第二幕 選抜(3)

「……えっ、なんで? 嘘、だよね」


 数日後、七音は驚きの声をあげた。

 嵐のような批判に晒されながらも、【少女サーカス】は告知を撤回しなかったのだ。特に激しく糾弾された、『命を懸けた挑戦』との言葉こそ消去された。だが、謝罪文はない。

 それどころか、『新たな歌姫』への募集要項が追加されたのだ。


その一、経歴、実績は問わない。素人でも可。

その二、各審査過程における合否の公表は避けること。

その三、最終合格者の辞退は禁止とする。


 条件を読み、七音は腕を組んだ。情報や条件が少なすぎる。だが、それらについては、恐らく応募した人間か、書面審査通過者のみに明かされるものと推測ができた。最下部のフォームへ、七音は目を走らせる。ここにメールアドレスを記入のうえで送信すれば、審査登録用ページのURLが自動返信される仕組みらしい。

 目を閉じて、七音は考える。

 やはり、なにかがおかしい。

 Arielの死の謎もふくめて、現実の一部が歪みはじめているかのような錯覚に襲われた。星が堕ちたあとに黒い穴が残され、多くのものを吸いこもうとしている。そう思えてならない。同じような違和感と危機感を覚えている人間も多いだろう。そもそも、だ。

【少女サーカス】が中止されないこと自体が間違っているのだ。


(それでも、応募をする歌い手の人は多いんだろうな)


 確約された地位が大きすぎた。なにせ、【少女サーカス】のメインボーカルだ。公募のタイミングに問題があった以上、選ばれれば非難は避けられない。言葉の弾丸が降り注ぎ、敵意が心臓へ向けられるだろう。重圧も緊張も通常の配信とは段違いなものとなるはずだ。

 だが、注目度も圧倒的に高い。

 石を投げながら、皆も理解をしていた。この舞台に選出された代役こそ、Arielの後継となる可能性は高いだろう。事実上【少女サーカス】は次代女王の戴冠式のようなものだ。


 ただ一夜で、主演の世界は激変する。

 新たな歌姫へと生まれ変われるのだ。


 正直どれほどの数の志願者が集おうとも、通常の活動よりは夢があった。血の滲むような努力と大金が必要なプロモーション、それを嘲笑うかのような運の要素に頼り続けるよりよほど希望は持てる。すでに何名かの歌い手は参加を表明していた。黙したまま応募を済ませた者はそれよりも多いだろう。倍率が何十倍、何百倍になるのかは見当もつかない。

 そうして、実は、七音自身も迷いを抱えていた。


「……経歴、実績は問わず。素人でも参加可能、か」


 子供部屋の椅子の上で、七音はいつものように膝を抱えた。詳細な参加条件は不明だ。蓋を開けてみれば、最低限、投稿動画やオリジナルソングを求められる可能性だってある。奇跡的に一次選考を突破できたところで、オーディションのため遠出や宿泊が必要になる場合、両親の許可は降りはしないだろう。だが、と、七音は思うのだ。

 両親は現実主義だ。どのような形であろうとも、才能で生きていく職種は信じていない。だが、権威には弱い面がある。そんな二人に対して【少女サーカス】の開催規模とスポンサー数は説得材料になり得た。逆を言えば他の道は難しい。大学に進み、一人暮らしを許されるまで、歌のための活動など無理だろう。下手をすれば就職まで干渉される可能性すらあった。ならば今ここで挑戦を望まなくてどうするのか。応募  だけならば自由のはずだ。

 試しに送ってみればいい。そう思う。


 だが、なにかがおかしいのだ。

【少女サーカス】は歪んでいる。


 ――――代わりの歌姫を募集します。

 ――――Arielの玉座に着く少女を。


 ――――我々は、新たなるスタァを求めています。

 ――――ぜひお出でください【少女サーカス】へ。


 ――――あなた様の命を懸けた挑戦を、お待ちしております。


「……うーん、本当にね。どうしようかな」


 椅子の背を、七音はギシギシと軋ませた。

【少女サーカス】のArielに対しての姿勢は誠実ではない。脳裏では嫌な予感が警鐘を鳴らし続けてもいた。だが、所詮はダメ元の挑戦だ。入り口に立つことすらなく、踵を返すのも違う気がする。悩みながらも、七音はネットの海を彷徨った。既に、大多数の人間は話題から離れている。だが、七音が主に交流している層は喪失を引きずっていた。そこには未だに絶えることなく、Arielへの言葉が並べられている。また、別界隈では陰謀論が収まることなく、盛りあがり続けていた。こちらについては『歌姫の不可解な死』だけに疑問をていしたい層と、ロスチャイルドやディープステートと繋げて膨らませたい層が対立したり、一部融合を見せはじめている。どこもかしこもカオスだ。

 そんな中で、ある異質な書きこみが、七音の目を引いた。


「これ、って」


『人気や知名度には【裏】があるんだ。過去のスタァやカリスマもみんな嘘なんだよ。偶像とは虚像。それどころか、虚無。用意されたハリボテを、私達は仰いでいるにすぎない。命が天秤に懸けられる別の舞台。そこですべては決められているんだよ。頂点には実績も努力も関係ない。単なる殺しあいの成果を、私達は信じて、信じて……ああ、聞こえる。【時計兎】がカチコチ、カチコチ。うるさい! うるさい! 私に構うな! 私は止まらない! これは真実の啓蒙だ。皆は目を覚まし、管理された蜂の巣からでて、あのサァカスに掲げられし、処刑台を解放せよ! パレードを続けるんだ私達は家畜ではない奴隷ではない証明の必要がある無意識の渇望を否定し羨望を焼却炉に放りこめ!』

『お願い、信じて!』


 何分割もされた長文の書きこみは、最後に簡潔な一行で終えられた。

 不意に正気にもどったかのような叫びと共に、更新は途絶えている。

 七音は投稿者を確かめた。アイコンは食べ物の写真で、名前は数字だ。

フォロー数は0人。一方で、フォロワーは数人いるものの、これは後から増えた数字だと推察された。投稿者はアカウントを作成して長文を投稿後、完全に沈黙したのだ。

 意味がわからない。

 この尋常ではない叫びの連なりを、七音が見つけられたのは偶然だった。陰謀論の混沌の中をランダムで飛んでいたらいつの間にか行き着いたのだ。意識して掘り起こすのは不可能に近いだろう。運命的なモノを覚えて、七音はゾッとした。だが、冷静に考えればコレは壊れた人間の残した無意味な落書きにすぎない。意味を探すこと自体が馬鹿げていた。ぐちゃぐちゃに重ねられた線の中から、人間の輪郭を読みとろうとするかのようなモノだ。

 それなのに、七音はある部分から目を離せなかった。


『あのサァカスに掲げられし、処刑台を解放せよ!』


(……サァカス。サーカスと言えば)

 

 止めよう。瞬間、七音は決意した。


 応募なんてしない方がいい。それどころか、【少女サーカス】にまつわるすべての情報を遮断すべきだ。そう、決意する。強引に気分を切り替えて、七音は検索するのを止めた。恐らく更新はないだろうが、『推し』のアカウントの通常運営ぶりを見て落ち着こうと試みる。だが、そこで思わず、七音は言葉を失った。第二の衝撃に、彼女は打ちのめされる。


「まさか、神薙が⁉︎」


【少女サーカス】に応募するというのだ。

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