相馬④
翌日も服部は外に出てきた。室内にこもりきりではいられないタチなようだ。
彼の住むマンションからわずかばかり離れた路上に、姿を現すと踏んでいたのか、部屋へ押しかけるつもりだったのか、相馬がまた立っていた。そして隣には、真っ黒な色のサングラスをかけた、怪しげな雰囲気の五十歳前後と見える細身の男もいた。服部からお金をたかる応援で来たといった印象だ。
「どうも」
出てきたのに気がついて、微笑みながら会釈した相馬を、服部は無視して通り過ぎようとした。
「おっと、待ってくださいよ。昨日、話は終わってなかったんですから」
「チッ。終わってないも何も、カネを貸せってことなんだろ? そういう人間には今まで散々会ってきて、信じられないほどモラルのねえ奴もたくさんいたし、もううんざりなんだよ」
「やだな、カネを借りようなんて思ってませんよ。そしたら返さなきゃいけないから、意味ないじゃないですか。あなたに、稼いで、それを援助してもらいたいんです」
相馬は相変わらず笑顔だ。
「ああ? ふざけんなよ!」
服部は怒って言い放つと、速足で離れていった。
「すいません」
相馬は一緒にいた男にそう声をかけると、揃って服部についてきた。
「俺の生活費を稼いでほしいわけじゃないんです」
一人追いついた相馬は、服部に語りかけた。
「服部さん、言ってましたよね? 仮に自分が良い条件の正社員で働けることになっても、非正規でつらい思いをする人が必ずいる今の環境が許せないみたいなこと。ですから、そういう弱い立場の人たちみんなのために稼いでもらいたいんです。『非正規基金』ってかたちでね」
「え?」
思ってもいなかった話に、服部は驚いて相馬に視線を向け、歩く速度も落ちた。
相馬は続けた。
「頭のいい人たちは、株や為替や不動産といったものの値の上がり下がりを予想して儲けてるんですよ。やってることはギャンブルと変わんないじゃないですか。当人たちにそう言えば、きっと全然違うって答えるんでしょう。きちんとやればそんなに損をすることはない性質のものだとか、『運用』なんて言葉を使ったりしてね。だけど、持っているお金を増やそうという根っこの部分は変わらないはずだ。そう思いませんか? ギャンブルのほうが依存性が高くて問題は大きいとしても、あなたは違いますもんね? それで、あなたも経験者だったようですからご存じのように不当な扱いを受けていたり、そうでなくても苦しい生活を送らざるを得ない非正規の人たちのために、その人がその会社の正社員だったら受け取れる差額分のお金を援助してあげるんです。いかがですか?」
「……そんなの……」
「ただ、いくら服部さんでも、たった一人で、どれくらいになるかわからない人数のそのお金のすべてを用意していただくのは、さすがに厳しいかもしれませんね。ですから……ちょっと待ってください」
相馬は立ち止まり、服部にもストップするよう促して、急がず遅れて歩いてきていた怪しい男を指し示した。
「あちらの方、室井さんというんですが、あの人もあなたと同じくギャンブルの天才なんです。あなたのようにやるのは一種類だけで、競艇です」
その室井がようやく二人に追いついた。
「服部さんに一通り説明しました」
「そうか。よろしくな」
室井は微笑んで、馴れ馴れしく服部の肩を軽く叩いた。
「他にも三名の方に助けていただく約束をもらっているんです。そのなかで室井さんが今日都合が良かったので、一緒に来てもらいました。嘘を言ってるんじゃないって証明するために、ですね」
服部は何を考えているのかわからない表情で黙っている。
「すぐに返事をくれとは申しません。今日はこれで帰ります。ぜひ考えといてください」
言いたいことを話し終えた様子の相馬は、室井におじぎをした。
「ありがとうございました。わざわざこれだけのために」
「おお。いいってことよ、気にすんな」
室井は満足そうで、相馬も笑顔だ。
すると服部は、一言も発さずに再び歩き始めて、二人のもとから去っていった。
「ありゃ」
心が動いた感じのない服部の後ろ姿を見て、相馬はすっとんきょうな声を出した。
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