Day.6-4 あの日の始まり

 まこと東雲しののめ家のリビングで目を覚ました。

 室内はカーテンが閉まっており豆電球しか点いていないので薄暗い。


「私達の家……?」


 瑠奈るなも目を覚ますと周囲を見渡す。

 置きっぱなしの缶チューハイと食べかけのおつまみ、そして雑誌類がテーブルの上に散乱していた。


「夢……?」


 その時、玄関の扉が開く音がした。瑠奈がそこへ行くと、中学校の制服を着た娘の愛慈いちかが立っていた。


「愛慈」

「……た、ただいま」


 愛慈には元気が無く、母を見た途端に気まずそうに自分の部屋に行ってしまった。


「夢じゃないみたいだな」


 それを見ていた誠が瑠奈の後ろに立った。その手には缶チューハイが握られていた。


「何でそう言えるの?」

「愛慈の顔を見なかったのか? 頬の傷が無かった。確かに俺とお前はあの日愛慈の頬に傷を付けちまった。それははっきりと覚えてる。でもさっきのには傷が無かった。おかしいだろ?」

「それじゃ……」

「ああ。さっき愛慈に言われた役目ってのをやらないと本気でまずいってことだ」


 誠と瑠奈は生還したとしても特にやりたい事はなかった。ただ、このまま死にたくはなかった。

 こんな事になる前に二人は闇金に追われ、捕まり、その後自分達がどんな状況にいるかは知らない。でもこのまま死んで、ましてや地獄なんて所には行きたくないのだ。


「でもどうやれば家族を、愛慈を大切にしているってことになるのよ?」

「それは分からない。でも何かあるはずだ……」


 誠は頭を働かせる。そしてある事を思いつく。


「そういえば今日は何日だ?」

「知らないわよ」


 誠がテレビを点けるとニュース番組に切り替え、今日がいつなのかを知った。


「あの日だ。俺とお前が喧嘩した日だ。確か、あの日もお前は愛慈を置いてパチンコに行って、俺は酒飲んでたな」

「って事は、それをしなかったらいいわけ?」

「どうだろうな。でもこの日にってのは何か理由があるはずだ」


 誠は水を飲むかのようにチューハイを一口。


「まぁ何にしても、特に愛慈を大切にしなきゃ失敗だ。やるしかないだろ」


 二人は家族を大切にする方法を考えたが、一向に思いつかない。

 愛慈が幼稚園とか小学生の時とかは遊園地に行ったり、みんなで楽しく笑いあったりもしたのに誠の会社が倒産してからというもの誠は酒に溺れ、瑠奈は金を作るためにギャンブルや金貸しに手を出したのだ。

 それからの愛慈には最低限の事しかしてこなかった。流石に学校の入学の時の手続きはやったが、それ以外は放置だった。


 そんな二人にまた家族を大切にする方法なんて思いつくはずもなかった。

 思い返せば愛慈が中学校に上がってから二人はまともに愛慈と話をしてこなかったのだ。したとしても誠が酒を買わせる為にコンビニまで変装して行けとか、瑠奈に至ってはパチンコの開店待ちの列に並べとか、それくらいの事だった。


 愛慈が二人に寂しいとか嫌とかそういう感情を見せないようにしていたのか、それゆえに、二人は自分達が都合のいい解釈で日々を過ごしてきたのだ。

 そんな二人が今さら愛慈に何をすべきなのか。

 いくら考えても結局思いつく事は無かった。


「何かないの? もういい加減何かし始めないと時間が無いのよ?」

「分かってるって。でも思いつかないんだよ。お前も何かないのかよ?」


 悩み始めてから二時間。

 具体的な猶予を知っているからこそ、この時間はとても惜しい。


「くそっ」


 誠は冷蔵庫から最後の缶ビール取り出して飲み始めた。


「とりあえず、それを止めてみたら?」

「ん? 酒か? それは無理だ。これがなきゃ俺は何も出来ない」


 誠はアルコール依存症。長時間飲まなかった事で人格が豹変した事が多々あった。

記憶を飛ばす事もあったから怖さゆえにいつもは止めない瑠奈もこの状況とあって一言入れた。


「はぁ…… それじゃ私は場所を変えてもう少し考えてみるから、あなたも頼むわね」


 場所を変える。その言葉に誠は反応した。


「パチンコか? それなら帰りに酒買ってきてくれ」

「……分かったわよ」


 瑠奈の、という言葉は誠にとってはもう何度も聞いた言葉だ。

そう言った時は間違いなくパチンコ屋に行くと知っていた。実際、瑠奈のパチンコで生活が出来ている場面もあるので誠は何も言わない。むしろ、帰りに酒を頼めるので便利だなくらいに思っている。


 本来であれば瑠奈も今くらいはパチンコをやらずに愛慈の事を考えるべきだが、瑠奈は自分がギャンブルがなきゃ生きていけない人間なのだと分かっていた。

 今まで気持ちを落ち着かせる為、生活の為に博打をしてきた。

 今は前者かつ、妙案を思いつかせる為―という名目でギャンブル依存症の彼女は家を出て行った。

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