アマゾン奥地のロッジで貞操を奪われかけた話
珠山倫
アマゾン川のロッジで貞操を狙われた話(実話)
時は2000年代後半。
コロナのコの字も聞かない時代に大学の卒業旅行で友人と3人、ペルーに行きました。
二週間ほどの旅程で定番の場所、すなわちマチュピチュやチチカカ湖をめぐり、最後の数日間はアマゾン川流域のロッジに泊まって、大自然を満喫しちゃおう!という欲張りプランです。
さすがに需要がほとんどなかったのか、卒業旅行パンフレットがあるような旅行会社の商品にはこんな旅程のものが存在しなかったので、すべて自前で計画を立てました。
問題となるロッジの予約は、首都リマにあるホステルの人が予約を入れてくれたものです。
途中で一名がひどい高山病になったり(私自身はまったく大丈夫で、もう一名と共に高度3,400mのクラブで踊り狂っていました)、カメラを無くして警察に行ったりと色々ありましたが、高度の低いアマゾン川近くのイキトス空港に降り立った瞬間に元気になっていました。
空港にはロッジからのお迎えが来ており、その車に乗り込むと、めくるめくアマゾンツアーのはじまりです。川にある港でモーターボートに乗り換え、その雄大な流れに身を任せて一時間強の船旅を楽しみました。
「あれがティラニアだ」
「このあたりはワニがいるから、手足を絶対にボートの外に出すな」
ドライバーさんが時折くれる不穏なワンポイント☆アドバイスに震えおののきながら、
「今ここで川に落とされたら死ぬしかないな……」
と思ったことを覚えています。大自然に行くと死って身近に感じますよね。
そんなこんなで着いた宿は、木や竹などの自然素材を最大限に生かしたとても素敵なロッジ。
共有スペースは基本的にオープンエアで、かつてロイヤルホストにあったような天井用扇風機がくるくると回り、全方向にジャングルの緑が見えました。
何より贅沢に感じたのは、
「君たちの一泊目は、他にお客さんがいないから貸切だよ!」
と言われたことです。
それまで狭く、トイレにペーパーがない小さなホステルに泊まってきた私たち三人にとっては、王侯貴族のような贅沢に感じました。
どうやら二月ごろというのはペルーにおいてオフシーズンだったようなのですが、マチュピチュやチチカカ湖にはバックパッカーがあふれていました。
歴戦のバックパッカーでも見つけられないような素敵な宿が貸切だなんて、自分たちはなんて旅の達人なんだろう、と話した記憶があります。
夕食に出たのは、アマゾン川で釣れた魚のフライ。
持ち込んだミニパッケージから日本の恵み、もとい醤油をぽとりと垂らして食べると震えるほどに美味しく、味蕾の一つ一つが喜んでいるのを感じました。
イモ、トウモロコシ、ラマの肉、イモ、そしてイモ……という食生活が続いた後、低地で空気が濃密な中で食べる魚は、本当に美味でした。
そんな感動の食事を終えた後、スタッフの一人が
「ここにはゲームがたくさんあるよ!一緒にやろう!」
と誘ってきました。彼は爆〇問題の田〇さんに似ていたので、仮に田中と呼びます。特にやることのないアマゾンの夜の過ごし方として、ええじゃないか!と感じた私たちはその誘いに乗り、トランプやUNO、ボードゲームなどに興じました。
広間には田中の後輩らしきスタッフ(織〇裕二さんに似ていたので、仮に織田と呼びます)もおり、彼は少し情けない微笑みを浮かべながら飲み物を作ってくれます。基本的には生搾りジュースでしたが、
「これ、サービスしとくよ!」
と言って、ピスコサワーというペルーのカクテルも何杯か出してくれました。
たらふく食べた美味しい夕食、高地でたまった体の疲れ、それにピスコサワー(約45度)。
スマホのない時代の夜らしく、楽しくゲームをしてはいましたが、次第に眠気が襲ってきました。
時間は21時前。高山病から復活したばかりの友人は早々に退散し、部屋で眠りについていました。
もう一名の友人は織田とオセロの真剣勝負をしていたので、私は田中に
「もう寝る」
と伝えて広間を後にしようとしたのです。
しかし田中はなぜか広間から出て、廊下までついてきました。
「???私、これから寝るよ???」
「一人の夜はさびしいだろう?僕も一緒に行くよ」
田中は真剣な顔で言いました。
私たちは三人で相部屋で泊まっており、宿のスタッフであればそれを知っているはずです。
その状況なのに、「一人」とは、はて???と思いましたが、そこはお互い母国語ではない英語でのコミュニケーション。向こうが何か言い間違えたか、こちらが聞き間違えたかしたのだろうと思いました。
「一人じゃないよ、すでにもう友人が寝ているし。部屋はもうすぐそこだから、大丈夫」
「山から来ただろう?疲れているはずだ。別の部屋を用意してあげるから、一緒に行こう」
まだ社会に出ていないぴよぴよのひよこだった私はその時、
「えぇー、でも友達と一緒がいいよ。ありがたいけど、自分の部屋で寝るよ!」
と返し、
「本当か?本当はさびしいんじゃないのか?」
と畳みかける田中の言葉に、
(友達と寝るって言ってるのに「さびしい」とか、変だなぁ。なんか間違った意味で覚えて使っちゃっているのかな?)
と考えながら、
「大丈夫、大丈夫!おやすみ!また明日!」
と言って眠りにつきました。身支度を整えている途中、織田とオセロをしていた友人も部屋に戻ってきました。
その後の日程ではたくさんの野生動物の観察をし、ロッジに新たに泊まりに来た欧米のお客さんたちと話したりもして、楽しく過ごしました。
原住民の村にも行きましたが、踊りや歌を披露する子供たちからものすごく強く虫よけスプレーの匂いがし、数人は足元にビーチサンダルを履いているのを見て、ビジネスを感じました。
美味しい魚とフルーツに大満足し、日本に帰りました。
あの時の田中が何に誘ってきていたのかをふと理解したのは、社会人になってしばらく経った時です。
創作物の中で、浮気がばれた人妻が言うお決まりのセリフである、
「私、さびしかったの」
というのを見て唐突に、
「田中は『さびしい』の意味を間違えて使っていたわけではなかったんだ」
と気づきました。
同時に、あの時に気付かなかった自分にあっぱれ、と思いました。気づいていたらきっと挙動不審になってしまっていたでしょうから。
無知の知ですね。
それにしても、オフシーズンにはしばしば貸切状態になることもあったはず。そんな時に女性だけのグループで泊まっていた人は皆、誘いを受けていたのでしょうか?
そして、ピスコサワーがサービスだったことは田中の策略なのでしょうか?
織田の曖昧な微笑みは、田中の行動を知っているからなのでしょうか?
真相が明らかになる日は来ませんが、数年に一度思い出します。
ちなみにまだそのロッジは健在で、宿泊予約サイトにも掲載されていました。
さすがにもう田中はいないと思いますが、もっと自分がおばちゃんになってからリベンジしてみたいと思います。
素敵なロッジだったのに、思い出すのがちょっと暗がりで距離が近い田中の顔だなんて、嫌すぎるもの。
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