第6話 奈落

訓練及び迷宮攻略を始めて3ヶ月目。


今日は何故か、筆頭宮廷魔術師だという人間が一緒に迷宮に潜ることになった。


「初めまして、勇者ハルキ。私はオライリーと言う。今日は君の迷宮攻略の進捗を確認するよう王族の偉い方に言われてね、視察に来たんだ、よろしくね!」


そう言って笑顔を浮かべた。イケメンだ。

長い耳を見るに、彼も王族の一人なのだろう。自然と頭が下がる。


「初めまして、こちらこそよろしくお願いします」


そう丁寧にお辞儀をする。


「私の時と随分扱いが違うね?」


エリスがそう怒っている。

何故か今日は初っ端から随分と不機嫌だ。


「まぁ、最初はまさか王女様だと思ってなかったから…」

「いいけどさ」


優しい。


それにしても、エリスのオライリーを見る目がひどい。何故か知らないけど胡散臭いものを見るような、詐欺師を見るような目をしている。

いい人そうだけどなぁ。


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今日は35層を攻略する。


この階層に出てくるのはミノタウロスだ。


シンプルに膂力があって、迷宮産の斧を持っている。


油断すると両断されるので、決して気を抜いてはいけない。



今、俺は一人でミノタウロスと向かい合っている。後ろの二人は手助けのできない位置にいる。迷宮攻略はあくまで俺の手で行わなければならないのだ。


集中。

この3ヶ月で、モンスターと相対する時に意識を集中させる感覚をハルキは身につえていた。感覚を研ぎ澄ませるーーそうしないと、あっけなく殺されるからだ。


本当に危ない時はエリスが助けてくれた。何度もそういうことがあったが、どうしても間に合わず重症を負うことがあった。特に最初の頃は。

その度に貴重な高級回復薬をふんだんに使ってくれたのだが、痛いものは痛い。要はその数だけ死ぬような思いをしてきた。


「ガァァァァァァァァァァァァァ!!!」


ミノタウロスが斧を真上から振るってくるのを素早く避ける。

しかしミノタウロスもその巨体に見合わない素早さで動く。


今度は真横に振るわれた斧を、避けれないと判断。

回避不能な速度で振るわれた巨大な斧を、槍で受けると同時に、跳ぶ。


あえて吹き飛ばされる。転がりながら衝撃を流し、即座に起き上がる。



薙槍ロンゴミニアド。先端が尖っているだけで何の装飾もなされていない、一見ただの棒のようにも見える槍。


しかし、その正体はダンジョンから産出された遺物。槍とナイフの2つの形態を持ち、「刺した部位の魔力を乱す」という性質を持つ。肉体が魔力でできたモンスターには覿面だ。

俺は普段槍の形態で使用している。


「鳥瞰透視」


この能力は、文字通り透視能力も含んでいる。その能力で、相手の正確な心臓の位置を把握する。


そして心臓に埋め込まれた魔石ごと、ハルキはロンゴミアドを突き立てた。


「ガァッ…」


小さな断末魔を発し、ミノタウロスは魔石のカケラを残して霧散した。


それから、自分の心臓に何か熱いものが流れ込んでくるのを感じる。経験値、今倒したミノタウロスの魂だ。



「エリス!やったぞ…」


そう言いながら振り向こうとして、俺の体は不自然に傾いた。そしてそのまま坂を滑るように転がってゆき、俺はそのままポッカリ空いていた大穴に飲み込まれた。




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「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」



落ちる



落ちる



落ちる




俺は真っ逆さまに落ちていた。


人間は頭が思いから頭から落ちるというのは本当だったのかと絶対今考える必要がないことを考えている。


最後の記憶は、急に地面が不自然に盛り上がってそのまま俺を迷宮に開いた大穴まで落としたことだ。あれはトラップって感じじゃなかった。土魔法だ。

オライリーだ!!あの野郎、俺のこと消しやがった!!!



「ちくしょうちっくしょうちくしょう!!!」



やられた!!騙された!!裏切られた!!


せっかくエリスが忠告してくれたのに無駄になった!!


底が見えない、絶対死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬぅ!!!!!



「あっぁぁあああああ」



なんとか頭を上に持ってくる。

足はペチャンコになるかもしれないが、頭部がトマトソースになるよりはマシだろう。


下が見えてきた。といっても真っ暗で実際にはよく見えない。


なむ。


ドゴォォォォォォォォォォン!!


辺りに、コンクリに鉄球をぶつけたような爆音が響き渡った。




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「どういうつもりだオライリー。」


場は一触即発の様相を呈していた。


静かな声色とは裏腹に、竜ですら逃げ出すだろう怒気を滲ませたエリスが鬼神もかくやという表情でオライリーにつめより、今にもその首を刎ねようとしていた。


「わ、私はゴミを処分したまでだ!!

ユニークスキルが発現しないグズをいつまでも野放しにしておけるほど、我々人類に猶予は残されてないんだよ!!!貴様も理解しているだろう!!

時間は何より貴重だ。失敗してもやり直せるが、時間は戻せないんだよ!!


勇者の枠が何人か理解しているのか?12人だ!!たったの!!12人だぞ!?
そのうちの一枠が食いつぶされることがどれだけの損失なのか、まさか聡明な剣聖様が理解できないはずはあるまい!


綺麗事で世界は救えないんだよぉ!!!!」


「1年間の猶予を与えるということで決定がなされただろう。これは王の承認を得た正式な決定だ。お前の行動は王への叛逆だ。理解しているのか?」


「あぁ、理解しているとも!だが、俺一人が罰を喰らう程度で人類が救われるなら安いもの…」


オライリーが言い終わる前に、エリスは彼を吹き飛ばしていた。


ドォォォンという音と共に壁に叩きつけられたオライリーに、既に意識は無い。




エリスの顔はまるで能面だった。


その様子は、その胸に渦巻く激情を必死にこらえているようだった。




「ごめんね、君にはいつもつらい思いばかりさせる。」




金色の剣聖は、最後に奈落に向かってそう呟いた。


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