Day.3-8 夢叶にしか描けない物語
「それを漫画にしようよ」
あまりに突拍子の無い言葉に
「いや、その、えっと。夢叶ちゃんはそんな大変な過去を持っているのに、今もこうして諦めずに必死に夢を追っているじゃない? 普通だったら折れていてもおかしくないのに、ご両親に元気になってもらいたい、喜んでほしい、その一心で一生懸命描き続けてきたでしょ? それでその……今も夢に向かっている夢叶ちゃんをその……とにかく作るんだよ。何言ってんだろうね私。なんか変だね」
夢叶の苦労の過去。ひょっとすると自分が聞いたから話してくれただけで、もしかしたら話にくい事だったのかもしれない。
だからこそそれを漫画にしようだなんて、自分はなんてデリカシーが無いんだろうと反省の意と、思わず言ってしまったことに対して気まずさを抱くノノカ先生。
「―っぷ。ははは。本当、何言ってんですかノノカ先生。普段は落ち着いているのに、急にきょどっちゃって……」
夢叶はその様子が面白かったのか、噴き出してしまった。
「でも、確かにこれは紛れもない私の物語です。これで個性が無いなんて言われたら、本当に笑いものですよね」
ノノカ先生は不謹慎だと怒られる覚悟があった。でも怒らなかった夢叶に虚を突かれた顔になり、それにより今どんな顔をしていいのか余計分からなくなっていた。
「えっと、怒らないの……?」
「どうしてです? 確かに私の過去はあまり良いものではありません。でもそこに後ろめたい気持ちなんて無いんですよ。あの時両親が喜んでくれていなかったら今こうして漫画家を目指している自分はいなかったんですから。もっと喜んでほしい、元気になってほしいと思っていなければ、今こんなにも夢にもがいていることはなかったでしょう。もちろんこれから先も。だからノノカ先生―」
夢叶は笑顔でありつつも、真面目に真っすぐとノノカ先生を見て言った。
「自分の原点。私にしか描けないこの物語を描こうと思います」
その言葉にノノカ先生は、彼女は心底強い子だと思った。
「なので、出来たらまた見て下さいね」
「うん、もちろんよ。待ってるわ」
夢叶は話したからなのか、自分の原点に帰ったからなのか、自分にしか描けない物語を知ったからなのか、いずれにしても一時見せた沈んだ表情はもうどこかに消え去っていた。
今にあるのは楽しそうな表情と、原点を振り返ったことで両親や多くの人に漫画を届けたいという強い想いだった。
時刻は休憩に入ってから一時間が経とうとしていた。
作業を再開し、さらに数時間が経った。
「ノノカ先生。出来ました。見てください」
と、夢叶がネームを差し出すと、反応が無かった。
どうやらノノカ先生は夢叶の一生懸命な姿を見ながらそのまま眠ってしまったようだ。
夢叶は起こさないように静かに毛布を掛けてやると、イラスト部門と脚本部門の制作に取り掛かった。
***
「あ、起こしちゃった?」
部屋を出ようとしていたであろうノノカ先生が夢叶の方へ向いてそう言った。
部屋に日の光が降り注ぎ、朝の訪れを告げていた。
どうやら夢叶は作業中に寝落ちしてしまっていたようだ。
「いえ、大丈夫です」
夢叶は体を伸ばして目に日の光を感じると、体が目覚めていくのを感じた。
時計を見ると朝八時半を過ぎたところだった。
「朝ご飯、何食べようか?」
「あ、私作りますよ」
「いいの。〆切明日なんだから。とりあえずシャワーでも浴びてきたら? それに、もう少ししたらみんなも来るし、女の子が身だしなみを整えないわけにはいかないでしょ?」
夢叶は結局あれからずっと描いていてシャワーを浴びていなかったので、お言葉に甘えさせてもらうことにした。
シャワーを終えると別室のテーブルには朝食が準備されていた。
「簡単なものだけど食べて食べて」
ベーコンエッグと白米、それにみそ汁と納豆が並びそれらの香りがのどかな朝を一層際立たせていた。
「そういえば、ネーム読んだよ」
向かい合って座っているノノカ先生が紅茶を飲みながら言った。
「どうでした?」
「そうだね。私はよく描けていると思うよ。あの夜中の間によく描いたね。あとイラストと脚本も。その二つも頑張ったね。あとはみんなが来たらみんなにも読んでもらおうね」
夢叶はその言葉を素直に喜べなかった。
どこか引っかかるような言い回しだったからだ。
しかし、今の状態のネームを他のアシスタントの人にも見てもらえるとのことなので、その時にその正体が分かるかもしれない。
「分かりました。ありがとうございます」
二人が朝食を終えると、時刻はまもなく十時になろうとしていた。
「おはようございます」
アシスタントの一人が出勤した。それを皮切りに他の人達もぞろぞろと集まり始めると、まもなくしてアトリエに全員集合となった。
「それじゃ、みんな。今日もよろしくね。月刊誌の〆切が近いから手を抜かずにいくよぉ」
ノノカ先生の一言で一日の仕事が始まり、部屋にはペンの音やタブレットを叩く音が充満し、全員が完全に仕事モードに入った。
途中昼休憩を挟んで引き続き作業をしていると、ノノカ先生が思い出したかのように言った。
「あ、今日はいつもよりも仕事を一時間早めに終わりにするよ。その代わり、みんなには夢叶ちゃんが出す賞の作品を見て、評価してほしいの」
「いいですけど、進捗的に大丈夫なんでしょうか?」
「ふふ。安心して。昨日のうちに当面の間みんなにお願いする作業の前準備は終わらせておいたの。もし時間的に厳しくなったら、残業も悪いし私がやるよぉ」
いつもの和やかな口調と柔和な顔で言うものだから、予定に余裕があるのか無いのかが全く分からない。
「ちなみに、今日予定ある子いる? もしいるんだったら一時間巻きだけど終わったら先に帰って大丈夫だからね」
しかし、そんな人は誰もいなかった。
「それじゃ全員参加だね。普通に評論会をしてありきたりな意見しか出ないのは避けたいから、一番有益な意見を言った子には臨時ボーナスで今日の夕飯代をプレゼントぉ。そういうことだから仕事が終わったらみんな、よろしくねぇ」
「よろしくお願いします」
夢叶もノノカ先生の声の後、全員に向けてお願いの意を示した。
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