第4話 面影


 新たなGC-1のレースが始まろうとしていた。


 それぞれのマシンがスタートラインに並ぶ。

 動力である低温核融合システムが唸る。

 スタートが間近であるというライトの点滅が続く。


 桃香は、自分のマシンから観客席の方をサーチする。

「堂本さん。いるかなぁ…」


 そこへAIウリエルが

「桃香、もうすぐスタートですよ」


 桃香は前を見て

「ごめん。ウーチャン」

と、ハンドルを握り集中する。


 桃香は四番目というスタートラインにいる。

 無論、桃香の前には、サラ、ミハエル…そして、あのマシン…ゼクロスは、一番後ろだ。

 だが、侮れない。

 前回も最後部から一位になったのだ


 桃香は

「あのマシンに今度こそは…」

 一位を狙う気満々だ。


 レースが始まるカウントダウンのライトが点滅する。

 マシン達のエンジンが唸る。


 レースが始まった。

 一斉に、マシン達がスタートを切った。


 ミハエルを先頭に、サラ、藤治郎、ミレイユ、賢宇、桃香、道賢に続いて美香、綾と同じ位置に美玲と月花が、アレシアとブリジッドの直ぐ後ろにはゼクロスが。


 アレシアとブリジッドは、直ぐ後ろにいるゼクロスを警戒する。

 前回のレースもそうだったが…ゼクロスは全体を観察するように後方に待機する。


 ゼクロスを操縦するトオルは、安定した操作を続ける。

 全体の状態が映る画像と、トオルがいる特別製の操縦席は、外のデータを簡易的な図形にしたデータだけを映す。

 トオルは、冷静に判断する。

 レース中盤までは、各チームのマシンの動きの分析をして、それを解析して前に出ればいい。

 岡山にあるレース場はカーブが多いが、特徴としては前回のレース場と似ている。

 焦る必要はないが…あまり…先頭を離されるのは…。

 少しだけ順位を上げようとすると、アレシアとブリジッドが塞ぐ。


 駆け引きというヤツだ。

 アレシアとブリジッドは、ゼクロスを押さえて、レース中盤になった時に攻める作戦だ。

 幾らマシンの性能が高性能でも、タイムには勝てない。

 先頭集団との開きが大きければ…


 ゼクロスを塞ぐアレシアが

「懇親会に来なかった罰ですよ」


 ゼクロスのトオルは冷静に

「ならば…」

 大きなコーナに入った瞬間、アレシアとブリジッドの二台が塞ぐギリギリ外をゼクロスは抜いた。

 バイク型に変形して、コーナーのギリギリを攻めたのだ。


 アレシアとブリジッドは抜かれて、アレシアが

「ああああ! ズルい!」


 ゼクロスは、アレシアとブリジッドの二人を後ろにする。



 一方、桃香は順調に四位に食い込んでいる。


 先頭集団、ミハエルとサラに藤治郎の三人が前にいるが、藤治郎が桃香の先を塞ぐ。


 ミハエルとサラは綺麗なコース選択をして、藤治郎と桃香を離す。


 桃香は、直線に来ると

「ウーチャン」

と、マシンに搭載されているAIウリエルに呼びかける。

「はい、桃香」

 

 桃香が真剣な目で

「藤治郎さんの反応速度…計測できた?」


 AIウリエルが

「はい、桃香がワザと左右に振る動きから…予測できました」


 桃香が

「次のコーナー、行くよ」


 AIウリエルが

「タイミングは任せてください」


 大きなコーナーに入る寸前に桃香が仕掛ける。

 藤治郎が反応して

「行かせん!」

 だが、その動きは予測済みだ。


 藤治郎の反応する速度以上に桃香は、反応して藤治郎のマシンが真ん中に入った瞬間、インコーナーを攻める。

 コーナーを回っている瞬間、藤治郎と桃香のマシンが並ぶ。


 藤治郎が

「先へは」


 桃香がAIウリエルのアシストによって最適な加速タイミングで藤治郎を抜いた。


 桃香は、三位に出る。


 藤治郎が

「見事だ…」


 桃香は三位に躍り出る。


 サラが桃香のマシンを確認して

「あの子、やっぱり…センスがあるわ」


 ミハエルも

「サラの教え子であり、200%のリンク率は違うな。だが…」

 ミハエルとサラも負けてはいない。


 サラとミハエルのデットヒートを前に桃香が

「ウーチャン、抜ける隙ってないよね」


 AIウリエルが

「ええ…一発でアウトになります。ここは冷静に待つしか…」


 桃香が頷き

「うん。でも…」


 AIウリエルが

「後方より、ゼクロスが迫っています」


 ゼクロスは様々なコーナーや直線に合わせて形状を変える。

 車には内輪差というモノがある。外と内では車輪が進む距離が違う。それが抵抗となる。

 だが、ゼクロスは違う。

 コーナーに合わせて左右の形状を前後させる。

 そんな事をすれば車体が持たないし、様々な抵抗が起こり事故になる事がある。

 だが、ゼクロスは、それを越えて形状を変化させてコーナーを曲がり、直線を進む。

 その姿は、マシンというより生き物だ。

 ゼクロスという黒い生き物が迫る。


 藤治郎もあっという間に抜かされて、桃香の後ろにゼクロスが来た。


 それはミハエルもサラも分かっている。

 四台のマシンによる先頭集団のデットヒート。

 一位のミハエルは無駄とミスのないコース取りをして先を進む。

 それにサラも続く。

 桃香は、ゼクロスと並んだり離れたり入れ替わったりしている。


 桃香は、ゼクロスと交差するマシン勝負をしていると…不意に

「あれ?」

 不思議な感覚を…。


 ゼクロスの息づかいが…似ている。

 呼吸する感じ、動きというか、気配が…

「堂本さん?」


 ゼクロスに堂本 トオルの気配を感じてしまう。

 それは正解であるが、桃香はゼクロスにトオルが乗っているのを知らない。


 ゼクロスのトオルは、桃香の反応に困っている。

 桃香はマシンとのリンク率が200%だ。

 桃香と出会った時に、桃香は無意識に相手の呼吸を呼んでいるのをブレインデバイスで知っていた。その相手の呼吸に合わせつつ自分の呼吸を混ぜる感じは、合気道に通じている事でもあり、そして…それは…桃香が持つ処世術の才能の一つでもある。


 トオルはデータ図形の世界で、桃香の雰囲気を見る。

 全ては過ぎ去ったデータ図形ばかりなのに、桃香を示す図形データだけは、人のような…そんな錯覚を。


 トオルは呼吸を整えて

「冷静にいくぞ」

と、感情を凍らせる。


 桃香は、それを感じた。

「ああ…変わった」

 トオルの気配から、機械のような冷たい感じを察知する。


 レース中盤、音速への加速スイッチの許可が下りる。


 ミハエルとサラは、抜群のタイミングで直線に入り、音速へ突入する。

 それに桃香とゼクロスも続く。


 長い直線で、音速を突破する四台は、一台を除いて最適な減速をするも、ゼクロスだけは加速を続けて後部車輪にある量子重力ジャイロを使って、慣性を相殺してコーナーを曲がる。


 それに追いつくマシンはない。


 先頭だったミハエルは二位になった。


 またしてもゼクロスの土壇場だ。

 ミハエルも追いつこうと走るが、ゼクロスの形状を変化と加速に追いつけない。


 ゼクロスと、ミハエルにサラと桃香のマシンとの差が開いていく。


 桃香は…

「ウーチャン」


 AIウリエルが

「はい…」


 桃香が

「例の機能…使える?」


 AIウリエルが

「直線といった加速が出来るコースでしか…」


 桃香が真剣な目で

「チャンスを狙うよ」


 AIウリエルが

「了解です」


 先を行くゼクロスに食らいつくミハエルとサラに桃香。


 ミハエルは、久しく自分が挑戦者という感覚を忘れていた。

 覇者、一位の王者、そんな名称が…

 だが、今は違う。

 あの頃、初めてGC-1のレースに参加して必死に足掻いていた熱い頃の感覚が身を包む

「ふふ…楽しい!」

 追いつきたいという焦燥感と高揚感が同時にあった。


 サラもミハエルの燃えている感覚を察して

「全く、エレガントに…なんて言っていたクセに…」

と、サラもハンドルを固く握る。

「アタシも負けていられないわ」


 ゼクロスの後ろにいる全員が、ゼクロスを抜かそうと本気で燃えていた。


 ゼクロスを操縦するトオルは、冷静で淡々と操作する。

 最適なコースと変形に加速、それだけを続ける図形データの世界。

 後ろにいる四人は、図形データでしかない。

 感情なぞ、分からない。

 それは、トオルがゼクロスに乗る前に操縦していた人型機体と同じだ。

 ブレインデバイスを使って繋がり、遙か遠方の月にある自分のロボット分身を操作するのと同じだ。目的の作業をするだけ。


 ゼクロスが先頭でレースが進む。

 そして、最後の仕掛ける時が来た。


 ミハエルとサラに桃香の三人は、直線へ入る。

 ゼクロスは最初に加速する。

 それにミハエルとサラ、桃香が続く。


 ミハエルとサラのマシン性能では、ここでブレーキを掛けるしかない。

 ゼクロスとの差が開くが、桃香のマシンだけは先行する。

 サラが

「桃香! それじゃあ!」


 音速でのブレーキタイミングは絶対だ。

 そこでミスをすれば強制ブレーキが働き、大きく順位を下げる。


 ミハエルが

「我先にと焦ったか!」


 桃香には、桃香のマシンには…とある仕掛けがある。

 それは

「重力ベクトル・システム起動」

と、AIウリエルが告げる。


 桃香のマシン、GC-1のマシンの低温核融合には、とある細工が施されている。

 安定的な高出力を維持する為に、一つの低温核融合システムにもう一つの低温核融合システムを被せた二重の低温核融合が備わっている。

 その一つを使って慣性を相殺させる重力ベクトルを放った。


 慣性が打ち消されるが、それは桃香の負担を減らす訳では無い。

 慣性の相殺と生じた重力ベクトルの強弱は、桃香の体を襲って体力を消耗するが…


 ゼクロスの後ろに付けた。


 桃香とゼクロスの一騎打ち。


 ゼクロスのトオルは、唐突に桃香のマシンが来る事に驚くも、直ぐに冷静になる。


 桃香は

「いけぇぇぇぇぇぇぇ!」

と、ゼクロスに並ぶ。


 そして、ラストの周回。


 ゼクロスの前に行こうと焦った桃香と調整不備なシステムによって、ゼクロスにぶつかりそうになる。

 コーナーで桃香のマシンは内側、ゼクロスは大外。


 桃香のマシンがぶれる。

 

 桃香は最悪な未来が見える。


 ゼクロスのトオルが

「この!」

と、後輪の量子重力ジャイロの出力を最大にして、桃香のマシンに慣性を打ち消す力を当てる。


 それによって桃香は操作を取り戻して、ゼクロスが遅れる。


 刹那の瞬間、助けてくれたゼクロスに桃香はトオルを見た。


 桃香のマシンが先頭、その後にゼクロスのマシンが続いてゴールした。



 その後、桃香のマシンはピットに戻り、桃香は急いでマシンから降りるも、無茶なシステム運用のダメージで、その場に倒れそうになったのを鏡花が支えて

「全く! まだ完成前の重力ベクトルのシステムを使って! どういうつもり!」


 桃香が

「ごめんなさい」


 鏡花が桃香を抱えて

「とにかく、ドクターに診て貰いましょう。ダメージがあるみたいだから」



 その後、桃香は医者の診断で問題ないとして、表彰式に出る。


 トオルが乗るゼクロスは、直ぐに回収されて、運搬基地トラックに戻ると、ゼクロスのコクピットからトオルが出て、内部を満たしている特殊液体を吐き出して

「すまん、急いでいく用事がある」

と、マシンスーツを脱いでシャワールームへ向かう。


 それにスベルが呆れて

「帰ったら、ドクターチェックをしろ」


 トオルは頷き

「分かっている」



 ◇◇◇◇◇


 表彰式が終わり、桃香は観客席を見回す。

 そして、そこに…トオルがいた。


 桃香は急いで、観客席へ向かい。

 それをミハエルと藤治郎、サラが見ていた。


 桃香が観客席に走ってくると来ると

「堂本さん!」


 トオルは手を上げて

「ああ…すまなかったね。ちょっと…仕事が立て込んでいて」


 桃香がトオルの前に来て

「来てくれたんですね」


 トオルは頷き

「レースは動画で見ていたよ。おめでとう」


 桃香は微笑み

「いいえ」


 トオルは困った顔で

「すまないね。何か…気の利いた事を言えなくて」


 桃香がトオルを見つめる。


 トオルのブレインデバイスが、桃香が集中して見ていると知らせる。

「何か…顔に?」


 桃香が

「堂本さん、ゼクロスの操縦者じゃあないですよね?」


 その問いかけにトオルは少し遅れて

「まさか…違うよ」

と、否定のウソを。


 桃香が僅かなトオルの変化を察する。

「あの…私、秘密にしますから…。本当の事を教えてください」


 トオルが作り笑みで

「本当だよ。ゼクロスの操縦者じゃあない」


 桃香の目が開く。


 トオルのブレインデバイスが桃香の強い確信の感情を伝える。


 桃香がトオルの手を握り匂いを嗅いで

「まだ…残っている。LFV…人型機体を操縦する時は、操縦者の保護と機体のシンクロを上げるLFV溶液に包まれます。無論、仕事が終わった後にLFV溶液は洗い流す為にシャワーを浴びますけど、匂いは残る」

 桃香がトオルを見つめて

「もし、仕事でLFVに乗ったのなら…その後にドクターチェックが入ります。それは一時間は掛かる。だから…LFV溶液の臭いは、その間に落ちるから微かになる。でも…」


 トオルは困惑してしまう。

「たまたま、ドクターチェックをパスできたから…」


 桃香が

「私の父さんも、トオルさんと同じブレインデバイス装着者で、前にLFVにも乗っていました。だから…分かるんです」


 桃香は引かない

「トオルさん、さっき、ゼクロスの操縦者じゃあないって言いましたけど、私がゼクロスがどんなマシンか…言ってませんよ」


 トオルはミスをした。

 これが発達障害の致命的な欠点だ。

 自分の認知と相手の認知が一緒だと錯覚してしまう。

 桃香は、カマを掛けたのだ。

 ブレインデバイス装着者、発達障害の認知のクセを知っているからこそ…

 知らないなら、何?、ゼクロスって…となる。

 これがブレインデバイス装着者の発達障害なら、知らない問いを聞いて困惑して沈黙してしまう。

 予想外の事が苦手なのが発達障害の特徴でもある。


 トオルは、ある程度のウソを想定していたが、桃香はそのウソを見抜く想定をしていて、それにトオルが…


 桃香の確信が強くなる。

「私、絶対に秘密にしますから…」


 桃香の積極性にトオルは、予定外となり困惑する。

 そこへ

「止めてくれないか?」

 スベルが来た。


 桃香からトオルを離して

「すまんね。こちらには守秘義務があるんだ。これ以上は」


「なら、その守秘義務を結ぼうじゃあないか」

と、ミハエルが現れて


「ええ…それなら、問題ないでしょう」

と、サラも加勢する。


「法的な事を守るのも、ドライバーの勤めだ」

と、藤治郎も来る。


 予想外な事にスベルとトオルは困惑して沈黙してしまう。


 最悪なのは、スベルとミハエルは、顔合わせてしている。

 スベルがトオルを庇った事で、全ては確信になってしまった。

 

 そして、バレた。

 トオルがゼクロスの操縦者である事を…。


   

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レースの姫君と怪物 赤地 鎌 @akatikama

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