これが俺たちの新たなバレンタイン?

「はい。本命チョコ」

「え?」


 それは妹と恋人になるとかいう訳の分からないイベントを終え暫くしたある日のこと。


 男も女も誰彼問わず、カカオ豆から生み出したる黒い液体、ないし固体に現を抜かすという、チョコレート会社の販売戦略に踊らされた恋人たちが織り成す聖なる日……の放課後のマイホームにて、あんな意味の解らないポッ○ーゲームを経て以降、特に何か目立った動きを見せなかった妹が、急に言いだした言葉であった。


「まさかお前……本当に俺の事……」


 確かに昔は引っ込み思案で、俺ぐらいしか遊び相手が居なかったレベルの子ではあったが、まさかそれをこじらせたせいで、本当にお兄ちゃんのこと……


「バ、バカじゃないの?! 一応、なんだから、だったらチョコだって本命ってことになるでしょって話!」

「……あ。、まだ続いてたんだ」


 あれとは勿論、とある休日の昼下がり。



「……ねぇ、私の恋人になってよ」



 と言ってきた、あの日のことだ。


「あ、当たり前でしょ。別にまだ別れてないんだし」

「そりゃそうだけど……あの後、何にも言ってこなかったじゃん? だからてっきりあれで終わったのかと」

「た、ただ恋人って何していいかわからなかっただけだし!」

「あっそ」


 確かに、それを分かるようになるための恋人ごっこだもんね。


「……ま、いいか。それじゃあ、遠慮なく」


 そうして俺は、ありがたくチョコを受け取ったものの、実はこのイベントは俺にとって大した事では無かったりする。


 なにせ、母チョコ妹チョコは毎年貰っていたので、妹からチョコを貰うというのは年間行事の一つでしかなかった訳だ。


 勿論、ホワイトデーにはちゃんとお返しはしてたし、それ以外のチョコを貰ったことがあるかどうかに関しては、プライバシー保護のためノーコメントとさせていただくが。


「……でも、チョコなんて毎年くれてるから、恋人らしさはねぇよな」


 おかげで包みをおもむろに開けつつ、俺はそんなことを言ってしまうが、一方で妹はといえば、フフンッと鼻を鳴らすと、自慢げにこんなことを言ってくる。


「大丈夫。そこはちゃんと恋人らしい出しといたから」

「特別感ね~」


 しかし、前回の妹の発想から、どことなくその自信満々な姿には一抹の不安を感じてしまう俺だが、とにかく中を見ればわかるだろうと、綺麗にラッピングされた包装紙及び箱から中身を取り出していく。


「ほ~」


 すると、現われたる中身は、色とりどりの12種類もある一口サイズのハート形のチョコたちが綺麗に並べられている姿であった。


 アラザン……だったかな? で、綺麗にデコレーションされている普通の黒色や、イチゴ味と思われるピンク色に抹茶味と思われる薄緑色、それにミルク味と思われる白色のチョコの他、クッキーと合体してるやつとか、なんか柔らかそうなやつ等々、確かに恋人から貰えれば嬉しいと思える程の、見た目でも楽しませてくれるバリエーション豊かなチョコではあった。


 ……が。


 実は今まで貰ってきたバレンタインのチョコも、これぐらい手の込んだ物だったりするので、最近のお店のチョコは手が込んでるな~と思いつつ、一体どこが特別感なのだろうと凝視してしまう俺。


 値段かな? めっちゃ高そうだし。

 でも、兄である俺のために、そんな奮発する訳……


「食べてみたらわかるよ」


 すると、チョコとにらめっこしてしまっていた俺に、我が妹にして恋人たる目の前の金髪少女がそう自信満々に言ってきたので、それならとりあえず食べてみるかと、一番普通な黒色のチョコを手に取り一息に食べみる。


 もしゃもしゃ。


 口を動かしてみるも、味は甘さ多めの俺好み。


 苦味は無く、他の何かが甘さを邪魔するということも無く、ただひたすらに美味しいと思えるそれではあったが、果たしてそれの何が特別……ん?


「……なんだ?」


 突如感じた舌の違和感。正確には食感。


 何か細い物……というより、どこかで経験したことのある事案というか、異物が口の中に混入しているという触感に、とりあえずそれを出してみようと舌を動かして指で取りやすい場所にその何かを移動させつつ、おそらくここだろうという場所を指で触れると、その何物かをうまく掴めたと正体を目にしてみる。


 すると……


「なんだこれ?」


 それは目を細めないと見えないぐらいの細い糸のようなもの……というより、どこかで見たことがあるキラキラとした物だった。


 しかもそれは、今も目にしていると言った方が正しいと言える物で、おかげで俺がこれは何だと視線をその目にしている相手――我が妹に送ってみせる。


 すると妹は一言。



「なにって……私の髪の毛だけど?」

「いや、特別感と言っても悪い方ぉぉぉぉ!!!!」



 どちらかといえばヤンデレ気質な子が自分のことだけを見てもらおうということで入れる物!!!


 ハッピーバレンタインという言葉通りの『祝い』じゃなくて『呪い』の方!


 似てるけど意味的には真逆な方!!


「え?」

「え? じゃないし!! 何でこれ、特別感だと思ったの!? どう見ても相手に嫌われる行為だよ!?」


 少なくとも、食べ物の中に他人の髪の毛が入っていて喜んだことのある者は居ないだろうし。


「だ、だって、相手を意識させるには一番効果的だって……ネットで」

「典型的なネットやっちゃいけない子!!」


 将来、絶対に騙されちゃう子!

 変な情報鵜呑みにして、最終的には何かの宗教にはまっちゃう子!!!


「うっ……で、でも大丈夫! ちゃんと石鹸で洗ったし」

「洗えばいいってもんじゃないからね?!」


 そもそも、石鹸で洗った物を口にしたことある?


 ニンジンとかジャガイモとか石鹸で洗ったことある?!


 無いなら駄目だとわかって?!

 そもそも石鹸で洗わないとダメな時点で食べさせちゃ駄目だって気付いて!?


「うっ……」

「っていうか、手作りチョコとかで良かったじゃん! 本命チョコなら!」


 少なくともその辺で買ったチ○ルチョコを本命として渡す奴なんていないんだし。


「……え?」


 すると突然、我が妹は何故か顔を強張らせつつ首を傾げる。


「……いや、その『え?』は何だよ? 『え?』は」


 まるで俺がおかしなことを言ったみたいな感じを出してきやがって。お菓子だけに……って、何言ってんだ? 俺は。


「い、いや、だってそれ、手作りだし……」

「え? あ、そうなの?」


 まぁ確かに、髪の毛を中に入れたともなれば、お手製以外には難しいか。


 お店の商品の形を崩さず内側に入れるのなんて不可能だろうし。


「だとしたら、それだけで十分に特別感なんですが?」

「そ、そうなの……?」

「いや、そうなのって……普通に考えたらそうじゃん。相手のことを思ってないとできない振る舞いなんて、正しく特別感じゃん」


 『何であんな奴のために手作りしなきゃいけないの?』と思うような相手に、手作りのチョコなんて作る訳もないんだから。


 それなのに、何で余計な物を入れて……


「……」


 ……って、なんだ? 急に照れたような顔しやがって。


 何か言いたげだけど、それを言うのははばかられるみたいな、そんな不思議な顔を……って、まさか。


「……ねぇ、もしかして、なんだけど……今までのチョコも、全部手作りだったり?」

「っ!?」


 その反応でそれが真実だと確信した俺だが……って、マジ? あんなどこの店に出しても金取れそうな中々手の込んだチョコ、毎年俺のために作ってくれてたの?


 だとしたら、めっちゃ愛されてるじゃん、俺。


 小さい頃ならともかく、去年もそうだとしたら、やっぱりこの子お兄ちゃん大好き過ぎ……


「ち、違うし!! そ、それはその……ほ、ほら! 料理出来るのは女として……というか、人としてポイント高いじゃん?! だからその……毎年、お兄を実験台にしてたっていうか……その……」


 あからさまにテンパったように言う妹ではあるが、確かに料理スキルを持っているというのはポイントは高いことだろう。


 彼女が料理好きともなれば、彼氏としては鼻が高いだろうし。


「で、でしょ?!」


 そうして慌てたように取り繕った妹だが、何をそんなに焦ることがあるのだろうか?


 実は兄を料理の実験台にしてましたってのが、そんなにバレると不味いと思っているのかね?


 だとしたら気にすることは無いってもんだ。別にショックとか受けることでもないし。おかげで毎年美味しいチョコを食べられてる訳だしな。


「でも、そうか……今までのチョコ、全部手作りだったか~」


 おかげで、毎年のホワイトデーには適当に店で買ってきたチョコやらクッキーやらを渡してた俺の立つ瀬がないと思いつつ、とりあえず残りのチョコも食べるかと再びチョコを口にし始めた俺。


「あ、ちょっ?! た、食べるの? それ。嫌なんじゃないの?」

「そりゃまぁ、髪の毛食うのは嫌だけど……それ以外は普通にうめぇしな」


 捨てるのが勿体無いということもあるが、やっぱり手作りという物を髪の毛が入っているからという理由で捨てる訳のも何か申し訳ないし。


「……って、1個1個に全部入ってんのな。お前の髪の毛」

「……」


 そうして、全てのチョコを食べ始めていた俺をキョトンとした顔で見ていた妹だが、俺が美味しいと素直な感想を言った後には、どこか浮ついたような、どこか喜んでもいるような表情もしていた。


 やはり兄ではあっても、自分の作った物を美味しいと言ってもらえるのは、作った甲斐があるということなのだろう。


 そうして……


「ふぅ~、ごちそうさん」


 12本もの妹の髪の毛を口にすることになった俺は、それもまぁ妹のもんだしと、少しの我慢をしつつ、あっという間に妹の手作りチョコを食べ終え手にした髪の毛をゴミ箱に捨てると、


「お、お粗末様……。……」


 妹はどこか遠慮がちに、それでいて俺に何かを期待するような視線でこちらを見つめてくるのであった。


「……ん? まだ何か?」


 おかげで、まだこのチョコには隠された秘密があるのかと、舌の上に何か無いかと探してしまうも、


「ち、違うし! 髪の毛以外入れてないし!」


 しかし、どうやらそんなことは無かったようで、正直それも入れて欲しくは無かったと思いつつ、それならそれで一安心だと思う俺だが、それなら一体何を意味する視線なのだろうと首を傾げる。


 すると、妹は部屋の扉に向かいながら一言。


「……お、お返し、期待してるからね。今までのお返し……全然私のためって感じがしなくて、なんか嫌だったんだから……」

「……」


 こうして俺は、バタンと閉められた扉を見つめつつ、とりあえずはホワイトデーまでにはチョコの一つでも作れるようになっておくかと、決意するのであった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 という訳で、こちらではお久しぶりです。蛙(かわず)です。


 こっちにも本腰入れるべく、2話目を頑張って考えてみました。


 これかも不定期ですが配信していこうと思いますので、チャンネル登録的なことをしておいていただけますと幸いです。


 合わせて評価や感想などもお待ちしておりますm(__)m

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