足ツボ

@ku-ro-usagi

読み切り

一時。

私はなぜか取り憑かれた様に心霊スポットや廃墟に足を踏み入れていた。

そういうのが好きそうな知り合いを誘ったり、仲間を集ってる所に顔出して見たり、一人でも遠征してガンガン行ってる時期があったんだ。

比例して足の疲労も大きくて、たまたま行ってみた近所の足ツボが凄く効いて、チケット買って週一で通うことにした。

でも、二ヶ月もしないうちに、店に行くなり店長が出てきて、物腰柔らかに、分かりやすく言うと、

「出禁」

を言い渡された。

「え、出禁になる程に足臭かったのか」

とショックを受けていると、

「お仕事やご趣味が変わられましたらまた是非」

と店からもやんわり追い出された。

けど、

追い出される、ではなく、あくまでも見送る過程で店の外にまで一緒に出てきた店長に、全身をまじまじと全身を見られた後。

私が憮然としているわけではなく、ただひたすらショックを受けている顔に気付いたのか、

「その、お客様のお身体に触れる行為は、お客様が思っている以上に施術側、こちら側の人間は色々なものを受け取ってしまうんです。当てられると言うか、同調と言いますか」

初めて聞いた。

「勿論人によりますが、足の裏とはいえ身体の一部、特に全身を支える部位ですので、特にマイナス面を受け取りやすいんです」

店長さんの言いたいことは解ったけれど、なぜそれを、今、私に伝えてくるのか。

それを理解できずに曖昧に首を傾げていると、

「その、最近あまり良くないところに行かれていませんか?」

そう言って、私の背後や足許に視線を向けてから、最後にまた私の顔をじっと見つめてきた。

良くないところ。

そんなの心当たりは一つしかない。

(心霊スポットのことか)

やっと合点がいき、更に出禁の理由になると知り、

「そこまでですか?」

と聞き返すと、店長は、

「私は、多少鼻が利くんですが……その、本当に大変失礼なことを申し上げますが、○○様には死臭が混じっていらっしゃいます」

と形のいい眉をきゅっと寄せられた。


『死臭』


死臭と言う、日常ではとんと聞くことのない言葉を聞かされて、私は初めて、自分の身に起きている事の重大さに気付かされた。

店長は、ショックから今度は顔色を青くした私を見て、少し考えるように目を伏せた後、

「あのね、ちょっと待ってて」

と少し砕けた口調になり店に戻ると、紙袋を抱えて戻ってきた。

そして、

「これうちでも使ってる天然塩だから、部屋に入る前に自分に少し掛けて。

あと、ちょっといい日本酒買って少し飲んで、お風呂にもたっぷり入れて、もう頭から浸かる勢いでしっかりね、毎晩」

と、店長ではなく、ただ親切な人として綺麗な箱に入った塩とアドバイスをくれた。

その日は言われたその通りにし、その夜からは、ネットでもずっと入り浸ってた心霊スポット系にアクセスするのはやめた。

代わりに、

「猿でもできる除霊の仕方」

とか、

「1人で出来るお祓いのやり方」

とか調べて、見様見真似で始めた。

そしたら少しして。

確か、ネットで知り合って仲良くなり、プライベートな事も、結構色々と話していた仲間の一人からメールが来たのだけど。

「®Ⅺ✕+○✕□ナ○※ロ□▶ー✕✕♣」

何が書いてあるのか全く解らない文字の羅列。

(あれ?)

以前のメールを辿ってみたけど、やはり全く意味をなさない文字や記号の羅列のみ。

それに対して私の送ったメールは、

「もうすぐだね」

「うん、そっちに行くよ」

って送った記憶のない返事を送信していた。

しかも。

何度も。何度も。

寝ているはずの夜中にさえ。

私は鳥肌が立ち、一度心霊スポット巡りに誘ったものの、

「馬鹿か」

の一言で切られた幼馴染みの友人に電話をした。

心霊仲間でなければ、不安が紛れる気がしたんだ。

その友人はすぐに電話に出てくれたけど、

『今?平気だけど、ねぇ、そっちはどこから掛けてんの?』

どこって。

『事故現場?悲鳴とか凄いんだけど、何があった?大丈夫なの?』

何があったって、ここはわりと閑静な住宅街にある、今も部屋も外もとても静かなアパートの自室。

勿論部屋の中も、少なくとも私には無音でしかない。

「……その、また連絡する」

と一方的に通話を終えスマホの電源を切ってから、私は、予め調べておいた、出来るだけ近くて、できるだけ強力そうなお祓いをしてくれる神社に、着の身着のまま向かった。


それからもう半年は余裕で経ってた。

色々試したんだけどね。

でもまだ、たまにくらっと呼ばれるんだ。

もう心霊スポットじゃなくて、セキュリティの低そうな古くて高い建物の屋上とかからでも、

『こっちにおいで』

とか、電車のホームの先頭に立てば線路の方から呼ばれる。

踏み切りは特にね、あのカンカン音に、無意識に踏み切りの内側に吸い込まれそうになる。

でも、その度にしっかりしろと自分の頬を叩いた。

本当に自覚はなかったけど、私は相当に危ない所まで来ていたことだけは解った。

だって、心霊スポット巡りには全く必要のない無駄に太いロープを持ちこんでいたり、なぜか○○の○○薬を大量に鞄に忍ばせていたりしていたんだ。

でも、その時は全くおかしいなんて思わなかったんだ、本当に。

ネットで知り合った仲間の文字化けしたメールも、ブロックしてるのにたまに自分でそのブロックを解除までしていた。

真冬でも長めに窓を開けて震えながら換気して、空気清浄機は独り暮らしの狭い部屋では相当主張してくる大きなものに買い替えて絶えず動いてもらっている。

私を心配した幼馴染みの友人は、あの通話の後にすぐにアパートに駆け付けてくれて、

「もしかしてストーカー被害?」

と見当違いの心配をしてくれたのは、アパートの私の部屋のドアに、額をガンガンぶつけながら、何かブツブツと呟く女がいたからだそう。

怖い話は嫌いで霊感も本人曰く全くないと言う友人が視えるのだから相当だ。

それ系の本も捨て、探索に着ていた服も靴も処分した。

そもそも、どうして私は心霊スポットへ行きたいと思ったのか、きっかけが思い出せないし、思い出そうとすると嫌でも心霊スポットのことを考えてしまうため、そこは一旦保留にした。


更にそれから、一年は経っていないけれどそれくらい経った頃。

綺麗になった(はずの)身体で、私はあの時のお礼がてら、ホームページで見た店長の気まぐれブログで、

「甘いものに目が無い」

と言う一文を見掛け、しかし、

「死臭がするため出禁にした客」

からの貢ぎ物は気味が悪いだろうかと躊躇しつつも、包装もしっかりなされた有名店の洋菓子を買って店に向かうと、

「いらっしゃいませ」

と早速あの時の店長さんが出迎えてくれた。

けど、

「どうぞー?」

どうやら私と認識されていない。

「あの、突然で申し訳ありません、以前利用させてもらっていた○○です。その、店長さんにお話が、少しだけお時間頂けませんか?」

としっかり店長さんの目を見ると、

「あら?……あらあらあら?」

やっと私だと認識され、私の背後や足許を見てから、

「○○様、お久しぶりです」

と笑顔を見せてくれた。

忙しいであろうから、以前の礼を伝え、予約だけお願いしようと思ったのだけれど。

「急に予約のキャンセル入ったから大丈夫よ」

と施術用ではない小さな個室に通してくれた。

「気になってたから来てくれて良かった」

と少し砕けた口調で、手土産も喜んでもらえた。

「あの時ねぇ、うちの店の子達がなんか調子悪い、気分悪いって仕事の後に訴えてきて、照らし合わせたら、7割方あなたの後に起きててね」

7割。

「そうよ、変なの背負ってるのはあなただけじゃないもの」

私だけじゃない。

「背負ってなんかいなくて、その人自身がこう、おかしかったりね」

おおぅ。

「話が逸れちゃった、でもあの時の7割方はあなただし、ちょっと様子見てたらやっぱり変でしょ、臭いも凄いし」

出禁宣言の時に指摘された臭い。

「今は何もしないわよ、大丈夫」

無意識に自分のシャツの匂いを嗅いでいたら笑われた。

「お客様のことにね、首を突っ込むのはよくないって思ったんだけど」

思ったんだけど?

「出禁って言われたあなたの顔がもう捨てられた子犬みたいで」

思い出したのかまた笑われた。

店長さんは笑い上戸らしい。

しかし、捨てられた子犬。

そんなにか。

恥ずかしくなると、

「何か事情があるんだろうなって、唯一の安らぎがうちの店なのかもって思ったらね、突き放したみたいに思えちゃって」

それで塩とかアドバイスをくれたと。

優しくお人好しな人だ。

私はあれから出来る限りの除霊やお祓いなどをして、変なネットも見ることは止めて、おかしな誘いなども断ったことを話すと、店長さんは興味深そうに聞いてくれていた。

ネットで見つけて改良を加えて実践した自己流の除霊方法などは、店長さんはメモまでしていたけど、あくまで自己責任でお願いしたい。


ただ。

ただ1つ。

これだけがどうしてもわからないことがある。

「自分がどうして心霊スポットに通うようになったのか、その理由が思い出せない」

と話すと、店長さんはじっと私の顔を見つめた後、

「きっと、思い出してはいけない理由があるのよ」

ずっと穏やかに微笑んでいたのに今度はにこりともせずに言われた。


思い出してはいけない理由


「本能的に思い出したら危険だって、あなたの頭は解っていてロックかけてると思うの」

それは。

「そのうち、思い出せるんでしょうか」

靄の掛かった記憶の一部。

「わからない、でも、少し気をつけて」

その後は店長さん自らに足をマッサージしてもらい、チケットを買って帰った。


それからずっと足ツボには通ってる。

店長さんの時もあればそうでない店員さんの時もある。

通いだしてから半年は経ったか経ってない位の日、その日は店長さんに、どこだっけ?

記憶?

目?神経?

の反射だったかな?

違うな、とにかく言葉通りのまんまの場所じゃない所を緩くマッサージされた時に、

「うあっ!」

私は思わず声を上げてしまった。

「え、何?どうしたの?」

「あ、すみません、その。……思い出したかも」

店長さんは記憶力がいいらしい。

何をとは言わず、

「待って、後で聞く」

と私の足裏をまたぐいぐいと揉み始めてくれた。


たった1ヶ月。

仕事先の繁盛期に短期バイトで入った来た1人。

その子は妙にうまがあって私に懐いてくれて、その子が、心霊スポットが好きでよく言ってると教えてくれたのだ。

私は、

「危ないよ」

と嗜めた。

女の子がそんなところへ行くなんてと、そう、初めは止めていたのだ。

でも。

「なら、一緒に来て下さいよ」

「帰りは美味しいご飯屋さんにも寄って」

なんて初めは観光モードだったのだ。

でも。

好き好き言う割に装備もお粗末で、ネットで色々調べて来た私の方が遥かに重装備だった。

「それで……」

その子は?

その子……。

あれ?

「ストップ、ストップ!」

店長さんの声にハッとすると、

「ダメダメ、良くない」

やめようと止められた。

「え……何か視えます?」

「視えないけど」

けど?

「何か、凄く良くない気がする」

眉間に深い皺を寄せる店長さんの表情に、私は、

「やめます……」

息を吐いて、淹れて貰ったハーブティに口を付けた。

が、

「……ぐっ?」

全く慣れない予想もしない味が舌に喉に流れ込み、カップを持ったまま頭が引けると、店長さんが笑った。

「目が覚めるでしょ?」

「そ、そこら辺の、むしり立ての雑草噛んでるみたいな……?」

確かに目は覚めたけど。

そう言えば色んな除霊方法を試したしアロマも焚いたけれど、飲む事はしていなかった。

いやしかし、毒を以て毒を制すとはこの事を言うのかと思うくらいインパクトのある不味さだ。

ほんと一瞬、何か盛られたのかと勘繰る程の。

「ちょっとー?もう、失礼ねっ」

店長さんが呆れた顔をしてから声を上げて笑い、私もつられて笑う。

初のハーブティがそれだったから、私の中でのハーブティの印象は、あまり良くない。

好きな人がいたら、私にそのよさの講釈を垂れ流して欲しい程度には。


それから私は、もう無意識でその部分の記憶を奥深くにしまってしまったらしく、何も思い出さないし思い出せない。

それで良いんだと、店長さんは言ってくれる。

別に何の因果もなく、ただたまたまそれらのターゲットになることも珍しくない。

不幸な交通事故みたいなものだと。

(そうなんだろうな……)

でもまだたまに、ごく稀に、好奇心が疼くのだ。

きっかけを知りたいと。

でも、次は、その好奇心と引き換えに私は死ぬと思う。

それは今ではないけれど。

きっと、その時は、あの女の子が現れる。

ごく自然に、人の姿をして。

「一緒に逝きましょうよ」

と。

食事にでも、ハイキングにでも誘うように。

私に、長い長いロープを用意させて。






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