Day.5-6 因果応報

「ん……」

「気が付いたかね?」


 満奈美が目を開けると、そこは見覚えの無い部屋。というよりも工場の中のような、大小様々な機器が並んだ場所だった。


「パ…パ……?」


 満奈美の意識がゆっくりと覚醒していき、少し先に立っている彼の姿をその目に捉えた。


「そうだよ。君がよく知るパパだ」


 彼は普段は吸わないタバコを吸いながら満奈美に近付くと不敵な笑みを浮かべた。すると満奈美は自分が置かれている状況に気が付いた。


「えっ。私、裸……? 縛られてて……どうして?」


 全裸の満奈美は、両手両足を椅子の肘置きと脚に括りつけられて座らされていたのだ。

 そんな全身を舐めまわすように見る彼は


「真っ白な肌。でも腕には傷があるな。引き締まった腰。下は……もう汚れてるのか」


 と言うと、吸っていたタバコを満奈美の太腿に押し当てて火を消した。


「いっ…あれ……? 痛くない?」


 本来なら熱と痛みを感じるはずなのに何も感じなかった。


「パパ。どういうこと? なんで私にこんな事をするの? もしかして、いつも最後まで一緒にいられない事に怒ってるの? それなら次は大丈夫だから、これを外してよ?」

「まったく、君は何も分かっていないな。もうこれは君と私だけの問題じゃないんだよ」


 直後、電球のみで照らされた部屋のどこからか複数の足音が鳴り、彼の後ろにいくつかの人影が現れた。


「ざっと三十人といったところか。どうだね? 全員の顔に見覚えがあるんじゃないのかね?」

「どうして……」


 彼らは皆、満奈美の欲望を満たす為に使われ、金が無くなれば捨てられた男達だった。

 そして全員の手には小型ナイフや鈍器といった、一撃での殺傷能力は低いものの何かしらの凶器を持っていた。


「可哀そうになぁ。この中にはもしかしたらそんな君でも好きだった男がいたかもしれないのに。君はそれを知ってか知らずか、どっちにしても利用して貢がせ続けた。いや、支配したといった方がいいね」

「違う。違うの。私は一人一人を大事にしてた。ものすごく感謝してるの。支配なんて……」


 満奈美はギラリと光るそれらの凶器と、彼らの物々しい雰囲気に身の危険を感じて震えながら弁解の言葉を述べる。


 満奈美にはこの場所がどこなのかは分からない。だが今分かるのは、全ての扉やシャッターが閉められて外の様子が見えないという事。それに、外からは何も音が聞こえないという事である。

 

「暴力や暴言、ゆすりや脅しで言う事を聞かせている事のどこが支配じゃないのか、私には理解出来ないね」


 彼は満奈美の露わになっている胸を乱暴に鷲掴み、千切れんばかりに揉みしだきながら言った。


「本当は感謝の一つもしていないんだろう? 何人かの男は君を求めたに違いない。でも君にとって彼らは皆養分でしかない。知ってるよ。の汚い欲は本命のこの男で満たしている事をね」


 男はスマホを取り出してそこに映しだしたのは、昨夜満奈美とイケメンの大学生が一緒にホテルに入って行くところの写真だった。


「どうしてそれを。パパは一体何者……」

「パパはパパだよ。君のよく知る、金ズルのパパだ」

「そうじゃなくて……」

「まぁ、いいだろう。言ったところでどう変わるでもないし、教えてあげよう」


 実のところ、満奈美は彼がどこかの会社の社長かなにかのお金持ちだと思っていた。しかしその正体は全くの別人だった。


「私は売人をやっているのだよ。人を殺して、もしくは死体を買い取って中のを採取、それらをさらに高値で取引するんだ。でも思ったのだよ。殺すなら普通に殺してはつまらないってね。それならその人に恨みを持つ人を集めて好きなように殺させたらどうか。今じゃ人を殺すショーなんてものは禁じられているが、私は興味があるのだよ。人が人を殺す瞬間を。獰猛な感情をむき出しにして襲い掛かる様を見る事にね」


 今確かに殺すと言い、それを淡々と話し続ける彼を見る満奈美は顔を真っ青にした。そしてゾクリとした恐怖と震えが心身を襲った。

 しだいに満奈美の心拍数が上がり掴んでいる胸伝いにそれを感じた彼は、一層不気味な笑みを浮かべると手を離した。


「私は見て楽しむのが好きだ。集めた人達は、それを好きなようになぶることで楽しみながら恨みを晴らせる。私にとっても彼らにとっても非常に有意義な事だ。それに、モノを売れば欲しい人はまた喜ぶ。これは一種の人助けにもなる。誰にとっても得しかない。そうだろう?」


 満奈美はこの後自分に起きるであろう事に対して恐怖のあまり声が出なかった。しかし


「で……でも。体を、傷つけたら……都合が悪いんじゃ……ない……?」


 どうにか、一縷の望みをかけて問いかける。


「刃物で刺したりしたら内臓が傷付く。それを心配してくれているんだね。優しいな君は。でもそれなら大丈夫」


 直後、彼は取り出したナイフを満奈美の太腿に深く突き刺した。

 もちろん痛みは無いが、刺されたという精神的ダメージが満奈美を襲った。


「私が扱うモノは主に四肢や胴体じゃないんだ。内臓や肉体の部位はおまけ程度さ。メインの素材はここ。脳なんだ。特に脳漿といって、研究すれば最高の薬が作れるんだ」


 彼は満奈美の額に指を当てながら話を続ける。


「だから頭さえ無事なら大丈夫なんだよ。―それじゃおしゃべりはここまでにしようか」

「ま、まって……」

「そろそろ始めよう。皆もやりたいみたいだし。ねぇ?」


 満奈美の声を完全に無視した彼の声に呼応するかのように、その後ろで立っていた全員が不敵の笑みを浮かべながら満奈美の方へゆっくりと迫っていった。


「い、いや……こないで…… パパ、お願い。助けて……なんでもするから……」


 必死に抵抗し懇願するも、椅子への四肢の拘束は解かれずに彼はただ怪しい笑みを見せるだけだった。


「あ、そうそう。言い忘れてたけど、もう気付いているのかな。君には特殊な薬を打ってあるから痛みは感じないし出血多量で死ぬ事もないからね。まぁでも、あと三時間もすれば効き目が切れるからそしたら、死ぬだろうね」


 彼は取り出した懐中時計の文字盤を満奈美が見える位置に置くと、その針は午後二十一時前を差していた。

 今日が終わるまで満奈美は死ぬわけにはいかない。まるでその思いを踏みにじるかのように。


「さぁ、楽しいショーの始まりだ」


 ついに彼が開幕宣言をすると、男達の手が満奈美の体に触れた。


「いやあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 その悲鳴は誰にも届く事は無く、満奈美は多くの男達によりその身を犯され、汚され、傷つけられ始めた。

 ある者は恨みを込めて殴り、ある者は嗤いながらナイフで刺し続け、またある者は情欲のままに己の欲望を吐き出し続けた。

 そんな惨状を彼は椅子に座り、赤ワイン片手にステーキを頬張りながら優雅に見物していた。


「頭だけは、脳だけは傷つけるんじゃないぞ? 他は好きにしていいぞ」


 痛みを感じないまま自分の体が無抵抗に蹂躙されていく。たとえ声が枯れるまで叫んでもそれが終わる事は無い。満奈美が目を逸らしてもある者によって強引に顔を向けさせられて、視界には常に地獄の光景が流れ続ける。

 それでも必死に目を閉じようとするので、一人は持っていたナイフで両瞼を切り取った。渇きによる痛みも当然感じないので、満奈美は終始自分の惨状を直視し続けることになった。


 そしてどれくらいかの時間が過ぎ、満奈美の全身には無数の痣や刺し傷が刻まれ、骨折や骨の破壊で異様に変形した部位も表れた。加えて大量の出血と男達の汗や様々な体液が付着し、異臭も発していた。


 満奈美は自分の有様に抵抗する気力はもう無く、光を失った目でただ虚空を見ていた。

 するとと言わんばかりに、男の一人がどこからかチェンソーを持ってきた。

 それの使用可否を楽しそうに眺めている彼に確認すると、一度の頷きを受け取った。


 直後エンジンがかかると、轟音を上げて無数の刃が回転し始めた。流石にその光景には満奈美は一層の恐怖と悲鳴を上げ、持てる力の限り体を動かして椅子からの脱出を試みた。


「やめて……やめて……おねがいだから、もう…やめて……」


 しかしそれは無駄に終わった。

 ついにその回転する凶悪な刃が満奈美の右肩に襲いかかった。

 今までとは比べ物にならないくらいの返り血が周囲に飛散し、近くにいた男達をも真っ赤に染めていく。迸る鮮血の中にがりがりという音が混ざり始めるが、しばらくすると聞こえなくなった。

 ついに回転刃の前に抵抗するモノが無くなると、ごとり…という音と共に満奈美の右腕が肩から地面に落ちた。


 自分の片腕が切り落とされた。

 満奈美はショックを通り越してガタガタと震えるのみで何も言葉が出なかった。

 周囲の人や彼が拍手をしながら不気味に笑っていると、少し離れたところから大きな音がした。

 全員の視線がそこに集まると、そこの扉が強引に開けられていて一人の男が立っていた。


「やっと、見つけた……満奈美ぃ……」


 その男はまさるだった。

 あれからずっと探し続けていて、やっとここに辿り着いたのだ。

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