ハロウィンSS 現世に顕現せし死神
「現世に行きたい?」
レイカがおもむろに言った。
「役目の話か? 俺は今は絶賛役目の最中なんだが?」
その言葉に
「違うわよ。役目とは別にこの日だけは限られた優良魂だけが死神の付き添いを条件に現世に行けるのよ。もちろん今の役目の期限を一旦ストップしてね」
「なんで優良魂だけなんだ? そもそも優良魂ってなんだ?」
「優良魂ってのは、役目の期限が五日以上でここに来る前の現世で徳や善行を重ねた人の魂よ。まぁ、五日以上ある人は本当に限られた数しかいないし、ガチャで言うならSSRみたいなものね。そんなSSR魂にはささやかな褒美をということで死神の長、タナトス様が絶対権限を各死神に分与し、この日とお盆とクリスマスの年三回だけ現世に行けるようにしてくれたのよ。まぁ、小旅行みたいなものね」
「なるほど。というかガチャなんて知ってるんだな」
「私はこれでも元は人間よ? それくらい一般常識よ。それで、どうする?」
役目の期限がストップされて現世に行ける。この好条件を断る理由は繋希にはもちろんなかった。それに、なによりも提案したレイカ自身が行きたそうに繋希を見ていたのだ。
「なら行くか。狭間の陰気な世界から出て新鮮な空気でも吸いに行こう」
「ジジ臭いわね。まぁそれなら決まりね」
「すぐに行くのか?」
「まだよ。権限で現世に行ける時間は決められているの。現世時間の鬼門と裏鬼門の時刻ね。詳しく言うなら午前一時から五時と、午後十三時から十七時の間ね。今の現世は正午だからもう少し待ちなさい。で、日付が変わるまでに戻ってくるわよ。戻らなかったら逃亡防止のために死神もろとも地獄に墜とされるから」
「分かったよ」
ということで二人は定刻になるまで待ち、それから現世へと出発した。
***
ハロウィン当日の渋谷。
その人気の無い路地に現れたゲートから出た二人は、それぞれ異なる格好をしていた。
「着替えた覚えはないんだが?」
「死神以外の人間の格好はランダムで決まるのよ。良かったわね。ミイラ男で」
「いいのかこれは」
繋希は肌に包帯を巻いてそれらしい服装、白に細い線のボーダー一式を着ていた。
「囚人のミイラ男ってのがしっくりくるな。で、レイカは死神か。そのままだな」
「死神は自由に選べるんだけど、服の数が多すぎて時間がかかりそうだからこれにしたのよ。私らしいでしょ」
「らしいというか、それをコスプレと言っていいのかどうか」
レイカはフード付きの黒マントに、他も全て黒一式の服装で鎌を持っていた。鎌に関しては不服そうだがまぁ良しとしている。
「それじゃ行くわよ。久々に新鮮な世界なんだから楽しむわよ」
それから路地を出た二人は人でごった返す大通りに足を踏み入れた。
「さすがは渋谷のハロウィンね。色んな格好の人がいるわね」
「まぁ俺も初めて来たけど、そうだな。向こうはアニメのキャラクターの服で、あっちは……なんか濃い集団がいるぞ」
歩く二人の後ろからは異様な、というか本気の仮装をしている集団が歩いてきていた。
「狼男に悪魔にヴァンパイア。フランケンにメイド服のメデューサ? あとあれは…キョンシー、ではないな。あの映画に出てくる井戸の亡霊だな」
「そうね。確かに濃い人達ね」
レイカが後ろに下がろうとした時、背後から来た人にぶつかってしまった。
「あ、ごめんなさい」
その女の子はレイカと同じく黒の全身マントを着て長い箒を持っていた。そして特徴のある烏帽子を見た二人はその子が魔女のコスプレをしている事を理解した。
「大丈夫?」
「うん。ちゃんと前を見ていなかったから。あなたも大丈夫?」
「平気よ」
その子の前髪はとても長く、両目が隠されていたがその奥に僅かに見える瞳はレイカをじっと見ていた。
「死神……のコスプレと、ミイラ男。こっちにはいないなぁ」
死神という言葉にひやりとした繋希だったが、その子は二人を見て口元をほころばせた。
「
「ごめんね。でも死神とミイラ男に会ったよ」
魔女の少女の後ろから来たのはさっきの濃い人達の一人、狼男だった。彼は親し気に話しているので少女とはかなり仲が良いように見受けられた。それから遅れて他の人達も到着したので
「それじゃあね。死神とミイラ男さん」
とその人達は去って行った。
「なぁレイカ」
「なによ?」
「一般人には俺達が霊魂だとか死神だとかっていうのは分からないんだよな?」
「そりゃそうよ。でも死神同士だったら分かるようになっているんだけど、あの子達はちゃんとした生者だったわよ」
「そうか。なら俺の考えすぎか」
繋希は僅かに感じた疑問をぶつけるも、その回答にて納得した。
再び歩き出そうとした時、
「すいません。少しいいですか?」
と別の人、今度は某アニメの勇者のコスプレをした男の人が話しかけてきた。それには繋希が反応した。
「なにか用でしょうか?」
「えっと、あなたではなくてそっちのお連れの方なんですけど」
彼はレイカに用があるらしく、繋希は華麗にあしらわれた。
「私がなにか?」
「いえね、なんか持ってないですか?」
「これのこと? 死神のコスプレなんだから鎌くらいは持ってるわよ。ちなみにレプリカだから安心なさい」
「ではなくて、……なんか。失礼ですか、あなたは普通の人間ですか?」
彼は訝し気に問いかけると、レイカをまるで穴が空くようにじっと見た。その視線はさっきの魔女の少女とは異なり、どこか本気というか本当に疑っているような感じだった。
「なに言ってんのよ! この人は普通の人よ。カタギ! 分かる? カタギの人!」
「恭……」
繋希が間に割って入る前に彼の後ろからやってきたもう一人の女の子に彼が止められた。ちなみにその子は彼と同じアニメに出てくる銀髪ツインテールの魔法使いエルフのコスプレをしていた。
「ごめんなさいね。こいつにはきつく言っておくから、どうか気にしないでくれると嬉しいわ」
「でもよ、なんか感じるんだよな。勇者としてなんか只者じゃないような何かが」
「何も感じないわよ。感じないでしょ? 返事は?」
「……はい」
「よろしい。で、私達はただ警備をしているだけなんだけど、仕事の一環として一つだけいいかしら?」
「それはもちろんかまわないわ」
その時、恭の呼ばれた少女の目の奥が鋭くなった。
「本当に何も無いわよね?」
「なにも無いわ。持ち物検査をしてもいいわよ」
「……そう。失礼したわね。ほら、椎名くん。行くわよ。返事は?」
「…喜んで」
そうして勇者と魔法使いエルフが去っていった。
「レイカ。本当にバレることはないんだよな?」
「無いわよ。でもあの子、私を只者じゃないって言ったわよね。勇者としてってのは冗談だと思うけど、もし本気ならあの子も只者じゃないわよ」
「そうだよな。でも俺はもう一人の女の子の目が怖かったな。なんか何人か人を殺してそうなというか、強靱な芯があるというか、まさに強者って感じがした」
「多分極道か何かじゃないかしらね。二人のやり取りを見てても彼の方が明らかに下って感じだったし、服従的なものを感じたから多分そうね」
「よく知ってるんだな」
「これでも色んな魂を見てるからね」
そうして二人はあらためて歩き始めた。
その道中では食べ歩きをしたりして、喉が渇いたとやけに賑わっている店に入った。
「なんでこんなに混んでるのよ」
「仕方ないだろ。激安の殿堂と謳っている店なんだから」
店内にも多種多様のコスプレをしている人達がひしめき合い、目的であるジュースを取りに行くのも一苦労の様子だ。
「お客様! 通ります! 通してください! 商品が通ります!」
と男性店員の声が響く。
まもなくしてそこから山のように膨大な量のお菓子やら飲み物が補充されると、瞬く間に無くなった。だがどうにかそれを手に入れることが出来た二人は、その雑踏をかき分けてレジへと向かった。
「というか食べ歩きの時も思ったけど、お金はどうなってるんだ?」
「タナトス様から給付されているのよ。まだ余裕があるから安心なさい」
「そのタナトス様って名前しか知らないけど、なんかすごいんだな」
「私達の長だからね。いずれ会うこともあるかもね」
ようやくたどり着いたレジも長蛇の列を成しており、一向に解消される様子はなかった。そこで忙しなく手を動かしている従業員の人達は皆必死の表情をしていた。
「お次のお客様どうぞ!」
そうして二人の順番になると、彼の手によってすばやく会計を済ませる。だがその少し後ろでは
「おい! まだかよ! おせぇぞ、いつまで待たせるんだ!」
と怒号を発する人がいた。
その人はさらに苛立ちを募らせると、次第に周囲の物に当たり始めては他の人達にも罵声を浴びせるようになっていった。
「嫌だなぁ、ああいう人」
「あんなのには関わらない方がいいわ。あんなことをしているといずれやる役目の期日が短くなるだけなのに、それも分からないなんて馬鹿ね」
「いや、それに関しては誰も分からないだろ」
その時だった。
「
とスキンヘッドの強面の警察官が彼に迫った。
「あぁ!? 警察だかなんだか知らねぇけどよ、まずはこの列をなんとかしろや! 地域の治安を守るのは仕事なんだろ?」
「そうだな。言う通りだ。なら、その治安を守らせてもらうぞ」
するとその警察官は一瞬の内に男に手錠をかけた。
「ということで、出るぞ」
「なんで俺がこんな目に遭わなきゃいけねぇんだ! 俺は悪くねぇ!」
「治安を守るのが仕事だ。お前みたいな害虫はいらねぇんだよ。なんならここでやりあってもいいぞ? どうする?」
警察官はまるで獣のような獰猛な眼光を向けると、彼は途端に大人しくなった。そして
「みなさん。お騒がせしました。ではこれにて失礼します」
警察の彼は害悪を引きずって店から出て行った。
「とんでもない光景を見た気がする」
「警察も大変ね」
****
「なんかハロウィンってこんな感じだったっけ?」
「そうじゃないかしら。ミイラ男になったし、区長も迷惑する渋谷で迷惑な人を見て、色んなコスプレの人を見たじゃない。それに久しぶりに色んなものを食べたし。他に何かハロウィンっぽいことってあるの?」
「いや、まぁ。確かにそう言われればそうか」
日が落ちて時刻は夜の十九時を過ぎていた。
狭間の世界に帰るまでの時間が迫る。
「なんか変な人が増えてきたわね。警察も巡回を強化してるし。そろそろ引き上げようか?」
「そうだな。ところで、日付が変わるまでに帰ればいいんだよな?」
「そうだけど。なにかあるの?」
「少し行きたいところがあるんだ。ここからそんなに離れていないから時間はかからないと思うんだけど、いいか?」
「まぁいいけど」
そうして二人は繋希の先導でその場所へと向かった。
「ここ?」
「あぁ。ここは来ておきたかったんだ」
訪れたのは誰もいない公園だった。
昨今の苦情や老朽化で遊具のほとんどが撤去、もしくは使用不可になっていてすっかりと寂しい雰囲気になっていた。
それでもかろうじてブランコと滑り台だけは残っていた。
繋希はブランコに座ると
「ここは俺が昔に
そんな話をし始めた。
するとレイカが繋希の隣のブランコに座って空を見上げた。そこにはいくつもの星が顔を見せていたものの、薄く雲がかかっていた。
「でもあの日俺は、愛慈の手を取れなかったんだ。もし取れていたら今の俺はきっと死の淵にいなかっただろうし、それこそ愛慈と一緒に過ごせていたんだと思う。それに、愛慈はあの後もきっと辛い思いをしたと思うんだ。俺がちゃんと止められていれば……」
「愛慈って子はそんなに辛そうな女の子だったの?」
「そうだな。愛慈の両親は問題ありの人でな。大変な家庭環境だったみたいなんだ。そのせいか顔に傷があったり陰気な雰囲気で家にも帰りたがらないしで、これは絶対にまずいことになっているって感じたんだ」
繋希もまた空の星を見ていた。
薄い雲の先にある星は今はきっと輝いて見えていないだろうけれど、いつかそれが輝く事を願っているような目をしていた。
「愛慈。今はどこでなにをしているんだろうな……」
愛慈が死神によって魂を送られたとは聞いていない繋希は、それだけは安心していた。それと同時に今もなおどこかで生きている愛慈を思って呟いた。
「……きっと大丈夫よ。今は保護とかそういうのがあるし、そういう親は裁かれて当然のはずよ。だから愛慈はきっとどこかで生きているわよ」
「そうだな。なんか湿っぽくなっちまったな」
すると繋希が立ち上がってレイカを真っ直ぐと見た。
「今日はありがとう。久々に戻ってこられて楽しかったし、ここにも来る事ができた。いいハロウィンだったよ」
「そう。それなら良かったわ。私も楽しかったわ。それに繋希くんにとって愛慈って子がどれくらい大切なのかも分かったし。―それじゃ、そろそろ帰ろうか」
公園にそびえて立っている時計はまもなく二十三時になろうとしていた。
まだもう少しだけ時間はある。しかし、これ以上は名残惜しくなると思った繋希は
「そうだな」
と言った。
そうして二人は周囲に人がいない事を確認すると、狭間の世界へのゲートを開いて帰っていった。
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ハロウィンSSありがとうございました。
今回のお話は実は別世界線とリンクしています。
他ネット小説でもハロウィンSSを公開しているので、そちらも読んでいただくとその仕掛けに気付きます。
詳しくは作者のX(旧Twitter)にて → @khf_t で検索
次回は明日、通常の物語に戻ります。
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