幕間劇 神薙

 ――――おめでとうございます!

 ――――第一次審査、合格です!


 そう画面に表示されても、神薙は特に動揺しなかった。

応募直後に謎の審査がくだされる可能性も考えていたからだ。なにせ、コレの仕様は通常のオーディションと大きく違っている。既に、彼女は『その事実』について察していた。

【少女サーカス】はなにもかもが異常だ。

 大規模かつ商業的な意味合いを持つイベントでありながら、コネも知名度も実績も無視して、メインボーカルを選ぶなど、正気の沙汰ではない。ヴァーチャルオンリーでの開催とはいえ、スポンサーと協賛企業の多さからだけでも、本来ならばありえないことだと判断ができた。Arielの死にまつわる疑惑といい、すべてが胡散臭く、常識から外れている。


 だからこそ、万が一の奇跡がありえた。

 そして神薙はソレに縋るしかない身だ。


 神薙は知っている。歌唱力はともかくとして、彼女という存在は哀れなまでに自己プロデュースの才覚に恵まれていなかった。度胸もなければ華やかさに欠けており、器用さすら持ちあわせていない。ならば、歌だけで戦える舞台に立とうにも、その足場は狭すぎた。

 今までにもさまざまなオーディションを受けてきたが、結果は散々だ。

 時間がない。そう、神薙は焦ってもいた。

 まだ若いとはいえ、そろそろ明確に将来を見据える必要性に迫られていた。変わることなく、バンドマンである兄は協力的だ。だが、彼が音楽を愛しながらも芽がでない分、両親の期待は最終的に神薙が負う流れと化していた。どうにもこうにも理不尽で難しい話だ。

 そして、彼女にも譲れない意地があった。

 モノトーンで統一した部屋の中、神薙はぽつりとつぶやく。


「はじまってもいないのに、終われるわけがないでしょう?」


 そう、神薙という歌い手はまだ世間に知られてはいなかった。彼女は冷静で、自己評価が低くも賢明な性質だ。未だに戦場に立ててすらいないという事実を、正しく把握している。歯痒く不甲斐ない。だからといって独自のスタイルを投げ捨てたうえで、今更流行を探る勇気もなかった。折れて、媚びて、それでも負ければ、恐らく二度と立ちあがれない。

 なによりも、現在の神薙を慕ってくれている、少数のファンを失うことが怖かった。


 ――――おつかんなぎー! 配信ずっと、本当に、楽しみに待ってました!


 ただの文字列のはずの言葉は明るく軽快な声として、脳内で再生された。実際には聞いたこともないのに不思議な現象だ。神薙は憂う。【少女サーカス】への応募を『彼女』はどう捉えただろうか。軽蔑されたか、呆れられたかもしれない。だが、それでもよかった。


「必ず、私は歌姫になってみせるから」


 そうすれば、長年推してきた事実も、価値と箔を持つだろう。

 こんな、つまらない歌い手を選んだことに意味もでるはずだ。


「だから、待ってて」


 薄手の眼鏡の下で、神薙は黒い瞳を細める。

 彼女は歌を愛していた。だが、それ以上に。


 ただ、無邪気に誇ってもらうに値する、唯一の存在になりたかった。

 それだけの価値があると思える自分の形に、辿り着きたかったのだ。


 親愛に相応の結果を返すのは難しい。

 そのためには、逆転劇が必要だった。


 たとえ己の運命を、歪に捻じ曲げることになろうとも。

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