第23話 蘆屋玲の七月十二日➁
翌日の昼過ぎ。玲は駅前のモールの中にあるファストフード店でハンバーガーを食べていた。
注文したのはテリヤキバーガーのセット。向かい合って座っている皐月はチーズバーガーのセットだった。
「二人きりとか気まずくて断ると思ってた。綴、寝てたし」
「家まで誘いに来てくれたのに断るのも失礼かと」
言えないことが多すぎるせいか、言葉を交わすのに億劫になってしまった。皐月はその玲を面白そうにしていた。
綴と仲がいいだけあって、揶揄い上手なのかもしれない。
「テリヤキバーガーって美味しいよね。今日は気分でチーズバーガーを選んだけど」
「時々、無性に食べたくなるときがありますね。そのたびに思うんですよ、これを家庭で再現したいなって」
「店と同じ材料と調理器具が必要かもね。外食って、その特別にお金を払ってるとこもあるし」
「あと、適切な手順もですよ。まぁ、近々、再チャレンジしておきます」
そう味を記憶するように、長めの咀嚼をしておいた。
「ちなみに綴が好きなのもそれね」
「でしょうね。昨日、豚の生姜焼きを作らされたので、なんとなくそんな気はしていました」
「作ってあげると喜ぶかもしれないよ」
「店のほうがずっと美味しいと文句を言いそうですけどね」
「あいつはあらゆるものの短所と長所をよく見てる。トータルで長所が勝ってれば、また作ってくれって懇願してきそうだけどね」
再現したいのは自分の為だった。ついでならやってやってもいいかと、また長めの咀嚼をしておいた。
「今日のメニューはもう決まってるの? 毬奈ちゃんが玲ちゃんの料理は美味しいって教えてくれたから、私も食べてみたいんだけど」
「筑前煮です。仕込みは三人分しておきましたので、帰りに寄って私のを食べてください」
「それは悪いって……あぁ、そうだ。明日、学校だしお弁当を用意してよ。綴に持たせてくれればいいし」
「それくらいなら……」
「じゃああとで買い物して帰ろ。お金はちゃんと払うよ」
「はぁ……」
到着してから、玲がやっていたのは、怪異には無縁な調理ばかりだった。というか、妖狐のときもそうだった。
私は何をしているんだ……陰陽師だぞ……。と、役割を果たせていないことに歯痒くなってしまった。
「あ、皐月ちゃんじゃーん」
同年代の三人組が通りかかった。先頭の少女へ皐月は手で挨拶をした。皐月の友達のようだった。
「さすがに目安箱はお休みだよ」
「何もないって」
「そかそか」
皐月の友達は、玲を訝しんだ。後ろの二人もそうしている。
「その子、地元にも学校にもいないよね?」
「綴の知り合い」
「そか……」
三人組はその名前を聞くと、店内のもっとも離れた席へと向かっていた。関わりたくなさそうだった。
「綴の名前を出すと引き下がりました。あいつは、やっぱりロクなことをやっていないようですね……」
「ううん。違うよ。みんなにね、綴の話題は話さないで欲しいって私がお願いしてるだけ。知らない子もいるけど、ほとんどの子には機能してくれてる」
「よく従ってくれますね……どうせ、綴がさせているんでしょうけど」
「それも違うよ。私が勝手にやってる。これだけであいつを守ってやれるし」
皐月はじーっと玲と視線を合わせた。圧があった。
「な、なんですか……」
「これ、綴の知らないことだから。言ったら私は玲ちゃんを嫌いになっちゃうから」
「ならば、教えないでくださいよ……」
「そうなんだけどさぁ……私って友達が少ないんだよね。綴と毬奈ちゃんくらいしかいないんだ」
「さっき声をかけてきた子たちは違うんですか?」
あぁ、と、皐月はポテトを齧った。
「ただの顔見知り程度。心まで許してるわけじゃない。だから、友達じゃなくて知り合い」
「皐月の中の基準の話ですか」
「そういうこと。ちなみに玲ちゃんとはもっと親しくなりたいと思ってる。玲ちゃんは?」
照れる様子もなく、思ったことを口にしているだけ。そんな感じだった。友達とは、なんとなく群れる機会があって自然とそうなっているもの。
こう堂々とされると、逆にこちらが照れてしまった。
「……まぁ、構いませんが。その、断られたら辛いとか恥ずかしいとか思わないんですか……?」
「それならそうってだけで、縁が無かったとか合わなかったってだけだしなぁ。そこまで深く考えてなかった」
「これは毬奈ちゃんにも言いましたが……皐月も大人びていますね」
「人って環境の影響を受けやすい生き物だから。ただの生まれのせいだよ」
人は運命には抗えないと言われているような気がした。もしそうなら、玲は陰陽師として大成しないということになる。嫌なことを考えるな。と、残りのテリヤキバーガーを一気に食べた。
そのままフライドポテトに手を伸ばしたが、あっ、少し前の失敗に気付いた。
「ケチャップを貰い忘れました……」
「あー、途中まで普通に食べて、残りをケチャップで食べるのいいよね。私もそうしたいかも。貰ってこようか」
皐月は立ち上がると空いていたレジへと向かっていった。
「すいませーん。ケチャップを二つください。注文のときに言わなくてごめんなさい」
戻ってくると、それぞれのトレイへ一つずつ置いた。
「ありがとうございます」
「私もそうしたかっただけだって」
封を切って、残っていたフライドポテトへケチャップを通した。温度が下がっていたが、本来の持つポテンシャルがやや盛り返してくれた。
「そういえば、毬奈ちゃんはオムライスが好きなようなのですが、ずっと昔からなんですか?」
「えーっとね、数年前までさ、土曜日の夜にテーマに沿った専門家を呼んで講義っぽいのをする教養バラエティーがやってたのを知らない?」
おそらく、ベテラン司会者と芸人二人がゲストに囲まれていたあれだろう。玲もなんとなく観ていた。
「長寿番組だったやつですね」
「そそ。あれさ、鳴間家も観てたらしいんだけど……身体にいい食べ物は何でしょうって問題に対して、答えがトマトの場合が多すぎたんだよね……」
「演者もはいはいトマトですねって雰囲気でしたね……いえ、トマトがすごいからこそ成立しているのですが……視聴者も気付いていたというか……」
「でもさ、毬奈ちゃんは生のトマトが得意じゃないんだよね。食べれないほどじゃないんだけどね。それで、あの生活でしょ? 健康に気を使ってて、折衷案としてケチャップの摂取を始めたんだよね……毎日、何かに塗って食べてる……」
「そ、それは誤認からの偏食かと……トマト本来の能力を発揮できていないですし……」
「わかってる。わかってるけど、毬奈ちゃんは身体が軽くなったとか言ってるだよなぁ……絶対に気のせいなんだけど……綴は毬奈ちゃんにちょー甘い。察してるのに許容してる。綴のダメなとこね……」
「……あとで買い物に行ったときに生のトマトを使ったものを一品追加しておきましょう。しばらくケチャップは禁止しておきます……」
皐月は、たっぷりとフライドポテトに付けてから口へ運んだ。毬奈の生涯摂取量を奪っているようだった。
「なんでも適量だよね。あー、ケチャップ美味しいなー」
玲もそうした。やっぱり、ケチャップは美味しかった。口元がにやけるほどに美味しかったのは、意地悪まではいかないちょっとした優越感からかもしれなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます