第二幕 選抜(2)

 いっそ華々しいほどに、【少女サーカス】は大炎上した。

 行き場を失っていた不安や不満の矛先が、一斉に向けられた結果だろう。単なる罵倒から当然の指摘まで、さまざまな声が噴出した。

 不謹慎ではないのか。訃報直後に発表するような事柄ではない。死んだ歌姫の代役を募集するにあたって、『命を懸けた挑戦』との言葉を使うなど冒涜的すぎる。


 そもそもArielとは唯一無二だ。

 彼女の代わりなど、存在しない。


 最後の言葉には、ファンから多くの賛同が寄せられた。しかし、その点については七音は自分でも驚くほどに冷ややかな視線を向けていた。淡々と、彼女は疑問を胸中で転がす。

 果たして、本当にそうだろうか?

 音楽の分野には歴史に刻まれた急逝の偉人が多い。特にアメリカでは『27クラブ』という、ロックスターの早すぎる死を指した都市伝説まで語り継がれているほどだ。未だに、彼らや彼女たちは忘れられてはいない。歌は残る。だが、『永遠の空白』など存在しない。

 自然と玉座は埋められる。女王の死後も、国は回るのだ。

 特に、ヴァーチャルという架空の舞台に君臨する、現代の歌姫は地位が不安定だった。

 彼女たちは常にアバターであり、現実世界の人間としては存在が希薄だ。それでも成り立つ背景には膨大な支持と多量の反感、『現実のアイドルより身近である』という、憧れと表裏一体の侮蔑があった。なればこそ、その『死』への衝撃も弱い。何故ならば、死体も遺族も、リスナーからは見えないからだ。故に、代わりを用意されれば、大衆は恥ずかしげもなく飛びつくだろう。いいも悪いもない。単に、そういうものなのだ。

 七音もArielが好きだった。彼女の歌声を評価してきたし、功績を称えている。  Arielの『これから先』を信じてきたし、夢も描いてきた。

 だが、死んだ以上、世に遺るのは『人』ではない。

 媒体に封じられた声と、歌だけだ。

 そして、時にはそれすら失われる。


(今回のこと、神薙はどう思っているんだろう?)


 そう、七音は考えた。すでに歌い手のほとんどがArielの死に関してなんらかの気持ちを表明している。皆が想いを綴っていた。善く言えば切実に、悪く言えばノルマのごとく。

 目立つところでは、代表的なフォロワーである『シスター・アリア』が深刻な動揺を露わにし、長年のアンチである『アエル』が変わらぬ罵倒を吐いて炎上した。だが、時間の経過に連れ、前者は『信者向けのパフォーマンス』、『Arielのファンも取りこむ気だろう』との批判が強まった。後者は『ある意味、一貫している』、『むしろ愛では?』と、双方の評価は入れ替わりつつある。かくも、人心とは移ろいやすいものだ。


 そして、神薙は普段通り沈黙を続けている。

 彼女の胸の内は、七音にはわからなかった。


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