第二幕 選抜(4)

『私を応援してくれている人の中にも、【少女サーカス】の告知について不満や反発を覚えている方が多いと思います。それをわかっていて、黙ったまま選択をするのは卑怯かなと考えました。だから、お知らせをします』


 言葉を選んだ、たどたどしい書きこみ。それを思いだしながら、七音はフリーメールのアドレスを送信した。受信ボックスを開き、更新を連打する。やがて簡潔な文面と共に、応募用のページのURLが送られてきた。迷うことなく、七音はリンクをクリックする。

 真っ白な画面が表示された。そこに紅文字で、異様な問いかけが浮かびあがってくる。


 あなたには最高の歌姫の座に至るための戦いに、命を懸ける覚悟がありますか?

YES/NO


『私は【少女サーカス】のオーディションに申しこみます。挑戦を、したいです。Arielは、私にとっても憧れの人でした。だからこそ、彼女のようになれる可能性が提示されているというのに、背を向けることはできません。この選択を軽蔑する方も、当然いると思います。その時は、私のフォローやチャンネル登録は気兼ねなく解除してください。今まで、本当にありがとうございました』


 YESだ。

 それ以外にはない。

 最早、七音には他の選択肢など存在しなかった。お試しだからとか。落とされて当然だとか。そんな生半可な覚悟までもが、共に消失している。最終までは進んでみせよう。絶対に喰らいついてやる。そうした獰猛ともいえる決意を胸に、七音は答えをクリックした。


『こんな私を長く応援してきてくれた人がいるんです。ずっと、その期待に応えたかった』

『私は、歌姫になりたい』


(なんだかおかしな、このオーディションで、神薙を一人にはさせない!)


 七音は考える。恐らく、あの異様な書きこみは第一回目の【少女サーカス】の関係者によるものだ。過去のオーディションでも、何か問題が生じたのだろう。Arielの死と業界全体も関与しているのならば、異常なパワハラが常態化している可能性なども考えられる。

 ならば審査過程で、神薙も追い詰められてしまうかもしれなかった。そのとき、七音が隣にいれば、彼女に素晴らしさを伝えることができる。あなたは一人じゃないと、言うことができる。だが、入り口を開かなければ、何もできはしない。そのためには、己も飛びこむべきだ。そう、七音はページの切り替わりを待つ。同時に、彼女にはわかってもいた。

 きっと、神薙には迷惑に思われるだけだろう。それでも構わなかった。


 七音は、神薙を守りたいのだ。


(先にナニが待とうと絶対に!)


 瞬間、ひび割れに似たノイズが走った。

 長い沈黙後、パッと画面が切り替わる。


 ――――おめでとうございます!

 ――――第一次審査、合格です!


「………………………へっ?」


 呆然と、七音はつぶやいた。意味がわからない。まだ、彼女は個人情報の一つも入力してはいないのだ。いったい、これはなんなのか。もしや、ランダム表示か、新手の冗談か、炎上企画なのかと疑う。だが、続けて、画面上にはどうやら真剣らしい言葉が表示された。


 ――――あなた様の『命を懸けた覚悟』確認させていただきました。

 以降の手順は、『不合格者』へ送られたダミーの案内とは全くの別物となります。真のオーディションは秘密裏に行われますため、口外は厳禁とさせていただきます。ご了承を。


 ――――第二次審査の日程はメールにてお送りします。

 ――――美しくも悲壮な覚悟を胸に、お待ちください。


 パッと、画面は消えた。まるで、七音が読み終わるのを待っていたかのようだ。

ゆっくりと、彼女は息を吐く。全身に嫌な汗が滲んでいた。しばらく見慣れた天井を仰いだ後、七音は受信ボックスを開いた。宣言のとおりに、新着のメールが届いている。七音は立ちあがった。意味なく、フローリングの床を歩き回り、トイレに行き、またもどる。

 それから覚悟を胸にメールを開いた。ダイレクトメールかと疑うほどに、最低限の文面だけが記された内容を確認する。添えられた日時の告知を、彼女は何度も視線でなぞった。


「……一ヶ月後。つまり応募締めきりの直後、か」


 神薙は、受かったのだろうか。わからない。

 だが、不思議と、七音は強く確信していた。


 きっと神薙はいる。たやすく合格しているはずだ。

 七音の覚悟に、彼女の想いが負けるとは思えない。


「……いつか会えるのかな、神薙に」

 

 不安と希望が、胸の奥底で渦巻く。

 かくして【選別】ははじめられた。

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