第2話 怪物

 

 桃色の髪をした少女がサーキットの観客席にくる。

 誰もいない観客席で、これから行われる新たなレース、GC-1のモータースポーツの準備中である鈴鹿サーキットを見つめる。

 5800メートルもある歴史が長いサーキットで、彼女は…自分がGC-1のマシンに乗って駆け抜ける姿を想像する。

 彼女…少女の名は、栗原 桃香。

 新たに加わるGC-1のモータースポーツのチーム、アライズのドライバーだ。

 桃香の後ろから

「モモーーーー」

と、呼びかける女性、アライズのチーフにしてマネージャーの鏡花だ。


 桃香が鏡花に走り

「今、行くーーー」

と、鏡花の元へ来た。


 鏡花が桃香に

「どう、初めてのレースは? 緊張する?」


 桃香が嬉しそうに

「ううん。凄く楽しみ。この日のために…たくさん、練習してきたんだから」


 鏡花が微笑みながら

「実戦とシミュレーションじゃあ、全然…違うから。今日のレースは、完走する事を目標にしましょう」


 桃香が

「それじゃあ、ダメ。絶対に一位を取るんだから」


 鏡花が呆れ気味に

「その意気込みは評価するけど。まだまだ、出たばかりの新人、挑戦者なんだから。その場に慣れる事から始めましょう」


 桃香が

「はぁ…い」

 

 鏡花に連れられて桃香は、ピットへ向かう。

そして…

「桃香ーーーー」

と、桃香を抱き締めるのはチーム富岳の美香だ。


 桃香が抱き締める美香の背中をなで

「お待たせだよ。美香」


 綾も来て

「待ってたよ桃香」


 美香と綾、桃香は同じGC-1のドライバー養成を受けた仲間だ。

 先に美香と綾が来て、桃香が後から来た。


 三人の元へサラとアレシアが来て、サラが

「ようこそ、GC-1レースへ。桃香…歓迎するわ」


 桃香がサラと握手して

「師匠、やっと来られました」


 サラが握手してウィンクし

「もう、師匠じゃあないわ。同じ仲間のサラよ」


 アレシアが

「君が桃香ちゃんね。サラから話は聞いているわ。期待している」


 桃香がアレシアに

「初めまして、栗原 桃香です。よろしくお願いします」


「おや、早速、期待の新人に挨拶とは…抜け目がない」

と、ミハエルが藤治郎と共に挨拶に来た。


 桃香は背筋を伸ばして

「初めまして、栗原 桃香です」


 ミハエルが微笑み

「君の噂は聞いている。AI適合率…200%の天才」


 桃香は微笑み

「偶然ですよ。偶々…適合したAIが私に合っただけで…」


 藤治郎が

「このレースに参加しているドライバーでも、ドライビングAIとのシンクロは100へ到達した事は無い。まずは初戦だ。レースの空気を掴む練習をするといい。次からは…狙ってこい」


 桃香は真剣な目で

「いいえ、初戦だからって手は抜きません。今からでも、皆さんの後ろを狙います」


 それを聞いてミハエルと藤治郎は嬉しくなる。

 これ程にガッツがあるドライバーの登場は、嬉しくなる。


 ミハエルが手を伸ばして

「ミハエルだ。よろしく頼むよ」


 藤治郎も手を伸ばして

「藤原 藤治郎だ」


 桃香はミハエルと藤治郎と握手する。

 やっと、この場に立てた事の嬉しさを噛み締める。


 挨拶を終えた一同は、お互いの準備を始める。

 桃香は、桃香専用に作られた耐圧式ドライビングスーツに身を包む。

 深呼吸して、鏡に映る自分を見つめて桃香は

「よし、やるぞ! 桃香」

と、マシンがあるピットへ向かう。

 桃香のマシンは戦闘機のようなタイプで、白とピンクの柔らかいカラーだ。

 桃香がマシンに乗り、マシンとドライビングスーツの接続が始まる。

 桃香の頭脳と体がマシンと接合を始める。

 ブレインデバイスが発達した今の時代、デバイスのような機器を移植しなくてもダイレクトに操縦者の意識とマシンが繋がる事が出来る。

 つまり、マシンの状態を己の体のように感じられて、マシンの操作性が向上する。

 だが、その適合率は100%を越えた事は無い。

 覇者のミハエルとて70から60程度しかない。

 だが、桃香は搭載される高性能AIウリエルと200%のシンクロを達成できる。

 桃香の視界が拡張される。マシンの外が見える。

 操縦席にいるのに外の風や音、匂い、震動を感じつつ、頭上に天使の女性が浮かぶ。

 AIウリエルの擬人化した姿だ。

 ウリエルが次の先を示し

「行きましょう桃香」


 桃香はマシンを動かす。

「行こう、ウーチャン」

と、ウリエルの愛称を告げると、AIウリエルは微笑んだ。


 桃香のマシンの操縦は、他と違う。

 普通の運転なら、視界や装置、AI、センサーで他のマシン達を確認して進むが、桃香にはそれが感覚的に処理されて、最適な選択の行動を即座に行える。

 正に人機一体を体現している。


 それをピットのチーフである鏡花が他のオペレーターと共に、データ画面を見て

「どう? 桃香とウリエルの状態は」


 オペレーターが

「抜群です。問題ありません。これなら…」


 鏡花は安心して

「そう、良かった。でも、ムリは禁物よ…桃香」


 ◇◇◇◇◇


 別の頃、ミハエルがマシンに乗って出ようとしていた時に

「藤治郎、新しい別のチームのドライバーとは、挨拶が出来なかったなぁ…」

と、通信インカムで答える。


 マシンに乗る藤治郎が

「そうだな。出てきたのは、交渉を担当する女性のネゴシエーターだったな」


 ミハエルが

「マシンも見られなかったし…また、後で挨拶に行こう」


 藤治郎が

「豆だなミハエルは」


 ミハエルは

「数少ない男性のGC-1のドライバーだぞ。仲間は大切にするもんだ」


 藤治郎が

「後、今日は、娘や息子に何かを買って行くんだろう。それに間に合うように挨拶を済ませろよ」


 ミハエルが

「悪いな、何時も付き合わせて」


 藤治郎が

「少ないGC-1の男性ドライバーの仲間だろう」


 ミハエルは嬉しげにマシンを走らせた。


 ◇◇◇◇◇


 別の新たなチーム、ゼロエルからマシンが出てくる。

 それは異様だった。

 全てが真っ黒で、宣伝用の企業名もない。

 後輪が異様に大きく、全体の三分の一も大きなタイヤで、車輪のホイールカバーには光を放つ装置が埋め込まれている。

 形状は、戦闘機型とスポーツカータイプの二つを合わせた形で、全体から見れば異様、異質としか思えない。

 マシンの名は、ゼクロス。

 ゼクロスの操縦席は、特別な液体に満たされた棺で、その中に操縦者のトオルがいた。

 だが、ハンドルがない。

 ゼクロスの操縦は、トオルの後頭部と繋がるブレインデバイスとマシンが接続されたケーブルによって行われる。

 アクセルもブレークもハンドルも、その他のスイッチや画面の一切ない。

 外の風景が見えない。

 トオルは、ブレインデバイスから送信されるデータを元にマシンを操縦する。

 その世界に、光はない。

 データと数値、三角と四角の物体全体を示した簡略図で、外が表される。

 外の風景は、サーキット全体を見つめるサーキット上空を飛ぶ飛行ドローン映像が四角く小さい画面であるだけ。


 スベルが通信で

「トオル、今の状態は?」


 トオルは淡々と

「70%だ」


 スベルがオペレータールームで、スベル自身にもある後頭部のうなじのブレインデバイスと繋がるケーブルで、トオルと全てのシステムの調節をしていた。

 スベル以外、オペレーターはいない。

 スベルは調節して

「どうだ?」


 トオルは淡々と

「80%になった」


 スベルは、数値を見て

「よし、許容範囲だ」


 トオルが「出る」とマシン・ゼクロスを動かす。


 ゼクロスがサーキットに出ると、その異様な姿に他のチームや、観客席の客の視線が集中する。


 そして、発信順位を決める予選のレースを開始される。

 三周回ったタイムで早い順にスタート位置が決まる。

 

 ミハエルが一位で、次にサラと、桃香は真ん中、ゼクロスのトオルは一番最後だ。


 桃香はマシンに乗って感じていた。

 後方、後ろにいるマシンから人の息づかいではない、何か別の生き物ような感じを。

 だけど、今は…目の前のレースに集中する事にした。


 レース開始の時が迫る。

 カウントダウンの光、そして、レースが始まった。


 一斉にGC-1のマシン達が走り出す。


 最速で出たのは、やはりミハエルとサラだ。


 だが、今回のレースは違った。


 周回していくレースで、確実に順位を詰める者達がいる。

 レースの姫君達だが、その中で先頭に躍り出た姫君がいた。

 桃香のマシンだ。


 桃香のマシンは凄まじい挙動をしていた。

 マシン同士のセンサーが干渉するギリギリとコースギリギリを攻めて次々とマシンを追い抜いていった。

 綾と美香が、桃香のマシンの動きを見て美香が

「やっぱり、桃香だぜ。アタシも!」


 ミハエルが後ろを確認すると、今までにないくらいのレースの姫君達が食らいついてくる。

 美香、綾、アレシア、美玲、月花、ブリジット

 

 ミハエルの直ぐ後ろにはサラも

「桃香くん、感謝する」

 もの凄く熱い展開、桃香に触発されてレースの姫君達がミハエルを狙ってくる。

 ミハエルは最高なプレッシャーを受けて、俄然、やる気が爆発する。


 桃香が、ミハエルの直ぐ後ろ、三位の藤治郎のマシンに迫る。


「抜かせん!」と藤治郎が


 だが、桃香のAI天使ウリエルのサポートと桃香の操縦で

「そこ!」

 大きなコーナリングが来た所で合わせられて、抜かれた。


 直線に入る。


 桃香が「ここ!」

 誰よりも最高のタイミングで音速へのスイッチを入れた。

 サラと並ぶ桃香、すぐ前には覇者のミハエル。


 初戦の新人がミハエルに迫る。


 レースが大盛り上がりする。


 ミハエルもやる気が爆発する。

「抜かせない!」


 サラも嬉しさとやる気で

「桃香! 負けないわよ!!!」


 桃香は叫ぶ

「いけええええええ」


 接戦になる。


 大きなコーナリングが来た。

 ここで、どう出るか?

 そこで勝負が決まる。


 だが、そこへあの異様なマシン、ゼクロスが来た。

 順当に順位を上げて、桃香の後ろに来た。


 そして、あろうことか…音速のスイッチをコーナリングに入る前で入れた。


 オーバースピードで事故が!

 

 ゼクロスの操縦者であるトオルは、データの世界で

「量子重力ジャイロ作動」


 音速を超えてコーナリングに入った瞬間、ゼクロスが信じられない程の急制動とブレーキが入り、ゼクロスの形状が変化する。

 それはバイクのようだった。

 前輪が全て下に入り込み、後輪が後ろに伸びて一つの車輪になった。


「な!」とミハエルが驚愕する。


 音速の半分の速度で、コーナリングを大外で駆け抜けるゼクロス。


 ミハエルの目の前をバイク形状のようになったゼクロスが疾走して抜いていった。


 会場が驚きに包まれる。


 ゼクロスの形状が変化する。

 バイク型からスポーツカー型へ。

 空力による押さえつけを主にした形態へ。

 その一連の動作がまるで生きているようだ。


 ゼクロスがコーナリングを前にすると、車体が斜めに変化する。

 まるでカーブするコーナリングに合わせて形状を最適に変化させているようだ。

 信じられない速度で、コーナリングを決める。

 コーナリングをしている最中、ゼクロスの巨大な後輪が激しく光を放っている。

 

 抜かれたミハエル、サラ、桃香が追いつこうと食らいつこうするが、ゼクロスが形状をバイク型、戦闘機型、スポーツカー型と変化させて、コースの状態に合わせて変化する。


 そして、タイヤ交換が来たが、ゼクロスは一切、タイヤ交換をしないで走り続ける。


 ゼクロスのピットにはタイヤ交換の設備がない。


 ゼクロスがピットインすると、背面の何かのボンベを交換して終わり、また発進する。


 ゼクロスが圧倒するように前、一番を続ける。


 周回遅れのマシンも追い抜いて…爆走するゼクロス。


 ゼクロスとトオルをモニターするスベルは

「順調だな」

 一位を取っているのに淡々としている。


 ミハエル達を引き離して、ゼクロスがゴールのチェックフラグを切った。


 突如、現れた怪物マシンに会場は、驚きと困惑をしていた。


 ゼクロスがそのまま、ピットへ戻るとピットにある回収コンテナにゼクロスが入り、ロックがかかって、扉が閉まる。


「待て!」

と、ミハエルが呼びかける。

 レースが終わって直ぐにゼクロスのチーム、ゼロエルのピットへ来るも、そこは無人でミハエルのような人が来ると、警備ドローンがミハエルを止めた。


 ゼクロスが回収されたコンテナは、静かに走り出して会場の外へ運ばれて外のトレーラーと接続された。

 ゼクロスを回収したコンテナと、トレーラーのコンテナが接続される。

 そのトレーラーにミハエルが来て

「私は、ミハエル・ローグスだ。チーム、オルディオンのドライバーだ」

と、名前を告げる。


 トレーラーから出てきたのは、チーム、ゼロエルのネゴシエーターの女性、周 藍蘭が出てきた。

「もし訳ありません。レースが終わった後は…直ぐに回収するのが…」


 ミハエルが

「ドライバーと…話をさせてくれ」


 藍蘭が困惑して

「でしたら…フロントを通して…それから」


 ミハエルが

「今、彼と…話がしたい」


 引かないミハエルに、スベルが出てきて

「ドライバーは、これだ」

と、自分の首にあるブレインデバイスを見せて指さす。


 ミハエルが引いてしまう。つまり、障害者という事だ。

 それでも

「それでも…話が…したい」


 スベルが冷徹に

「ダメだ。ドライバーは、レースで消耗した。表彰式には代表が出る。これ以上…問題を起こすなら、運営委員会に申し立てるぞ」


 ミハエルが苦しそうな顔で

「分かった。だが、名前だけでも憶えて置いてくれ、ミハエル・ローグスだ。ドライバーの彼には、何時でも…話をする準備があると…伝えてくれ」


 スベルは黙ってトレーラーの戻って、トオルをゼクロスから解放する準備を始める。


 ゼクロスを分解する装置が動き、ゼクロスの様々な部分が開かれ、トオルが入るカプセルを取り出す作業をするスベルに藍蘭が

「伝えますか?」


 スベルが、トオルが入ったカプセルを開けてトオルを出しながら

「ミハエルという人物が来たが」


 トオルは気管に残った液体を吐き出して

「必要ない。会う意味もない」


 スベルが

「交渉と折衷は、藍蘭さんがやってくれ」


 藍蘭が溜息交じりで頷き

「分かりました」


 ◇◇◇◇◇

 

 ゼクロスの登場、それによってGC-1のモータースポーツに大きな衝撃が走っていた。

 正体不明のドライバー、未知のマシン。


 次の日、ゼクロスのマシン構成が開示された。

 それを桃香は見て

「こんなの…本当にマシンなの?」


 ゼクロスは、低温核融合を三基も装備している。

 その低温核融合の理論を利用して、重力場を生成して慣性を操作するジャイロ効果を生成している。

 あの巨大な後輪には、低温核融合のシステムが組み込まれているのだ。

 タイヤは、内側からスタッドの繊維が噴出する自己生成で、しかも、電気的な力で摩擦や状態を変化させている。

 他にも鱗のように組み合わさった装甲による形状変化。

 今までにないシステムが山盛りに組み込まれている。


 このゼクロスのマシンを作ったのは、世界にナノマシン産業を作り出したM&Yカンパニーという、21世紀で強大な大企業だ。

 ゼクロスの開発には、軍需産業も絡んでいて、そのドライバーやシステムに関して秘匿義務が生じている。


 誰もゼクロスの操縦者を知る事は出来ないのだ。


 GC-1のモータースポーツ

 そこは、低温核融合を動力とした新たなレースゲーム。

 ドライバーの多くは、女性で…一種のアイドルドライバーを提供するエンターテインメントになっていた。

 そこへ、とんでもない怪物が投入された。


 これが、怪物とレースの姫君との戦いの始まりだった。 

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