第2話 鳴間綴の七月二日➁

 放課後、綴は図書室のテーブルで課題をやっていた。


 離れた場所にある受付ではショートカットに眼鏡姿の少女が座っていた。同じ一年の秤守皐月だった。落ち着いた雰囲気だったが、噛み付きかたを選ばせるめんどくささのようなものがが見え隠れしていた。文学少女というよりは弁論大会の常連という感じだった。


 向かい合うように男子生徒が立っていた。陰気で休み時間は居心地の悪さを誤魔化すようにスマホを弄ってそうな雰囲気だった。背を丸めているからか更に弱々しく映っている。


「お金を取られました。助けてください……」


 背丈から一学年上の二年生のようだったが、年下の皐月に敬語を使っていた。皐月は、あー、と、手を振った。


「先輩ですよね? 敬語、使わないでいいですよ」


「ぼ、僕はお願いしてる立場だから……」


「……もういいや。いつからやられてるんですか?」


 手間を考えると、諦めたほうが早いと判断したようだった。


「先月からです……毎週水曜日の昼休みに集金だって、そのたびに千円ずつ二人に取られています……」


「正確な額を教えてください」


 男子生徒は数えるように右手の指を五本折った。


「一万円です……」


「家にあるゲームとマンガを売らせて回収しておきます。来週の今日、また来てください」


 上級生相手に取り立ての代理をするなど、学校を辞めますと言っているようなものだった。けれど、男子生徒は頭を下げてから教室をあとにした。


「皐月ってさ、なんで『目安箱』を続けてんの?」


「私はただ静かに読書をしたいだけだった。けど、相談事に乗り続けるうちに勝手にこの役割を与えられてた。やりたくてやってるわけじゃないよ」


「そう言いながらも小一から高一までずっと続けてる。それ、辞めない理由がお前にはあるってことじゃん」


「人間は根源的に穢れている。中学になってすぐ、綴がこの世の理のように呟いた台詞のせいだよ。私が目安箱をやればやるほど、穢れの元である恨み妬み嫉みは減ってくれる。なら、続けといたほうがいいかなーって」


 責任転嫁をしたが、これは皐月の本音じゃないような気がした。綴の知る皐月は、面倒見が良くてお節介でなんだかんだ人を見捨てられない性格。


 綴の台詞が助長させていたかもしれなかったが、あくまでも助長。根っこは、皐月の意思からの行動だった。だから、思う。皐月はいいやつだと。


「人のせいにするな」


「するよ。私は綴も助けたことがあるし、それらを糧にチラつかせれば手伝ってくれるのもわかってるからね」


「秤守家はこの街でみんな知ってる名家。くっそでかい家を構えてるし、地位も名誉も金だってある。貸しが無くても威光で従ってるよ。この街で秤守家の人間に逆らうのは、殺してくれと言っているようなもんだからな……」


「さ、さすがに酷くない?」


「酷くねーよ。お前だって察してるはずだからな。お前が目安箱をやってるのはそれも理由。怯えられてよそよそしくされたくないからだ」


「そうやって人のことを見透かして……やっぱ、綴は性格が悪いね」


 図書室のドアが開いた。一年生の女子生徒だった。髪をいじっていて、自分を如何に可愛く見えるかを常に気にしていそうだった。


 こいつも本が目当てたじゃなさそう。と、眺めていると、案の定、受付に立ってから手を付いた。


 皐月は、はいはい……、というふうに読み始めようとしていた文庫本に栞を挟んでから、大切なもののようにゆっくりと置いた。


「皐月ちゃん、助けてほしーんだけど」


「下の名前で呼ばれるほど仲良くないんだけどなぁ……」


 二人目の依頼者は、スマホを取り出すと皐月に見せた。皐月は、少し硬直すると、スマホを取り出した。


「連絡先を交換しようか。その画像、欲しいし」


「オッケ」


 すると、綴のスマホが震えた。皐月からで、画像を受信していた。


 ステンレスの板には『カエセ』と大量のカタカナが隙間なく書かれていた。画像の四方の縁は木材で囲まれている。教室の机の裏側だった。


 筆跡は、整ったもの、焦ったようなもの、その中間のようなもの、で、様々だったが、数は途中で数えるのも億劫になるほどだった。数はどうでもよさそう。と、綴は適当に五十ということにしておいた。


「『カエセ』って何か取ったの?」


「まさかー。心当たりが無いからむかついてる」


「そう。これから特定の方法を考えるよ」


「うん、ありがと!」


 依頼者が消えていくと、皐月は綴のほうを向いた。


「綴はこれをどう思った?」


「さっきの自意識だけで生きてそうなやつが、無意識に嫌がらせをしていて、恨まれてしまった。これだけやるって相当だしな」


「だろうね。放置しておいてあげてもいいけど、私は目安箱。失敗を増やして自分の価値を下げたくない。解決策を考えてほしい」


「怪しいやつから殴る。先生に言う」


「前者は大問題。後者は学校に居ずらくなる。生徒にとって教師は敵みたいなとこがあるし、頼るとそっち側って悪印象を与えちゃうでしょ」


 めんどくさ。落ち度のありそうな依頼者のせいでやる気になれなかった。皐月を通してじゃなかったら断っているのに。と、己の中の穢れを取り除くように大きな溜息を吐いた。


「……カエセって筆跡は大量に残ってる。なら、学級日誌のバックナンバーを漁ればいい。そこには名前もあるしな。あとは皐月が撮影して、そいつに突き付ければ終わるだろ」


「それ、作業量が多そうだなぁ……全クラスの学級日誌を確認しなきゃだし……」


「全校生徒のノートの中身を覗くよりはマシだろうが……お前が一声かければ、みんな働きアリになるしかないし嫌でも手伝うよ。画像は明日の日直たちに回して分担しとけよ」


「じゃあそれで。さすが『目安箱の目安箱』。いやー、やっぱ綴は役に立つよ」


「変な二つ名つけんな……」


 無視するように、課題に戻った。皐月も読書を始めた。図書室らしくなったが、わからない問題で集中力が切れると、受付からの皐月の視線に気付いた。


「みんな口に出してないだけで、なんとなく綴が手伝ってるのは知ってる。課題をしながら、相談事に無関心なふりはしないでいいと思う」


「……違うんだよ、マジで課題をやってんだよ。正直、徒歩圏内で学力も中の上だからってここを選んだことを後悔してる」


「綴の中学時代はずっと短距離をやってて勉強はスルーだった。よく夏休みから勉強して合格したとは思ってたけど……マジだったのか……綴のことだからカンニングしてそうだ」


「なんでだよ……。公立高校の過去問ってネットに上がってるだろ。だから、全部印刷して数日ずっと眺めてみたんだよ」


「変な勉強法だなぁ……」


「どんな問題も発生元は人間。なら、絶対に規則性が存在する。傾向を割り出してそこを覚えただけ。正しい行動を踏んでないから苦しんでるけどな……」


 けれど、ネットにあるのはそこまで。過去の課題など把握している変わり者はそうはいない。綴は、やっていた英語のプリントを和訳できなかった。


「親を黙らすのに学力は役に立つけどさぁ……身の丈に合った場所は選んでおこうよ……」


「だ、だから後悔してるって言っただろうが……」


 ぺんぺん。と、手にしていたシャーペンでテーブルを叩いてしまった。ペンだけに。つまらんないことを考え出してる……もう今日は辞めよう……。と、課題を鞄に入れた。


 皐月は読書に戻ろうとしたが、すぐに受付に文庫本を置いて優しく撫でた。ドアが開いたからだった。


 今度は三年の女子生徒だった。没個性とはこういうことかと教えてくれるほど特徴がなかった。


「なぁ皐月……なんか今日は多くね……毎日誰かしら来るけどさすがに多すぎだろ……」


「七月の上旬に依頼すれば、夏休みまでに解決するだけの猶予もありそうだって、毎年この時期は多いんだよ。九月までもやもやした気持ちで過ごしたくないってこと。あと期末で図書室が解放されてなかったのも関係してる」


「小学校からずっとやってるだけあって規則性持ってんな……」


「まぁね。まぁ、学年が上がるたびに難易度が上がってるのが辛いとこだけど」


 綴にやらせればいいと言っているようだった。依頼者は、申し訳なさそうに口を開いた。

「……いいかな?」


「どうぞどうぞ」


「弟が走れなくなって……その原因を調べてくれないかな……?」


 医者の仕事だった。相手を選べと思ったが、皐月は姿勢を正して真剣な顔をした。


「なんか、白い兎とかけっこに負けたら、足首が麻痺するとかっていうアレですか?」


「さすが秤守さんだね。知ってたんだ」


「まぁ知りたいことも知りたくないことも寄ってきますから。この街のことならなんでもござれって感じで」


 怪談の時期にはまだ早かった。それに、怪異の類なんてありえるはずがなかった。それでも依頼者は悲痛そうでそうだとしか信じられていないようだった。


「……何か、わかることはないかな?」


「先月の中旬頃にそういう噂を耳にしました。七月二日の今日までに四件。先輩の弟で五件目になりますね。すみません、私にはそれくらいしか」


「そっか……変なことを話してごめんね」


「いえ、こっちこそわかんないばっかですみません。期待外れでしたよね」


 依頼者はううんと首を横へ振った。本当に大丈夫だと伝えたいのか手まで合わせていた。下級生なのに上級生に気を遣わせていた。これも秤守家の威光なのだろう。


「ありがとね」


 そう告げてから図書室をあとにした。綴はじーっと皐月を窺っていると、その皐月は困ったように両手を櫛のように髪の中へ潜り込ませた。


「被害者の共通点は現役陸上部員か元陸上部員だった。しかも短距離。高校も学年もバラバラだったけど、出身校は私らと同じ中学だった。たぶん、綴もターゲットに入ってる」


「ありえないだろ」


「そう思いたいけどさぁ、被害者たちは例外なく白い兎を見てんだよね。だから、脳とメンタル関連の検査も受けてるとか」


「あの人はそうじゃないかもしれないじゃん」


「私が依頼者の名前を基本的に尋ねないのは、そんなことは知ってるからだよ。その弟も元陸上部。うちの高校じゃないけどね」


 皐月の元には勝手に情報が寄ってくる。それは、目安箱を続けているからというのもあるが、それにしても寄りすぎていた。


 秤守家に生まれたものには、そういう才能が備わっているとしか思えなかった。


「俺が今までやってきたのは、せいぜい日常の謎。怪異は専門外だ」


「とはいえ、綴がタゲられてんのはやばくない?」


「その噂が本当だったらな」


「その発言、規則性を重視する綴らしくないよ。否定するならそれだけの規則性を提示するべきだと思うけど」


 付き合いの長さからの揚げ足取りだった。つくづく、皐月は綴の扱いかたに慣れていた。


「怪異を信じていないやつのが圧倒的に多い。ありえないからな。これが規則性になってくれる。この話は終わりにしようぜ」


「私だってそう思いたいんだよ。だから、綴には今日まで黙ってたけど……さすがに目の前でこの話になったらそういうわけにはいかない。私があんたの足首が麻痺するのをよしとしていないし」


 善意と不安と否定の鬩ぎ合い。内心穏やかではないようだった。やっぱ根はいいやつだな。と、感謝する部分もあったが、それでもやっぱり頭は怪異の存在を否定した。


 信じてはいないが、不安になってはしまっていた。皐月には情報が寄ってくる才能があるが、それは怪異に否定的な認識の上に成り立っているもの。先ほどの相談者のような場合もあったが、それでもまだ懐疑的の域は超えられていない。


 もしかしたら。と、曖昧の上で成り立っている。信じていないのに不安になるのはこのような状況に沼っているからかもしれなかった。


 原因不明の不安。怪異とは、どこまでも厄介で曖昧。そこから規則性を出すなど、皐月と一緒でも無理だとしか思えなかった。


「俺よりも葉子のが向いてそう。あいつ、巫女だし」


「蝉殺しの巫女だけどね」


「俺らの今朝の会話まで知ってるとか、お前の情報網はどうなってんだよ……」


「人の口には戸が立てられない。誰かが見かけて気になってしまえば、それはもう勝手に私の情報になってしまうんだよ。この街限定だけどね」


「こうやってお前自身が寄ってしまう場合もあるけどな……」


「なんにしたって、この街の異変は、秤守家を掻い潜りにくくなってはいそうだよね」


 それ自体がまるで怪異のようで、それがどこまでの範囲を指すのかは皐月しか知らないことだったが、今朝の綴と葉子の会話を得ているならそこは射程内であるのだろう。


「三叉路神社ってさ。昔から変な逸話が多いよな」


「住宅街にぽつんとある森とか異物感があって不気味だしね。敷地もグラウンドの半分くらいあるし。入口から境内までの石畳は十五メートル。境内からは道が伸びていて、宮司さんの家もある。そこ以外は全て木が植えられてる。勝手に曰くは付いちゃうよ」


 石畳の長さまで知っているのが、如何にも秤守皐月という感じだった。


「宮司って何?」


「教会でいうところの神父みたいなもんだよ。微妙にニュアンスは違うけど。三十年前から、ずっと入院してるとか。それ以来、一度も見かけられてない」


「葉子はあそこに住んでるって言ってたし、その宮司の家から出入りしたのも見かけてる。巫女じゃなくて、引き継いだ宮司だったってことか」


「ううん。戻ってくるまでの代理だって町内会の寄り合いに顔を出したときに説明したとか。ちなみにこれも三十年前。金髪で長い髪の美人な女の人だったとか。歳は女子大生くらい。葉子さんが浮かんじゃわない?」


「身内で代替わりしてやってるかもじゃん。巫女は神職に含まれてる。家業を継いだって考えられなくもない。俺は葉子の性格をよく知ってる。あいつは、面倒を後回しにしてそのままやらない。近所付き合いがだりーって放置したせいで起こってる齟齬っぽいけど」


 そう綴なりにらしい理由を並べてみたが、皐月は腕を組んでしまった。不服そうだった。


「その結果、地元の人たちとは縁が切れてしまった。不気味な見た目も相まって、自殺者がいるとか、死体が発見されてないとか、それが殺人だったとか、妖怪や儀式のせいだとか、そんな逸話が残ってしまった。葉子さんの連絡不足のせいで余計に人が訪れなくなってしまってる」


「あそこって祭もやってないしな。あと、お守りとか売ってるとこも無かった」


「社務所でしょ。三叉路神社は氏神神社。神様に願いを叶えてもらう場所じゃなくて、この土地を平和にしてくれてありがとうございますって感謝するとこ。ご利益を持ち帰る依り代であるお守りは販売する必要がない」


「ふーん。じゃあ、祭をやらないにもなんかそういう事情があるっぽいな」


「いや、やってるとこある。でも、三叉路神社はやってない。前の宮司さんの方針なのか、木が邪魔でやりにくかったのか。そんなとこじゃないかな。葉子さんも綴以外には愛想が悪いようだし」


 どれにしても、賑やかでないのは、そうあって欲しくなかったと管理者が何かしらの理由を持ってしまっていたからだろう。


 これは、葉子から教えてもらわなければ知れないことのようだった。


「得体の知れない巫女の管理してる森みたいな神社。真偽不明の逸話も纏わりついてる。大人は見て見ぬふりをするよな。関わるとロクなことにならなそうだし」


「小学生が秘密基地がてら遊び場にして、定期的に葉子さんに怒られてる。そういう話は耳にしてるけどね……」


「それを知ってたから、俺らは秘密基地にはしなかったけどな」


「私だけだから。綴は中一から中三の夏休みまで、休日になるたびに出入りしてた。たぶんこの街で参拝以外の利用を許されてたのは綴だけだよ」


「参拝客とは一人も出会わなかったけどな」


「それを知ってるのが異常ってことだよ。誰にでも強く当たる葉子さんをどうやって誑かしたの?」


 勝手に利用するたびに叱られ、謝罪してまた次の休日に訪れるを繰り返しただけだった。当時は必死で周りが見えていなかったが、今思うと迷惑者以外の何物でもなかった。


「キレられても平気な顔でキレなくなるまで訪れてただけ。あそこ、フォームチェックするのとか筋トレするのにすげー向いてるんだよ。人が来なくて距離もそこそこあったから」


「小学生がやってんのと変わんないじゃん……」


「秘密基地じゃない。練習場な。三度目か四度目のときに俺が本気だってのが伝わったみたいで、すげー嫌そうな顔で許可してくれた。そっからあいつは俺の練習姿を眺め始めた。結果が良くなるたびに喜んでくれるようにもなった。あいつにはすげー感謝してるよ」


 皐月は、頬杖をついた。何も言わず、じっと綴を覗いていた。綴以外には懐かない森のような不気味な神社の管理人。それ自体が、怪異なのでは。そうとでも考えていそうだった。


「私たちは人名に対して座りの良い漢字を無意識に当て嵌めてしまう。葉子さんの場合だと、近くに葉っぱが多くて、使用率の高い子供の子が適当だった」


「出会った場所が陽の当たる場所なら、太陽の陽を当て嵌めていそうではあるな」


「怪異の場合だったら、妖怪の妖と狐という文字を当て嵌める。それで妖狐。この国に暮らしていれば勝手に覚えているほどメジャーな妖怪。妖怪なら、三十年前と姿が変わらないくらい当たり前そうじゃない?」


「だったらな」


 流そうとしたが、皐月はもうそう思い込んでしまっているようだった。連続している白兎の相談も関係していそうだった。


 皐月は、拳を作ってから受付をコンコンと叩いた。注意を引きながら逃がさないと脅しているようだった。


「綴は、妖狐って妖怪に対してどんなことを知ってる?」


「美しい女性の姿で色恋営業を仕掛けては、支援が切れると癇癪を起してた。パパ活女子みたいなやつ。その癇癪がちょーやべーらしい」


「妖狐は狐の姿にもなれて、火と毒も使えたらしいね。けれど、私はその類の話をこの街で耳にしたことがない。異常事態なのに。それってすごくおかしいんだよね」


 自分にはこの街の情報が勝手に寄ってくるという自信からの意見だった。自惚れている。そう否定できなくもなかったが、この会話自体がそれを前提に成立してしまっていた。否定するのは難しそうだった。


「道楽好きで奪われることを嫌う怠惰な妖怪は、大人しく神社で管理者をやっていた。ストレスで癇癪を起してそうだよな」


「そういうこと」


「じゃあ答えは簡単だろ。皐月の耳には怪異の類の話は届いていない。そこで証明は終ってんじゃん。葉子は妖狐じゃなくてただの人間だった。それですべて解決だよ」

「白兎の件は耳に入ってるけど?」


「狐と炎と毒が登場していない。怪異であったとしても葉子とは無関係だろ。ただ――」


 あぁ、いらないことを口にしてしまった……。と、後悔したときには遅かった。皐月は続きを話せと促すようににやけた面で掌を向けてしまっていた。


「話して」


「……もしこの瞬間、警視庁が廃止されたら、手配犯はどんな行動を取ると思う?」


「うーん……抑止力が存在しなければ、秩序が生まれないわけだし……罪状だった暴力や略奪をやりそうではあるかな。元々、そういう性質持ってしまっているだろうし。そうなると、被害者は警察もいないしと当然の権利として暴力によっての防衛を開始。世紀末みたいなディストピアになってそう」


「抑止力による秩序。これに添うなら、指名手配書は逸話で手配犯は怪異ってことになる。警察役が足りてないだよな。じゃないと怪異によってこの世の形は変わってるはずだし。もちろん、怪異の存在を認めるって前提は必要な説だけどな」


「ただその為にはもう一つ認めないといけないことがあるね。抑止力である警察役の陰陽師。怪異の専門家の現存も条件。たらればで語りすぎてるね」


「即席の陰謀論だしな。ちなみに検証するつもりはないぞ。踏み込みすぎてマジでいたら絶対にだるいことになるからな」


 皐月は読書へ戻ってくれた。皐月の元には様々な情報が寄ってくる。その中には知らないほうが幸せなこと、下手に扱うとさすがの皐月でも不利になることがありそうだった。


 どの世界だって、内情を知りすぎている者は邪魔者で、人は平気でそいつを処分する。普段は建前で生きているのにそうする。人間は根源的に穢れている。そのことを皐月はちゃんと理解しているようだった。


「白兎に狙われたらどうするの?」


「毎朝の世間話の話題にも適当だし、明日の朝に狙われる前に相談しとく。実は、あいつが陰陽師なのかもしれないし」


「陰陽師は変な術や儀式を使うって伝わってる。老化しない方法も知ってるかもね」


「だから、もし白兎が怪異によるものなら、これは俺らの領分じゃない。どっかの誰かが俺らの知らないまま曖昧に終わらせてくれる。それが正解だと思うぜ」

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