Day.5-4 最終日
一夜明けて満奈美がホテルで優雅にモーニングを食べていると、スマホが鳴った。
「お兄ちゃん。私そろそろ行かなきゃ」
「そう。それじゃまたね」
満奈美は会計を彼に任せるとその場所に向かった。
「私よりも先に来てて偉いわね。いや、当然だよね。それじゃ行くよ」
「うん」
昨日LINEをしていた通り、今日も
「今日も楽しむわよ。それで笑顔になってくれれば私も優も幸せ。そうでしょ?」
「そうだね」
優は昨日よりも元気そうである。なにせ今日の彼にはたくさんのお金があるからだ。これで自分は満奈美に怒られずに済む。殺されずに済む。そう思うだけで本当に心が軽いのである。
思えば長かった。満奈美と出会い、最初こそは大人しかったから好意を抱いて関わりを持つようになったが、だんだんとその醜悪な本性が表れ始めた。
そして今となっては嫌悪と恐怖を抱く存在であり、一時離れる為に距離をとってみた事もあった。そうしたら、一緒にいてくれなかったら死ぬからと言われ、結局は離れられず終い。
優は自分でも分かっていた。
あの時強引にでも離れていればこんな事にはなっていなかったと。それもこれも、自分の弱さと相手に都合のいい優しさが生んだ結果なのだという事を。
しかしそれが心にあっても、やはり今抱く感情を優先してしまった。
満奈美に従わなければ狂喜乱舞の末に自分のみならず多くの人にも迷惑をかけてしまうかもしれない。それなら自分がどうにかすればいい。自分ならどうにか出来るかもしれないと思いつつも、結局は恐怖に支配されて今に至っているのだ。
今日は満奈美に課せられた役目の最終日。
日付が変わる前までに優を心の底から笑顔にしなければならない。
でないと生還はおろか、否応なしに地獄行きが確定してしまうのだ。
「優。今日はやけにたくさん買ってくれるね。何かあったの? あ、そうよね。私に尽くすのが幸せなんだから当然のことだよね」
とても上機嫌の満奈美に対して、優は心にもないがある種の使命感のような気持ちで顔に笑顔を張り付けた。
「やっと笑ってくれた。今、優は心の底から笑ってる? 幸せに笑ってくれてる?」
「……もちろん。すごく楽しいよ」
その言葉を聞いた満奈美は心底安心した様子を見せた。
もちろん、優はそう言わざるをえなかったからそう言っただけなのに。
今日の優には金がある。恐怖を跳ねのけるだけの金があるのだ。
それこそ、今日を最後に関わりを断つと言い、もしも手切れ金を要求されても払えるだけの多額の金が。にもかかわらずそう言ってしまったのは、いくらお金を持っていても心の奥底では満奈美への恐怖心が根付いてしまっているからに違いない。
毎度の如く紙袋が増えていき、次は昨日怒り狂った原因である店に入った。
それから目当てのフィギュアが並んでいたショーケースの前に立つと
「……無い」
それは無くなっていた。
直後一気に満奈美の機嫌が悪くなり、黙っていたものの今にも怒り狂いだしそうになっていた。それを感じ取った優はすぐさま店員を呼んで在庫の確認を依頼した。
「すいません。丁度昨日売れてしまって。当店には無いです」
それを聞いた途端、満奈美は多くの客がいるのにも関わらずそのショーケースを蹴った。
その大きな音により周囲の視線を一気に集めるが、そんな事などお構いなしにもう一度蹴る。それから店員と優を睨むと足音を立てて店を出て行ってしまった。
「満奈美」
「お前が! お前が昨日買ってくれていればこんな事にならなかったんだ! どうしてくれるんだよ! あれは私のだったのに!」
満奈美は金切り声のような奇声を上げ、昨日と同じく敵を見るような鋭い目で優を睨みつけた。
それによりさっきまでは安心に満ちていた優の心は一気に恐怖に染まった。
「も、もしかしたら他の店にはあるかも……しれないよ?」
「まだこの私を歩かせる気? もうたくさん歩いたし疲れた! 探すなら一人で行って!」
満奈美は道端に座り込み、何が何でも動かないという意思を示した。
人通りの多い地べたに座る地雷系ファッションの少女。その目の前にはぼろぼろの服を着て荷物をたくさん持った少年。
道行く人達が好奇な目で二人を見てはその横を通り過ぎて行く。
それにすら気付いていないであろう満奈美は、優に全てお前のせいだと射殺すような憤怒の目を向けた。
優は金では解決出来ないこの状況で次の行動を迷っていた。
一つは、満奈美の言う通り一人でフィギュアを探しに行く事。
もう一つは、満奈美と大量の荷物を置いてこのまま一人で帰る事。
説得という行動は火に油を注ぎかねないので、そんな選択肢は思い浮かぶことすらなかった。
「黙ってないで何か言いなさいよ! どうするの?」
優は一瞬たじろぐと、意を決して
「分かった。僕が探してくるから、満奈美はここにいて」
と選択した。
「はぁ? なにそれ? 私をここに置いていく気?」
だがその答えに返ってきたのはさらなる怒りだった。
「もう歩きたくないって……」
「歩きたくないのは言葉だけよ。男なら私を説得して一緒に行こう?って言うものなのよ。こんなに可愛い私を置いていくなんて一番あり得ないわ!」
たった一つ欲しいものが手に入らなかっただけでここまでの変貌ぶりである。
既に数万、数十万円くらいは買い物をしていた。なのに未だにその物欲と執念が収まる事はない。
きっともう自分が何を言ってもどうにもならないだろう。
優はそう感じて
「ごめん……」
そう言ってうつむき、ただ震えていた。
「役立たず。お前、あとどれくらい持ってんの?」
満奈美は立ち上がると、彼に手を伸ばして財布を要求する。もちろんそれに応じない優に対して、その鞄から強引に財布を抜き取った。
「凄いじゃない。こんな札束見た事ないわ」
今の優の財布にはあの口座から下ろした全財産が入っていた。もちろんそれは両親を殺して奪い取った金である。
満奈美はそれを確認すると不敵に笑った。
「いいわ。このお金は私が貰ってあげる。それで今日の事はチャラにしてあげるから」
「そ、それは僕の全財産で……」
「なによ? お前のお金は私のお金なのよ? そもそも昨日お前が私の欲しい物を買ってくれていればこんな事にならなかったんだから、全部自分のせいじゃない。これは罰金なの。分かった?」
「でもそれを持っていかれたら生活が……」
「しつこいわね! 私に尽くすのがお前の幸せなんだから、黙ってよこせよ! というか、心の底から笑ったんだからお前はもう用済みなんだよ!」
激しく怒鳴りつけると、優の胸を強く叩いて後ろに突き飛ばした。その直後、大型トラックが彼の体すれすれで通り過ぎて行った。
優は本当に死ぬところだった。
しかし満奈美はその様子を見ても我関せずと言っているかのように
「クズ」
と吐き捨てて背中を向けると一人で歩き始めた。
当然買った物は優のところにあるので、今日も運んでおけという事で間違いなかった。
その時、全てを奪われた優の心にはどろっとした感情が生まれた。
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