで。貴方は私が信頼した人の魂を受け継いだ人、憧れた人。……大丈夫、今度は君の手で世界を守れるよ」


 きっとこれは、俺と、女神が知る俺の前世の人へと向けた言葉だろう。


「世界へ降り、力をつけた後は仲間を探してください。闇の龍神の力は強大です、たった一人では敵わぬ相手でしょう」


「頃合いを見て、この魔法を使いなさい。きっと、貴方の役に立ってくれるはずです」


 女神がそう言うと、俺の中にとある不思議な感覚が芽生えた。

 なんと表現すればいいかわからないが、まるで前から知っているような感覚。


「向こうの世界では、多くの種族が暮らしています。人間だけではなく、エルフやドワーフ、魔物や魔族。龍神も闇と光だけではありません。多くの者と出会い、触れ合い、手を取り合うのです」


「“天界”、“冥界”、“魔法界”。3つの世界が合わさり、一つの世界を作り出しています。天界と冥界に繋がる“扉”を見つけ、さらなる力を求めなさい」


「最後に–––––」


 そう呟いた女神はそっと背伸びをし、俺の額に口付けをした。

 柔らかな唇の感触に驚き、固まってしまった。


「沢山の障害と、多くの敵が貴方の前に現れるでしょう。時には、大事な物を失ってしまうことも。ですが、自分自身を失わないでください。自分を偽り、欺かないでください」


「貴方はとても勇敢な方……。どんな試練が立ち塞ごうとも、きっとそれを乗り越えていくでしょう……」






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